第38話 お買い物
「スカベンジャー?」
店の奥で大きな棚を物色しているレックスを見ながら、リースペトラはケラスに問う。
「スカベンジャー。ゴミ拾いと言う奴もいるが……それはどうでもいいか。あいつらは死体漁りのスペシャリストだ」
断っても断り切れないリースペトラの質問に対し、既に諦めてしまったケラスはため息をつきつつも答える。
「ここじゃあ死というのは身近に存在する。それこそ、昨日酒を酌み交わした奴が翌日死体となって見つかる、というのも日常茶飯事だ」
ケラスの言葉にリースペトラは何でもないという風に「うむ」と相槌を打つ。
「それもそのはず。この危険な森を拠点に出来る時点で皆が実力者だ。だが、辺りに住まう魔物だって負けてはいない。
俺たちが魔物を獲物にしているのと同様、魔物も俺たちを獲物としている。狩り狩られ、そういう関係」
ケラスはそこで一度言葉を区切ると、ひっきりなしに棚を開けまわるレックスを見た。
「スカベンジャーは森に繰り出し、命果てた冒険者を探す。そこで死体から衣服や防具、道具等、それこそ身ぐるみを全て剥がして持ち帰ってくる。
S級と渡り合う冒険者の死体だ。そこから得られる物も一級品。放置して腐らすのはもったいないだろう」
ケラスはいつも通り合理的な判断を見せつつ、言う。
「で、持ち帰った品々を新品よりも安く売る。スカベンジャーは儲かり、冒険者らは安く良い道具が手に入る。両者が得する良い商売だ」
「なるほどな……」
リースペトラはケラスの語る内容を脳内で転がしつつ、未だ忙しなく動き回るレックスを見た。
ケラスの説明はとても合理的な考えで構成されており、そこに存在する者たちすべてに理があるものだと思った。
要は資源の有効活用ということ。一級の武具やアイテムを放置し、いたずらに消費するよりはいいだろう。
「お待たせしました、ふひっ」
そんな折、レックスが汚い笑みを浮かべて二人の元に戻ってきた。抱えていた大きな籠を目の前に置くと、「こちらです」と示す。
「ふむ……」
リースペトラは相槌を打つと籠の中身を覗き込んだ。中には大量の衣服が入っており、これが全て己のサイズに合うのかと少しだけ疑ってしまう。
それもそのはず。リースペトラは結構な小柄だ。ケラスを筆頭に、今日も前線基地を歩いている面々はリースペトラよりもはるかに大きい。
女性の冒険者もよく見かけるが、リースペトラのように少女然とした体格は珍しかった。
そんな懸念が顔に出ていたのだろう。レックスは変わらず怪しい笑い声をこぼすと、「試着してみてください」と続けた。
「こちらでどうぞ、ふひっ」
レックスは後ろ、先ほどの棚の横を示す。そこには壁の隅を三角形の形で隠すように布がかけられていた。
ここからでも分かるくらいに布は厚いし、店の隅は薄暗い。影が透けることもなさそうだし、リースペトラであれば誰か寄ってくれば気配も分かる。
「では、遠慮なく!」
リースペトラは満面の笑みで頷くと、その籠を手に取った。そしてケラスを見る。
「我の可憐な姿、見せちゃうぞ~?」
「待たせたな」
リースペトラが試着室に入ってから、雑談に興じていたケラスとレックスの二人は、そんな声を耳にし会話を止める。
「――我の姿、刮目せよ!」
リースペトラは自信満々と言った風に声を張り、自身の姿を隠していた布をはためかせた。
しかも、わざわざ風魔法で、吹きっぱなしの為吊るした布が落ちてこない徹底ぶり。
「お似合いですよ、ふひっ」
「……」
レックスは商売人らしく、怪しい笑みではあったがリースペトラ声をかける。しかし、無言のままのケラスが気になったリースペトラは、ケラスに水を向けた。
それであってもケラスは無言のまま、視線だけでリースペトラの全身を上から下へ。
いわゆる魔法使い、といったような服装だとケラスは思った。
先ほどまで着ていたようなローブの下は、ゆったりと余裕があり、足元まで裾のあるワンピース。
丈夫な紐があしらわれ、きつく固定でき、激しい移動にも耐えうるであろうショートブーツ。
後方で戦う魔法職に極端な肌の露出は必要なく、とにかく外傷を防ごうというスタイルが感じ取れた。
そしてすべてのカラーリングが黒である。味方としてはやりずらいが、夜に行動する利点は大きそうだ。
しかし、ゆっくりと見分したケラスは唸る。
「そのブーツは丈夫そうで良いな。魔法使いのわりに動くお前のスタイルに合っている」
ケラスはリースペトラの足を飾るショートブーツを指さして言う。
「だが、その服は良くない。ゆとりがありすぎるからな。激しく早い動きにはついてこれず、邪魔に感じるはずだ。
防御に関しては障壁魔法があるし、それほど厚く着込む必要はない」
ケラスの指摘にリースペトラは「ふむ」と頷きを返すも、「可愛いと思ったんだが」と己の身なりを確認しながら一人ごちる。
しかし、その言葉をしっかりと聞き取っていたケラスがいつも通り、眉間にしわを寄せた。
――そして、ここから服選びは難航していった。
「――なら、これでどうだ!」
「次こそお主が気に入るだろう……」
「これは……似合う、だろうが!」
「なぜだ、なぜ認めん!?」
「いい加減、諦めろ……」
「諦めるのはお前だ。可愛いはいったん脇に置いて、実用性を考えてみろ」
衣装チェンジの波状攻撃にも動じず、可愛いを重視する衣装選びに文句をつけるケラス。
そして淡々と実用性を念頭にリースペトラのコーデを否定していった。
しかし、リースペトラはケラスの判断に納得していないのか、「むぅ」と頬を膨らませた。
その様子を見たケラスはため息を隠さない。しかし、何か諦めるかのように目頭を揉むと、懐に手を入れた。
「……よし、なら賭けをしよう。この銀硬貨を投げて表なら俺が選んだ物、裏ならお前が着たい物を買っていい」
ケラスは銀硬貨をリースペトラに示して言う。律儀に表裏をしっかりと見せてである。
「レックスに投げて貰おうか。リース、不正はできないぞ。レックスなら魔力の動きで魔法の発動を察知できる」
ケラスの一方的な決定とも取れる言葉に、突然矢面に挙げられたレックスは「私ですかい……ふひっ」とこぼす。
しかし、ケラスは小さく頷いたのみでリースペトラを見た。
「お主……」
リースペトラは不機嫌そうな顔を引っ込めると、真剣な面持ちでケラスを見返した。
二人の視線が交錯し、バチバチと音を立てたようにレックスは聞こえ、思わず二人から一歩遠ざかってしまう。
「「……」」
レックスがもう一歩下がろうかと足に力を入れたその時、リースペトラがビシッとケラスを指さす。
「我、お主が選んでくれるならそれを着たいぞ」
「「……」」
今度は男性陣が無言になる番。
状況についていけないレックス、顔面で「はぁ?」と語るケラスを前に、リースペトラはニンマリと笑って見せた。
「お主の好きな格好にされる我、クルものがあるな……」
「……だったらさっきまでの否定は何なんだッ!?」
ケラスは珍しく、ストレートに叫び声をあげた。
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