第25話 ミレディの背中
「認めません!」
突如、耳をつんざくような叫び声が辺りに響いた。
ミレディとリースペトラのやり取りに水を差された形であり、二人は声のした方に振りかえる。
「私は断じて認めませんッ!」
声の主はマクスウェルであった。レクトシルヴァのアンシュラントに押さえられてはいるが、大きく見開いた瞳でリースペトラを睨み、射抜いている。
その瞳に込められているモノは一体何なのか、リースペトラにはぱっと見では測りかねると思わせる勢いがあった。
「認めない、とは?」
口を開こうとしたリースペトラを制し、ミレディを庇うように前へ出たシルヴィアが問う。するとギョロっとした瞳がシルヴィアを射抜いた。
「この女はミレディ様をさらった誘拐犯です。それだけに飽き足らず洗脳までも……。万死に値する行為でしょう!?」
マクスウェルは唾を飛ばしながらそう強く主張する。それは断固たる意志に裏付けされた物なのであろう。
しかし、リースペトラはその姿から少々の妄信さを感じ取った。何か、周りの者たちには未共有の真実があるかのような口ぶりなのだ。
「マクスウェル副隊長、あなたは少し頭を冷やした方が良い。先ほどの戦闘でまだ興奮しているようだ」
シルヴィアは短く息を吐くと、
しかし、その言葉はマクスウェルを逆撫でさせたのみだった。より深く眼光を尖らせてシルヴィアを見る。
「――いくら
「そんなつもりはない。ただ、客観的な証拠を出しもしないで行える所業ではないなと思っただけだ」
マクスウェルの言葉に対し詰まることなく返答するシルヴィア。そこには確固たる意志があり、それはそのまま場の空気を握る要因になっていた。
しかし、マクスウェルも伊達に教会騎士としての地位を確立してきたわけではない。ここで黙るのは失策だと心得ており、口を閉じるのはやめないようだ。
未だ失わない鋭い眼光を以てシルヴィアとリースペトラを見つめる。
「証拠ならありますとも。私とフリージアがこの目で確認しているのです。この女がミレディ様をたぶらかしている姿を!」
マクスウェルはビシッとリースペトラに向かって指をさし、「フリージア、あなたも証言しなさい!」と続ける。
水を向けられたフリージアは無表情のままマクスウェルを一瞥。次にリースペトラを見てから数舜だけ沈黙し、ゆっくりと首を振った。
「――私はこの魔法使いに負けた。敗者は黙ってそれを受け入れるのみ」
「ッ……相変わらずお堅い思考ですね、フリージア!」
マクスウェルがイラつきを隠せず吐き捨てると、フリージアは見て分かるほどに眉を顰めた。
「第一、私はミレディ様のお付き。ミレディ様と合流できた今、副隊長であるあなたの命令に従う必要はない……」
フリージアは顰めた眉を元に戻すと、よく見る無表情でミレディを射抜く。
リースペトラはその光景を眺めつつ、ならどうして初対面の時は襲ってきたのだろうと思わずにはいられなかった。ミレディの言葉を無視して襲ってきたではないか。
しかし、リースペトラが疑問を口にする暇はなく状況は動いていく。
「何ですって……」
急に梯子を外された形になったマクスウェル。期待していた援護が来ず、任せていた勢いも伸びが弱い。
「それで、証拠とは?」
フリージアとマクスウェルの交わらない視線に割り込んだシルヴィアがさらに追撃する。
「まさか、自身の証言がそのまま証拠になるとでも? ――私は冒険者パーティ、レクトシルヴァのリーダーだ。教会の権勢なぞ気にはしないし、忖度もしない。それだけでは動くつもりはないぞ」
強く言い切ったシルヴィア。そこには教会に対するぼやかしなど一切なく、公正さだけが見て取れた。
その姿勢にマクスウェルは押されるも、すぐに声を低くして口を開く。
「……いえ、いくら有名な冒険者パーティと言っても、所詮は冒険者です。私たちは別に今回の支援を切っても――」
パチンッ
突如、破裂音が辺りに響き渡った。
大して大きいとは言えない音。しかし、その音は綺麗に響き渡り周りの人々の鼓膜を揺らして見せた。
「マクスウェル、言葉を慎んでください!」
ミレディの声。ミレディがマクスウェルを窘める声が続いて皆の鼓膜を揺らした。
そこでやっと皆はミレディがマクスウェルの頬を叩いたと気が付いたのだ。
「ミレ、ディ……様」
興奮状態だったマクスウェルもさすがにミレディから頬を叩かれれば多少落ち着くというもの。驚きを充分に表情へ乗せながらミレディを見る。
反対に、ミレディがマクスウェルへと注ぐ視線には激情が隠せていないようであった。
凪と荒波、対照的な二人の間に割り込みづらい空気が降りる。
そしてその場に挟まれたアンシュラントの表情は――何とも微妙である。この場をさっさと去りたいが、拘束を解くのも違う気がするといった具合だ。
故に生まれた一瞬の間。アンシュラントはもう逃げられない。
「興奮状態で視野狭窄。証拠も出せず人を犯罪者扱いするなど、ありえません。それでも誇りある教会騎士団の一員ですか!」
瞳に涙を溜めたミレディがマクスウェルを睨めば、リースペトラに向けていた刺々しさが簡単に消え失せる。
声が震えるほど感情のこもったその言葉は、直接ぶつけられたマクスウェルに限らず、周りの者たちにまで圧をかけた。
先ほどまでの疲労や年相応の少女らしさが嘘であったと思えるほど、そして聖女見習いという、大陸屈指の宗教組織の次期トップという肩書に相応しい覇気である。
「そ、それは、ミレディ様を思ってのこと――」
「誰かの冤罪の上で成り立つ私など私はいりません!」
ミレディは弁明するマクスウェルの頬を再び叩いた。
ミレディより一回りも二回りも上背のあるマクスウェルがその一撃で倒れ込み、ミレディを見上げる姿は情けない。
およそ大の大人が見せる痴態ではないだろう。
しかし、ミレディにそれほどの空気が纏っていると考えれば不思議なことではなかった。
リースペトラは目の前で部下を叱責するミレディの背中が非常に大きく見えたのだ。
「ミレディ様」
「――ごめんなさい。私も少し落ち着いた方がいいですね」
倒れ込んだマクスウェルに一歩近づいたミレディ。しかし、傍にやってきたフリージアがそんなミレディを止める。
ミレディは目を閉じて一度深く息を吐くと、リースペトラに向き直った。そして頭を下げる。
「此度は私の仲間がご迷惑をお掛けいたしました。あなた方に剣を向けたこと、あらぬ疑いをかけたこと、到底許せるものではないでしょう。ですが、数々の非礼を謝罪させてください。誠に――」
「いやいや! 我は別に――」
「だったら、一つ頼まれてほしいことがある。聖女見習いとしてな」
突如、今の今まで影薄く様子を見ているばかりであったケラスが口を挟んだ。
続くセリフを遮られた形になるリースペトラは不満の視線をありありとケラスに浴びせかける。しかし、ケラスはそれを全て無視してリースペトラの隣に立った。
「もちろんです。聖女見習いとして出来るだけご期待に応えたいと思います」
即答したミレディにケラスに対する怯えは感じられず、見上げるような体勢でまっすぐケラスを見つめ返した。
それが一種の誠意だと感じ取ったリースペトラはここで口をつぐむことに決めると、一歩だけケラスの後ろに下がる。
リースペトラが二人の様子を窺う中、ケラスが口を開く。
「俺を聖女様と会わせてくれ」
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