第6話山刀

 俺は慎重に、村田銃を構えたまま、ツノウサギに近寄った。


 真っ赤な目には既に光はなく、毛は萎れており、額に空いた穴と口元からは鮮血が溢れている。


 ゴツッ、と、村田銃の筒先で頭を突いてみたが、反応はない。




 これは――間違いなく絶命しているものと思われた。


 ありったけ放っていた殺気を収めながら――俺は額の汗を拭った。




「――よし! 勝負、勝負っ!! 勝負だ!」




 勝負声ショウブゴエ――それは、マタギたちの狩りが、人間の勝利で決着したことを示す声。


 獣を仕留めたのが自分であることを宣言する以上に、それはこの獲物を授けてくれた山神様への感謝を示す声なのだと、いつか爺ちゃんが言っていたっけ。




 俺が冷や汗塗れの顔のままアズマネ様を見ると――アズマネ様に満足そうに笑った。




「お手柄、じゃの、バンジ。見事な計略じゃった。まさかまだまだ未熟なスキルをあのように使ってみせるとは――流石は善治の孫じゃな」




 この世界に来て初めてストレートに褒められて、俺はついつい照れて笑ってしまった。


 マタギの信仰の頂点にいる山神様からの直々のお褒めの言葉である。全てのマタギにとってはこれ以上ない名誉だっただろう。


 しばらく照れてしまった後、俺はツノウサギを見下ろした。




「しかし――このウサギって食べられるんですかね? 俺のいた世界ではこれほど大きなウサギはいなかったし――」

「そんなもの、食べてみないとわからんじゃろうが。とにかく解体じゃ。――ああ、そうじゃったそうじゃった、刃物がなければそれもできんのう、ほれ」




 アズマネ様が虚空に手を突っ込み、何かを取り出した。


 目の前に差し出されたもの――それは、かつて爺ちゃんが使っていて、今は俺が使っている山での刃物――山刀ナガサだった。


 おおっ、と俺は声を上げ、それを恭しく受け取った。




「これは……! ありがとうございます、アズマネ様! よし、これがあるのは村田銃以上に心強いぞ……!」




 山刀ナガサは鉄砲以上にマタギの魂であり、何があってもこれだけは手放すなと言われる山での命綱である。


 刃渡りが八寸にもなるこの大ぶりの剣鉈は、藪を払い、獣を解体し、木を切って小屋も作れるし、いよいよのときは護身用の武器ともなる。


 俺は山刀ナガサの鞘を払い、そこに映った自分の顔を見つめた後、ツノウサギの隣に座り込んだ。




「よしよし、それじゃあ解体を始めていきますね――」




 その一声とともに、俺はツノウサギの身体に刃を入れ始めた。


 





「……よし、こんなもんですかね」




 約一時間後、俺はすっかりと解体されたツノウサギを前にした。


 毛皮、肉、骨、内臓と、それぞれに解体してみたが、調理器具も調味料もない現状、これでは料理にならない。


 俺が物欲しそうな視線とともに無言でアズマネ様を見つめると、アズマネ様が呆れた表情になった。




「もう、モノを用意させるなら一度に言ってくれんか。――わかっとるわ、ほれ」




 アズマネ様はそう言って、両手で何かを取り出した。


 俺が開業する予定だったジビエ食堂で使う予定だった大鍋とお玉、菜箸、皿や食器。


 そして有り難いことに、味噌とサラダ油と、いくつかの調味料。


 全てに見覚えがあるし、一部はまだ値札が貼ったままだ。




「おお……わざわざ俺の遺品をありがとうございます……! どれもこれも俺がやりたくもないサラリーマンやって買いためたもんだもんなぁ、そう簡単に手放してたまるかってんだよ……!」

「泣くのは後にせよ。それにまさか獣の肉だけで汁を作るつもりじゃなかろうな。妾はさいも所望するぞ」

「もう、わがままだなぁこんな山の中で……。でも野菜がないのは確かに物足りませんよね。なにか食える草は……」




 俺が周囲に視線を走らせると、元の世界でも見覚えがある真っ赤な花が目について、おっ、と俺は声を上げた。


 近寄ってみると、これはおそらく――アザミの花と思われた。


 花が人の頭ぐらいあって物凄くデッカいけど。




「これ……アザミ、ですかね? デッカい葉だなぁ、ほぼ白菜じゃんこんなの。もしアザミなら食えるんですけど……」

「どれどれ、妾が鑑定してやろう。……おお、その花は無毒じゃ、問題はない。幸先よく菜が手に入ったのう」

「……なんかちょっと不安ですけど。見つめただけで……まぁいいや、山の神様が言うなら従いますよ」




 俺は刃物を使うこともなくアザミの葉を毟り取った。


 そこらに転がっていた綺麗な丸太から樹皮を剥ぎ取ってまな板にし、細かく刻んだ後は、ウサギの骨で出汁を取るべく、石で簡易的な竈を作ってみる。




「ええーと、次は火を起こして……あっ」

「なんじゃ、急に大きな声など出して」

「お、俺、そう言えばライターも持ってないんだった! アズマネ様……」




 俺が縋るような目で見つめると、ハァ、とアズマネ様がため息を吐いた。




「それぐらい、そなたの力でもうなんとかなる。ステータスを開いてみよ」

「えっ? ステータスを? まぁいいですけど……」




 ステータス画面を開いた俺は、ちょっと驚いて目を丸くした。




【名前】西根萬治


【Lv】10


【職業】無職


【所属】なし


【獲得スキル】解体、精肉、料理、道具加工、初級魔法Lv.1


【固有スキル】隠密、斥候、精密射撃




「れ、レベルが上がってる……! しかも一気に5レベルも! さっきのツノウサギを倒したからかな?」

「ほれ、獲得スキルのところをよぉ見ぃ。初級魔法、とあるじゃろう?」




 俺の疑問に、すかさずアズマネ様が説明してくれる。




「初級魔法とはごく原始的な魔法……火、水、地、風の四種類に属する魔法のことじゃ。種火ぐらいはそれで熾せる」

「おお、それは有り難い……! そ、それじゃあ、火! 火ィ出ろ、火!」




 俺が薪に向かっていくら言っても、火どころか火花も出ない。


 なにか発動するための動きがあるのか? と思った俺は、ふと、親指と中指を擦り合わせて宣言した。




「着火!」




 パチン、と指を弾くと火花が散り、俺の人差し指にろうそく程度の灯りが灯った。


 それを見たアズマネ様が心底おかしそうに笑った。




「おやおや、随分と可愛らしい火じゃのう。初級魔法で起こせる火などその程度じゃな」




 笑われたけれど、山の中では火が焚けるかどうかが運命の分かれ目になったりするので、これは有り難い。


 俺は自らのレベルの進化に感動しながら火を熾し、いよいよ本格的な料理に入った。







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