第21話「断絶の函」

扉を抜けると、そこは水面が青空を鏡のように反射する美しい塩湖が広がっていた。


「なんて……美しいところ……。ここが本当にアビスの中なの……?」

「すごい……キレイな光景です……。とても空気が澄んでいて、キレイなマナが漂っていますね……」

「でも、ここには美しい光景しかない。美しい光景だけど、何故か無機質だと感じてしまうよ……」

「そうだ……この捨てきれない孤独感はこの湖畔の上だから感じるような気がするぜ……」



「1つ目の魂は、次の世界へとつながる絆」



突然背後から女性の声が聞こえてきて、僕らは後ろを振り向きながら咄嗟に武器に手をかけた。


「君は……あのときの夢の!?」

「こうやってしっかり話すのは、あの夢以来だね。私は守護天使フノス、あなた達の魂を導くモノ」

「守護天使フノス……?あんたはアタシたちの敵、なのかしら……?」

「大丈夫、私はあなた達の味方だと思っていいわ。あのときの戦いは創造主の思惑でもあった。今はあなた達に触れることはできないけど、あなた達の心には触れられる」

「心……?俺らになにかしたってのは、あんたの言う創造主ってやつの差し金か!?」

「ううん。私の行動は創造主の勅命ではあったけど、それは私の意思によるもの。でもね、あなた達が感じた違和感は、後に分かること。だけど、もしこの違和感を認識してしまったら、あなたはあなたでなくなってしまうかもしれない」


フノスはゆっくりと僕らに手を差し伸べて、優しい笑顔を向ける。


「だから、この力をあなた達に委ねる」


僕らは何故か考える間もなくフノスのその手に右手を重ねた。


「さぁ、これが……最初の魂だよ」


彼女のその手から、優しいマナが溢れてきて、そのマナが心臓の部分へと流れてくるのを感じる。そのとき、心臓の鼓動が激しく揺れる。苦しいわけじゃない、何かが灯るような、何かの力が開花するような感覚だ。


「君は一体……僕らに……何を……!?」


「あなた達の縛られたモノを取り払っただけよ。そして、あなた達の本来の力を引き出すための儀式でもある。」


「力……?夢幻装魂むげんそうこん……?」


頭の中に浮かんだその言葉は、僕らの記憶の底にあるずっと隠された箱を開けて中身が溢れて漏れ出したような、そんな感覚だった。


「あ、あなたは何故この力を私達に委ねたのでしょうか……?」

「あなた達の原初の力が、この先の未来に必要だからだよ。そして、その力はあなた達の奥底に眠っていた断絶の函。あなた達の意思は、今ここで開花した」


僕らの心臓の位置から、見たことのない明るいマナが溢れてきて、僕らを包み込む。その光からは僕らの先代達の意思のようなモノが流れてくる。僕らが失っていた何かを取り戻したような、万物の理を得たような感覚……。


「さて、オリジンよ。目的の一つでもある彼女、ルゥロが今どこに居るか」

「そうだぜ、ルルの嬢ちゃんが今何処に居るかを知りたかったんだ」

「私達の手から離れた彼女は今、もう一つの時空に囚われている。何故彼女が狙われたか、その理由は彼女の魂に刻まれている因果に関係するわ」

「因果……?それがアタシ達と何の関係が……?」


「その因果はあなた達の存在と関係している。彼女は、月の心という力を持っているからよ。その力は、世界の根源の核に最も近い力として、彼女に封印されている。その力を狙う、強大な悪しき存在がこの世界のルゥロを狙っているわ」


月の心……それは僕らの力と何かが繋がっている……。その力を悪しき存在、多分魔王が関わっているのだろう……。でも、その因果自体は僕ら以外の先駆者達にも課せられた使命だった。


「そんな、過去を踏みにじる何かが、君たちを使って僕らに力を分け与えているってことなのか……?」

「そうでもあり、違うとも言えるわ。この輪廻からあなた達を作りし存在、創造主がこの世界を構成している。彼の悲痛の叫びが、この世界の輪廻を生み出した。だから彼はその輪廻を超える力を探し求めている。それが、今のあなた達にも託されている力とも言える、紋章眼、そして夢幻装魂……」


その言葉の後に、僕らの心は揺れ動く。これがこの力に与えられた足掻き続ける過去と未来の意思そのもの……。


「あなた達に与えられた選択は2つあるわ。ルゥロを殺すことにより、この世界全域に生命のマナが広がり、悪しき存在の魔の手から逃れ、世界は存続する。ただし、オリジンのあなた達の力そのものを、世界は拒絶し続ける。ルゥロを救うことにより、この世界を蝕む悪しき存在があなた達オリジンを狙い、世界を壊していく。ただし、ルゥロの力そのものは存続し、悪しき存在と戦う運命をオリジンは受け入れるしかない……。どちらの選択も正しい選択。だけどその選択により、あなた達の運命の道筋が変わっていくわ」


僕らに向けるフノスの表情は、慈悲と自分ではどうしようも出来ない運命を託す表情だった。


「あなた達に問おう、彼女を殺すか、それとも彼女を救うか」


そんな事を再度問われたって、僕らの意思は曲げない。


「勿論、あの娘をを助ける。それがクァトロさんとの約束でもあるから」


その言葉に、フノスは安堵した表情になる。


「やっぱり、君は変わらないね。よかろう、オリジンよ、その運命を覆すために生まれた魔剣、ソウル。その力はあなた達のためのモノであり、真実を掴む最初の一歩」


フノスは右手を僕らに向けると、レイン達の持っている武具が光り始めて、皆の武器の見た目が変わっていった。


「うわっ!?俺等の武器の見た目が……!?」

「この装飾は……リヴァンの持ってる武器にそっくりだわ!?」

「フノスさん……あの、これは一体……!?」

「あなた達が持っていた武器は、元々は死をも凌駕する運命の魔剣の複製品だった。その魔剣達は形を変え、あなた達の祖先がずっと守ってきたモノだったわ」

「そうか、オヤジ達が俺に託したこれがなんで今までの冒険で壊れなかったのかが、今になってようやくはっきりしたぜ……」


「その魔剣達は、今、始まりの力を得ることができた。その魔剣の名はアイオン。全ての運命を断ち切り、全ての力を渇望し吸収する伝説の宝具。そして、オリジンの魂はあなた達に適合したよ」


僕はフノスさんが言っていたことに、少し疑問が湧いた。


「フノスさん、気になることがあるんだけど、もしかして今まで使っていた武器なども吸収できたりするの?」

「えぇ、その通りよ。アイオンと今まで使っていた武器を近づけてみて。」


彼女に託されたアイオンと、もう武器としては使えないボロボロになっていた愛用の武器を近づけると、その魔剣はボロボロの剣を吸い込んでいった。すると、アイオンの装飾に一つの変化が見られて、その部分を注視すると、あるメッセージが浮かび上がった。


「運命と共に旅をする思い出……?」

「そう、その武器が培った思い出と剣術、そしてその武器が本来得る力が、アイオンに受け継がれた。その想いはあなたを裏切ることはない。もし運命に抗えなくなったら、きっとその思い出が助けてくれるはずよ」


今まで使っていたこの剣は、妹が僕に託してくれた思い入れのある剣。そうか……この思い出が、エミンから託された力なんだね……。


「ありがとう、フノスさん。君から受け取った力で、この運命にもがいてみせるね」

「うん、きっと、あなた達ならやり遂げると信じている。あなた達の想いがこの世界を救ってくれるって。さぁ、この石碑に触れると、元の世界へ帰れるわ」


フノスさんの後ろには水晶で出来た石碑がそびえ立っていた。その石碑に皆で手を添えると、この世界から意識がどんどん離れていく。


「また会おう、オリジンよ」


最後に見たフノスさんは、少しだけ悲しそうな表情になっていた。



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