2-8 決戦

 それぞれが配置につく。

 ユウタはタリダスの馬に乗せてもらっている。

 前では聖剣を振るえないと、タリダスの後ろに座った。手綱を握るのはタリダスだ。

 馬上の二人の周りには、ケイスやその他第三分隊の騎士が馬に乗って控えている。


「緊張してますか?」


 耳元で囁かれて、緊張ではなく、ユウタの心臓が騒いだ。


「大丈夫」


(なんだろう)


 ドギマギしたおかげで、緊張は解ける。


 日がゆっくりと落ちていく。

 徐々に闇が広がっていき、騎士団に不安が広がっていく。

 騎士たちの不安な声が伝わってきて、聖剣の使い手としての自身の役目を思い出す。


「タリダス。僕は聖剣の使い手として、声をあげるよ」


 小さな声だが、タリダスにはしっかり聞こえたようだ。

 心得たとばかり、彼は器用に自分だけ馬から飛び降りる。ユウタが落馬しないように慎重にだが素早く行動する。

 馬が暴れないように、タリダスは手綱を握ったままだ。

 ユウタは緊張する自身を宥めながら、聖剣を鞘から取り出す。

 アルローの記憶を思い出しながら、気持ちを落ち着かせて剣を掲げた。

 切先を空に向けた聖剣から光が溢れ出す。

 闇の中に光が広がる。

 ユウタの金色の髪が光を反射して、その緑色の瞳はまるで宝石のようだった。

 騎士たちは、ユウタの幻想的な美しさに目を奪われていた。


「皆の者、聞いてほしい」


 ユウタは剣を掲げながら、静かに語りかける。


「今宵私は魔王を倒す。そしてすべての魔物を消滅させるつもりだ。そのために私に力を貸してほしい」

「我が君よ。心得ております」


 最初に答えたのはタリダスだ。


「私も微力ながら加勢いたします」


 次に口を開いたのはケイスで、騎士たちは次々に声を上げていき、騎士団全体に活気が溢れる。


 闇はどんどん濃くなり、魔物たちが暗躍し始めた。

 何か引きずるような音、唸り声が聞こえ始め、黒い奇妙な生き物たちが姿を現した。



「タリダス!」


 タリダスはユウタから声をかけられる前に、馬に飛び乗る。


「いきますか。ユータ様」

「うん」

「第三分隊、準備はいいか!」

「はっつ!」

「突撃!」


 タリダスは怒号を掛け、馬を走らせた。

 両端から魔物が一斉に飛びかかってくるのだ。

 ユウタは聖剣を使い、魔物を切り裂いていく。

 魔王がいるのは、中央か、後方のはずだった。戦闘が始まりしばらく経つがまだ魔王の片鱗すら眺められていない。

 中央は突破している。そうなると魔王は後方にいるようだった。

 そのほうが都合がいいと、タリダスはさらに馬を駆けさせる。


「進め!」


 タリダスの怒号に騎士たちが返して、死に物狂いで進む。

 騎士たちの悲鳴が聞こえ、嫌な臭いがする。しかしユウタは振り返らなかった。

 

(犠牲は無駄にできない。もうあの子を救えない時は切るしかない)


 強硬突破を決めたのはユウタだ。

 その責任を負う必要がある。

 少年を救いたい。

 しかし無意味な犠牲を出すわけにはいかなかった。


「見えた!」


 前方の黒い影が魔王だと、聖剣がユウタに教えてくれる。


「ケイス!」


 タリダスが声を張り上げて、隣で駆けているケイスに呼びかける。

 彼は胸にかけている角笛を取り出し、思いっきり吹く。

 それが合図となり、前方から第一、第二部隊が飛び出す。


「ユータ様!魔王を!」

「うん」


(聖剣、魔王を飛ばして!)


 その願いを込め、彼は聖剣を振るう。

 魔王である黒い影が聖剣から発せられた光を浴びて、後方に吹き飛ばされた。


「やったか!」

 

 騎士たちが喜びの声を上げそうになるが、そう簡単にやられるわけがなかった。

 森の奥に吹き飛んだが、起き上がろうとしているのが見える。


「タリダス!」

「はい!」


 タリダスが馬を走らせ、魔王へ向かう。

 付き添うのケイスの一騎だけだ。ほかの騎士たちは魔物に阻まれ、タリダスを追うことはできなかった。


(騎士たちの犠牲が抑えるためにも早く片を付けないと!)


 焦りながらも、ユウタはまだ少年を救うことを考えていた。


「君!名前を教えて!」


 ユウタは黒い影に呼びかける。

 立ち上がろうとしていた影の動きが鈍る。

 ゆらりと影がゆれる。

 取り込まれている少年の姿が一瞬だけユウタの目に映った。


「君はもう一人じゃない。僕が、僕が君を守ってあげる。だから、もうやめよう」


 ユウタを聖剣を鞘に納める。


「ユウタ様!」


 ケイスはユウタの狙いを知らない。

 なので驚きの声を上げる。


「タリダス。降ろして」


 情けないことに一人では降りれないユウタは背後のタリダスに願う。

 彼は自身が馬から降りた後、ユウタを降ろす。


「ユウタ様?!ヘルベン卿!正気か!」


 ケイスは馬を降りた二人のことが信じられず、叫ぶ。

 それに構わず、ユウタは影に向かって歩む。タリダスはその横にぴったりとついている。


「僕は君の友達になりたい。一緒に生きよう」


 ユウタの呼びかけを影は聞いているようだった。攻撃を仕掛ける様子はなく、影は揺れ続けている。


「シン、シンジナイ。オレ、ハ、ヒトリダ」

「一人じゃないよ。ゆっくり話しよう。ね?」

「ハナシ、オレト?」

「うん」


 影が小さくなり、少年の形を作る。


「ウソダ。ウソダ」

 

 黒色だった少年の体が本来の色に戻っていく。


「君の名前、教えて」

「オレ、ハ。アズ」

「アズ?」

「うわあああ」


 名前を呼ばれた瞬間、少年の声質が変わった。少年は叫び声をあげ、地面に転げまわる。


「嘘だ。俺なんかに」

「アズ」

「ユータ様!」


 少年を触ろうとしたユウタをタリダスは止める。


「はは。噓つき」


 少年から黒い影が離れ、ユウタを襲う。


「ユータ様!」


 タリダスがユウタの体を抱きしめる。

 ユウタの体が黒色に染まっていく。


「た、タリダス。ごめん。その子、悪くないから、保護してあげて」


 タリダスに体を預けて、ユウタは言葉を紡ぐ。

 聖剣を握っている右手が黒色に染まると、今度は聖剣が光を放ち、浄化していく。ユウタの体は元の色に戻っていく。しかし、彼自身はぐったりとして、タリダスに体を預けたままだった。

 すべての黒い影が聖剣に吸い込まれ、後方で戦っている騎士たちから歓声が上がる。


「魔物が消えていく。消えていくぞ!」


 その日、すべての魔物が消滅した。

 騎士たちは怪我を負っていたが、死亡した者はいなかった。

 一人の傷だらけの黒髪の少年が保護される。

 タリダスは気を失ったユウタを抱え、黒く染まった聖剣を保持していた。

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