第14話 冒険者の当たり前

「よし、行くか」

 ケラスがその言葉と共に立ち上がると、背後で落ち着きのなかったリースペトラが素早く反応する。


「終わったのか?」

 リースペトラはパタパタとローブの埃を払いながらケラスの隣に並び、言った。


「あぁ。こいつは予定外の収入だ。ありがたく頂戴するとしよう」

 リースペトラの問いにケラスが答える。その声色には喜びが滲んでおり、リースペトラはケラスのその様子が珍しく思えた。


「さっきから金の話ばかりだな。そんなに儲かることが嬉しいのか?」

 リースペトラはケラスの顔を覗き込むと、「いまいち共感しずらいが」と続ける。


「……嬉しいだろ。金があれば飯がたらふく食えるし、良い家に住むことだってできる。俺が冒険者になったのは、自分の身一つで稼ぐことができるからだ」


「いや、お主。今自分が住んでる宿を見てみろ。お世辞にも良い環境とはいえんぞ。硬いベッドとがたつく机だけの部屋のどこが"良い"だ」

 リースペトラは自身の腰をこれ見よがしにさすり、レクトシルヴァと別れた後に向かったケラスの拠点に言及する。


 あれでは風よけがあるだけの野宿。むしろ野宿の方が諦めがつくものだ、とリースペトラは思った。


「あのままだと我の腰が爆発四散するのは時間の問題だ」


 リースペトラの言葉にケラスは鼻を鳴らし、ジロリと感情の湛えた視線を向ける。


「金は目的の為に貯めている。とやかく言われるつもりはないぞ」

 ケラスは低く太い声で言うと、リースペトラに契約をチラつかせる。言葉に込められた意に目ざとく気づき、リースペトラがケラスの左腕をチラリと見た。


「目的、というとその左腕か。それと金に何の関係がある。第一、呪いというものは、な……」


 リースペトラは強めた語気を緩め、急に押し黙ってしまう。ケラスはその様子を不審に思い、「どうした?」と問い掛けた。


「今の、聞こえたか?」


 ケラスはリースペトラの纏う空気が変化したことに気が付いた。

 

「……なんだ、急に」

 ケラスにとって非常に癪な話ではあるが、リースペトラの感覚は己よりも優れていると認めざるを得ない。


 S級の魔物を簡単に屠ることのできるケラスであっても、リースペトラに勝てるかどうか。不意を衝いてみたとして、それで勝てるビジョンがケラスには見えていない。


 よって、命に係わる状況下においてはリースペトラの指示に従わなければいけないこともある、とケラスは判断していた。


 ある意味真面目な男である。


「悲鳴が聞こえた。行くぞ」

 リースペトラはそう言うと、前線基地が開拓した道を外れ、生い茂る木々の中に飛び込んだ。


「あっ、おい!」

 リースペトラの行動に面食らったケラスだったが、一拍ほど遅れてリースペトラの後を追うべく木々に飛び込む。


 冒険者たちが日常的に使うような踏み固められた道ならまだしも、今現在二人が進むのは道なき道。


 体格に恵まれているケラスはすぐにリースペトラに追いつくことができた。枝木を折り、草をかき分けてリースペトラの横に並ぶ。


「事情を説明しろ! 俺たちはパーティーだ、勝手な行動でお互いを危険に晒すことはご法度だぞ!」


「悲鳴が聞こえた。おそらく、少女の声だ」


 リースペトラに言葉にケラスの目が大きく見開かれる。そこには驚きの感情が十分に込められていた。


「少女? この危険地帯にか?」


「そうだ。助けに行くぞ」


 リースペトラの言葉には確固たる意志が込められているようにケラスは感じた。しかし、ケラスは異を唱えるべく口を開く。


「……余計なリスクを負うと俺たちの契約にも支障が出る」

 

 つまり、左腕の呪いが解けず、魔力の回復が叶わない、ということ。


「我を脅しているつもりか?」

 リースペトラは足元の悪い道なき道を進みながら言う。


「そう思ってもらっても構わない。第一、ここは大陸未開拓の最前線だ。この地に足を踏み入れた時点で己の命など簡単に吹き飛びかねない。つまり、自己責任だ」


「……」

 無言で進むリースペトラ。


「俺たちは慈善団体じゃないんだぞ」


 ケラスの言葉は間違っていなかった。


 この地はS級の魔物が蔓延る危険地帯。前線基地の中であっても魔物の襲撃が絶対にないとは言い切れない場所だ。


 依頼、金、尊厳、果てには仲間の命を投げ出して己を優先しなければならない事態に遭遇するかもしれない。


 そのような場所で見ず知らずの人間に手を差し伸べる必要はなく、余裕もない。


 ケラスは優先順位を決めろ、と言っているのだ。


 その言葉を間違っている、と澄んだ瞳で言えるのはよほどの馬鹿か理想家、もしくは圧倒的強者だけなのだろう。


 ――もしくは神か。


「……俺は神なぞ信じちゃいないがな」

 小さく呟いたケラスは若干残る左の二の腕を掴み、言った。

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