2-12 ロイの思い
「タリダス。私はユータに、父上に王位をお返しするつもりだ」
フロランが自害し、一週間後、ロイに執務室に呼ばれた。
タリダスは聞かされた言葉に愕然とする。
ショックから我に返るとすぐに答える。
「ユータ様はそのようなことは望んでません。アルロー様の願いは、魔物を倒することであり、そのために転生したとおっしゃっておりました」
タリダスは嘘は言っていない。
ユウタもアルローもどちらも王位を望んでいない。
ロイの治世に満足し、彼の統治を誇らしく思っていたくらいだった。
「それでも、正当な者が王位に就くべきであろう」
執務室にいるのは王ロイ、王妃ジョアンヌ、そしてタリダスの三人だけだった。
「私は父の、アルローの子ではない。私の父はフロランだ」
タリダスは驚かなかった。
その噂は以前からあり、ソレーヌとフロランの距離の近さから、その可能性は高かったからだ。
「……自害する前日、フロラン自らが認めた。公表はしたくないようだったがな」
ロイは自嘲した。隣に控えていた王妃ジョアンヌが彼を支えるようにその隣に立つ。
「アルロー様はご存じでしょう。それでもアルロー様は貴方が王であることを望みました。アルロー様はあなたのことを実の子として接していたと思いますが、私の思い違いでしょうか?」
「お前の言う通りだ。父は私に優しく、時として厳しく指導してくれた。私は本当の父だと思っていた」
「そうでしょう。私もアルロー様が亡くなるまで、陛下の出生を疑ったことはありません。私以外にもそう思っている者は多いと思います」
「……私は父アルローのようになりたかった。その背中を追いながら王位にあり続けた。だが、今はそれが苦しい。私は、実の子ではないのに、このような立場にいていい人間ではないのに」
「陛下。あなたはよい君主です。アルロー様がこの場にいたらきっとそう言うでしょう」
「……父上は優しいからな」
「陛下」
ロイの決意は硬いらしく、宥めても、王位をアルローに返したいと言うばかりだった。
タリダスには最終手段がある。取りたくない最終手段だ。しかし、同じ問答を繰り返すのは時間が惜しかった。
「ユウタ様を明日連れて参ります。そうして聞いてみてください」
「父上を呼ぶのか」
「それしかないでしょう」
時間は夕刻で、今から呼び出すにしては遅すぎた。
なので、嫌であるが、明日ユウタを連れてくること提案。そうして秘密の通路を使い、彼は明日ユウタを王室へ連れてくることになった。
騎士団の宿舎に戻り、自身の執務室へ入る。補佐官が忙しそうに書類に書き込んでいる。
今日も残業は免れない。しかし、ユウタが寝る前に伝える必要があった。
補佐官に帰宅を促し、自身も帰り支度を始める。
ユウタにはフロランのことを伝えていない。
屋敷の使用人にも口止めをしており、彼は何も知らないはずだった。
聖剣も黒ずんだまま発光する様子を見せない。外部の情報は彼の耳に届いていないはずだ。
事実を伝えたときの反応を考えると怖かった。
まずは詰られるだろう。
一週間も事実を伏せていたことを。
けれども、タリダスはユウタに不安を与えなくなかった。また悲しみか。アルローはフロランに対して肉親の愛情のようなものを見せたこともあった。フロランの数々の行動に彼はいつも苦笑しているだけだったのだから。
アルローがフロランに対して何を思っていたのか、タリダスは知らない。
知りたくなかった。
逃げるわけにはいかず、タリダスは馬に乗ると帰路を急いだ。
☆
「旦那様がお戻りです」
「本当?」
アズといつも通り話していたユウタは、侍女長マルサからタリダスの帰宅を聞かされ、こぼれんばかりの笑みを見せた。
夕食を一緒に取ることになってアズももちろん同席するとユウタは思っていたのだが、アズから辞退された。
「部屋でゆっくり食べる。たまには一人がいい」
そう言われてしまわれたら、無理に誘うこともできず、ユウタはタリダスと二人だけで夕食を取る。
「久々に一緒に食べれるのは嬉しい」
魔物との戦いが終わり、眠りから覚めてから、ユウタはタリダスを話す時間がなかった。彼の帰りはいつも遅く、タリダスもユウタに早く眠るように急かすことが多く、話しができなかったからだ。
今日のタリダスはどこか上の空だった。
時々思いつめたような表情をしていて、ユウタは心配になる。
「タリダス。何かあったの?早く帰ってきたのは訳があるの?」
そう問うと、タリダスは藍色の瞳を伏せた。彼と目を合わせようとしないことなどから、良い話ではない。アズのことかと、急に不安が込み上げてきた。
「お話があります。まずはしっかり食べてください」
ユウタが急に食欲を失ったことに気が付いたタリダスがすかさずそう言った。
味はしなくなってしまったが残すことは申し訳ないと、ユウタは用意された食事を完食する。料理長はユウタの胃の大きさを把握しており、侍女も同じく彼が食べられるくらいの分量をいつも机に並べていた。
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