第30話 到着

「おぉぉぉぉぅ……」

 情けない声と情けない顔を晒しながら崖を飛び降りるリースペトラ。それを下から眺めるのはケラスとミレディの二人。


 リースペトラはその嘆かわしい姿を多数にさらしている半面、見事な着地を決めて見せた。


「大丈夫!?」

 小走りで駆け寄っていくミレディはリースペトラのげっそりとした様子に気が気ではないようだ。


 反対に二人の様子を見つめるケラスの視線は冷めている。


「着いた、か……」

 リースペトラが手の甲で汗をぬぐいつつケラスの横に並んで言えば、ケラスが小さく頷いて見せた。


 前線基地、到着である。


「アンシュラントとカルミアはギルド長に報告を。アレイは騎士たちと共に――」


「各員、損耗を確認して報告せよ! あとはギルドに――」


 リースペトラが崖を飛び降りるのに難儀していた間に、状況は進んでいたようである。前線基地に到着したレクトシルヴァと使節団の面々は既に各々動き出していた。


 シルヴィアは良く通る声で指示を飛ばしており、一時は不安定であったマクスウェルも負けじと騎士たちを動かしている。


 リースペトラたちが降りた場所は前線基地の北側。大して整備もされていないただの空き地と言った風の場所である。


 そこに使節団の一時的なキャンプが築かれ始めていた。既に役回りも定まっているようで、兜を脱いで休憩をしている者もいる。


「――依頼は完了だな」

 彼らの様子を眺めてからケラスが言う。リースペトラは「そうだな」と頷きを返した。


 ケラスとリースペトラは成り行きで行動を共にすることになったパーティだ。それに、二人という少人数ではやることはないだろう。


 前線基地の顔役でありトップパーティのレクトシルヴァ、ラグレスライ教前線基地使節団が動き始めれば二人が入り込む余地はない。


 それに、彼らに入り込むつもりはない。


「お二方」

 そんな二人にミレディが声をかける。


「今回の件、本当にありがとうございました。私は、あなた達に出会わなければあそこで死んでしまっていたでしょう」


「何、あらたまって言われることでもない。なぁ、ケラス?」

 ミレディの言葉にリースペトラはこそばゆいと言った感じで返す。


「……あぁ。俺たちは契約の通りに依頼をこなしただけだ」

 リースペトラに水を向けられた形のケラスは一拍遅れてから言う。その反応にリースペトラが口の端を歪めた。


「ミレディよ。こうは言っているがな、こ奴は想像以上にただの優しい――」


「口を閉じろ、リース」

 ケラスがリースペトラの言葉を遮るように首根っこを掴む。すると「ぎゃふっ!?」とリースペトラが情けない声を上げた。


 しかし、そのままされるがままのリースペトラではない。ミレディが魔力の動きを知覚するのと同時、付近の草葉くさばが風に乗ってケラスの顔面に命中。


 突然の襲撃者に気を取られたケラスの隙をつき、リースペトラは軽々脱出した。


「まぁ、こんなものだ。一流の剣士でも戦闘の最中さなかでなければな」

 リースペトラはローブのホコリを払うようにパシパシと叩きながら言った。


「そ、そうなんだ……」

 ミレディはそう返すだけで精いっぱいである。何せリースペトラの後ろに恐ろしいくらい険しい目つきの大男が見えるから。


 しかし、リースペトラはそんなミレディの恐怖を湛えた表情に気づく様子もなく「まぁ――」と続ける。


「まぁ、有事であればこ奴も頼りになる。我も同様だ。よって、ミレディ。お主が気に病む必要はない」

 リースペトラは優しくミレディの頬に触れると、緩く微笑んだ。その笑みには様々な感情が見え隠れしていたが、ミレディはそれからただひたすらに温かさを感じた。


「リースペトラ、ありがとう……」

 突いて出た感謝の言葉。そしてミレディはうつむくと小さく声を漏らしだす。


 それは、決壊。


 死の境界線の上を歩き続けたことによる極度の緊張、聖女見習いとしての度重なる試練、それらから一時的とはいえ離れたことによる弛緩。


 そこに自分を寄り掛からせてくれる存在の言葉があれば、必然であったろう。


「……」

 ケラスは開きかけた口を閉じなおして黙る。今にもリースペトラの頭に拳を落としそうになっていたケラスがだ。


 しかし、


 しかしである。


「だが――」

 リースペトラはそうではない。


「だが、お主はまだまだ実力不足だ。外なら違うかもしれんが、前線基地の中では下も下。簡単に死にかねないぞ」


「リースペトラ……」


「おいおい……」

 

「……何だ? どうかしたのか、二人とも?」

 ゆっくり顔を上げてジトっとした視線を注ぐミレディと、ため息を隠さずねめつけるように睨むケラス。二人の反応を前にして頭に疑問符を浮かべたリースペトラ。


 やはり、中々に豪胆である。


「リースペトラ殿、それは私もないと思うぞ」


「シルヴィ! やっぱりそう思う?」


 向こうで指示を飛ばしていたシルヴィアがやってくると同時、ミレディとケラスに同調するようにしてリースペトラを見た。


 しかし、リースペトラは浮かべる疑問符を増やすだけ。本人が分かっているのは、どうやら私がマイノリティだという事実のみだ。


「もういいもういい。――ミレディ様、これは気にするだけ損です」

 心なしか呆れているようにも見えるシルヴィアの言葉に、ミレディは大きく頷きを返す。


 シルヴィアはミレディの首肯を受け取ると、リースペトラに向き直った。


「リースペトラ殿。そう言うのなら、暇なときにでもミレディ様に稽古を付けてやったらどうだ」

 シルヴィアは呆れを隠さずそう言うと、「ついでにカルミアにも頼む」と付け加えた。


「さすがに俺たちもそこまで暇じゃ――」


 パチンッ


「それは名案だ! このままだと大事なお友達が簡単に死にかねん」

 リースペトラはケラスの言葉を遮ると、指を鳴らして明け透けな物言いをかっ飛ばす。


「カルミアも勿論いいぞ。あ奴はもっと伸びると思って――」


「だから、そんな暇はないと――」


「絶対、ぎゃふんと言わせて――」


「――」




 そんなこんなで会話は続く。


 広い広い森の中、偶然の出会いが生んだ関係と時間は尊くまぶしい。


 求めるモノは違えど、道は一つ。歩き方が違うだけ。


 時には離れ、時には共に。


 魔女は幾度とも知れぬその交わりを、深く、深く、心に刻み付けながら、


 さらに行く。

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