第35話 ケラスの言葉

「ミレディと白銀挑望景レクトシルヴァのことだ」

 リースペトラはケラスの問いを受けて顔を下に向けると、ポツポツと語りだした。


「ミレディは聖女になるため、レクトシルヴァはそれぞれの因縁を晴らすため、双頭の蛇衆サーペンユランの手がかりを追っている。


 各々の目的は違えど、そこには並々ならぬ思いがある。我にはそれに焦がれ渇望する気持ちが痛いほど分かるのだ。


 だからこそ、迷う。迷っている」


 リースペトラは前かがみで膝についた肘の先、行く先を見失い所在なさげにそこにあった両手を強く握りしめる。


「目の前だ。すぐそこにサーペンユランの手がかりがいるのだ。でも、あ奴らはそれを知らない。知ることすらできない。


 なぜなら我が隠しているから。我があの時にこの焼印を見せなかったから」


 リースペトラは己を責め立てるように唇を噛むと、喉の奥から小さく声を唸らす。


「――今思えば、酒を酌み交わしたあの時、焼印について言ってしまえばよかった。そうしていればこんなに迷っていなかった。


 あの時言っていれば最初から手がかりとしてあ奴らに協力することができた。そんな関係でいれた。


 だが、マークを示され、それが焼印として刻まれている事実を隠し、告白を先延ばしに……」


「それは、しょうがないだろう」

 リースペトラの言葉を遮り、ケラスが言う。驚いたリースペトラが顔を上げると、いつも通り眉を顰め硬い表情のケラスがいた。


「マークを見せられた時、お前はサーペンユランについて何も知らなかった。そうだな?


 記憶が蘇った時もそうだ。あるのはその焼印だけ。刻まれた本人に記憶がなければ手がかりとしても薄い。


 ……もし俺がお前だったら、ひとまず焼印のことは隠したままにする。訳も分からぬまま不利益を被ることになるのはごめんだ」


 ケラスはリースペトラの語る状況を勘案し、そう結論付ける。しかし、リースペトラはゆっくりと首を横に振った。


「お主は合理的だからな。それが出来るだろう。だが、我には苦しい。


 我は告白を先延ばしにしたせいで、ミレディともレクトシルヴァとも深くかかわりすぎた」

 リースペトラは「ミレディとはお友達だしな」と続け、一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべた。


「そして、思い出した記憶に手がかりがなかった以上、もどかしい状況が続く。


 ――我も分かっているのだ。今のままの我では大した手がかりにはなりはしない。


 これからも思い出すことがなければ、告白はあ奴らをぬか喜びさせてしまうだけになるかもしれない。


 だが、あ奴らが渇望するものをひた隠し、何でもないような顔をして接することなどできはしない。それは嘘になるから。


 我はお友達に、執念を絶やさない戦士たちに、嘘をつき続けてはいられない」


 リースペトラは自身に言い聞かせるかのように、ゆっくり、はっきりと言葉を連ね、言い残す。そして、静かに瞑目した。


「……」

 ケラスは黙ったまま、顔を伏せたリースペトラを見る。


 リースペトラは迷っている。己が持つ強大な力を以てしても簡単に片づけることのできない問題を前にし、弱弱しい感情が発露していた。


 ミレディたちに嘘をつくのか、ミレディたちに不明瞭な情報で迷惑をかけるのか。


 どちらもひどく人間的な思いであり、ケラスは出会ってから初めてリースペトラの明確な脆さを感じ取る。


 今目の前にいるのは頂上的な魔力を手にした魔女ではなく、他人の為に心を砕く一人の人間だということ。


 ケラスの中で一つ、認識が変わった瞬間であった。


「――俺は、気の利いたことが言えない。言うつもりもない。だが、自分の話はすることができる。俺を知っているのは俺だけだからな」

 ケラスは少しの間考え込むように目を閉じ、それから眉間にしわを寄せて語りだす。


「俺は前線基地の中でも名が通っている。実力も上から数えた方が早いだろう」


「それは、自慢か?」

 雰囲気のわりにレスポンスの早いリースペトラ。ケラスははっきりと聞こえるように鼻を鳴らした。


「いいから聞け。俺は強い。だが、初見の相手には苦戦することが多い。そこらの魔物に後れを取るつもりはないが、ここでも何度か敗走したことがある。


 それこそ、前線基地のメンバー全員が討伐経験のある魔物であってもだ」


 ケラスの言葉にリースペトラが少し顔を上げ、「お主がか?」と問う。その言葉には意外という感想が多分に含まれていた。


「あぁ。だが、そのことは誰も知らないはずだ。俺はパーティを組んでこなかったし、誰かに言ったこともない。


 だから俺がその魔物に負けたことがある、など考えもしない奴らが多いだろう。ケラスは前線基地の中でも上澄み、負ける姿など想像もつかないというイメージがある。


 そして俺はそのイメージをわざわざ否定したりはしない。これは嘘と言えるのか?」


 ケラスの問いにリースペトラは少々の呆れを表すように眉を下げる。


「それとこれとは、違う……んじゃないか?」

 それとはリースペトラの言う嘘のこと。迷いで揺れ動く瞳がケラスを捉え、問うた。


 ケラスはそれを受け一度考え込むように押し黙ったかと思えば、突如ため息をつきながら頭をガシガシと掻いた。


「……やはりこういうのは苦手だ。いいか。俺が言いたいのは考え方を変えろ、ってことだ。そもそも、お前は既に答えを出している」

 言っている意味が分からないという風に疑問符を浮かべるリースペトラにケラスは不機嫌そうにビシッと指をさす。


「聖女見習いたちに嘘はつけないんだろ? じゃあやることは一つだ。記憶を思い出せばいい」


「ッ――だ、だが、記憶を思い出す方法など……」

 驚き声を上げるリースペトラ。その言葉をケラスは「待て」と遮った。


「お前はフリージアとの戦闘中に記憶を取り戻した。なら単純な話だ。魔力の行使、もしくは戦闘時の緊張状態がきっかけなんじゃないのか?」


「……そんな話、確証がないだろう」


 か細く抗議するリースペトラに対し、ケラスはこれ見よがしに眉を顰める。


「まぁ、そうは言ったが実のところ、方法などどうでもいい。さっきも考え方だと言ったはずだ。


 "あいつらの為に思い出そうと動く。確実な情報が得られるまでは報告しない"


 こう考えれば嘘にはならない。お前はただ友の為に行動する友思いな奴になれる」

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