第16話 アルローの過ち

「まあ、なんと可愛らしい」


 前王妃セレーネと宰相フロランが訪れる日、屋敷は朝から賑やかだった。

 前回は突然の訪問だったため、準備が整っておらず、屋敷の者は悔しい思いをしていた。しかし、今回は違う。数日前からお茶や当日添えるお菓子など、入念に準備をした。

 そして、ユウタ。

 さすがに針子のハリエットを呼ぶことはなかったが、侍女長のマルサが張り切ってユウタの髪を整えた。ユウタ自身が服装を着替えた後に、マルサが入念に確認し、中身がアルローでありこう言うことに慣れているはずなのだが、彼が少し疲れるくらいだった。

 

「旦那様を呼んできます」


 マルサは仕上がりに大満足したらしく、軽い足取りで部屋を出て行く。

 アルローは持ち込まれた鏡で全身を確認して、息を吐いた。


「本当に、ユウタは私に瓜二つだな」


 アルローは十四歳になった時に、騎士団に入団した。

 唯一の王子であり、王太子であった彼が騎士団に入団する必要はない。しかし帝王学の一環として一年という期限を区切り、王である父がアルローに命じた。

 そこでの生活は学ぶことも多かったが、彼にとっては悪夢のような経験だった。

 そこであったことを彼は誰にも話したことがない。

 騎士団に入るまで彼は誰からも傅かれ、距離を置かれていた。しかし騎士団は異なり、彼を一訓練生として扱った。それはいい経験であった。そんな中、彼にも親しい友人ができる。それが、ウィルである。アルローは彼に傾倒していき、深い関係にもなった。ウィルから誘われ、受け入れたことが始まりだ。

 若き彼はその行為に溺れた。

 二人の逢瀬は秘密裏に行われたが、王に気が付かれないはずがない。父である王に諭され、アルローは王族としての自覚を持って、関係を絶とうとしたのだが、ウィルによって拒否された。アルローに病的に固執した彼は心中を図ろうとした。しかし、それは未然に防がれる。

 本来ならばウィルは処罰されるべきところを、アルローが救い、彼は騎士団に留まった。ウィルの家が高位貴族であったことも彼の身を救った。

 しかしそれから二十五年後、ウィルは問題を再び起こす。アルローの親戚であるタリダスを犯そうとした。

 アルローは厳しく処断し、彼を放逐。その後ウィルは家族の元へ帰らず、死んだと聞いている。


「……私の過ちだった」


 彼はウィルを許し、ウィルはタリダスを襲った。 

 アルローは鏡に目を向け、笑う。


「ユウタ、タリダス。私は高潔な人間ではないのだ」

「ア、ユータ様」


 扉が叩かれ、タリダスの声がした。

 目を閉じ、心を整えてから返事を返す。


「入れ」

「失礼します」


 タリダスが入ってきて、ユウタの姿を見て立ち止まった。


「見違えただろう。これならソレーネやフロランの前に出ても大丈夫だろう」

「そ、そうですね」


 タリダスが少し惚けながら答える。

 アルローは頬を少し赤らめている彼を見ながら、ユウタのことを思った。

 ソレーネとフロランの件が終われば、ユウタが戻ってくるように説得しようと。


「さあ、行くか」


 応接間で前王妃と宰相を迎えるべく、アルローはタリダスに語りかける。


「はい」


 それにタリダスは答え、アルローを先導すべく、扉を開けた。



「本日もわが屋敷へお越しいただきありがとうございます」


 前回と異なり、今回は前触れのある訪問だ。

 タリダスは玄関で前王妃ソレーネと宰相フロランを迎える。

 ユウタはアルローの生まれ変わりであり、前王なので応接間で二人を待ち受ける。

 中がユウタであればやきもきしただろうが、アルローなので当然とばかり部屋で待っていた。

 前回同様、ソレーネとフロランには護衛の騎士が何名が付いている。

 挨拶を二人にしながら、タリダスは見慣れない騎士の姿が目に付いた。ふと顔をよく見て、気持ち悪さが込み上げてくる。


「ああ、タリダス。彼はケイス・パーラー。先日雇い入れた者だよ。身元はしっかしている。安心してもらっていいよ」

 

 ケイス・パーラー。

 その姓に聞き覚えはない。

 しかし、名なら知っていた。

 それは彼に不埒な行動をとった男、ウィル・バリバスの息子ケイスと同じ名前だったからだ。当時、彼はタリダスの先輩であり、皆に公平で優しい先輩だった。ウィルの処罰により騎士団を自ら退団していたと聞いていた。

 名前が一致するだけ、そう考えることができないくらい、ケイスはウィルそっくりの顔だちをしている。

 タリダスは必死に吐き気を押さえ、フロランに目を向ける。


「護衛の者は屋敷の外で待機していただけますか?」

「君の屋敷が安全なことは知っている。しかし、王族である私の護衛は常に必要だよ。君も知っているだろう?」

「はい。では二名で十分ですね」

「もちろん、十分だよ。ケイス、ボーダー。私についてきなさい」

「はい」


 内心タリダスはフロランに嚙みつきたかった。

 宰相である彼なら、ケイスの父が何をタリダスにしたか知っているはず。なのに、わざわざ彼を屋敷に連れてくる。タリダスの神経を逆なでするつもりなのは明白で、彼は自分に冷静になるように言い聞かせた。

 内心の動揺、気持ち悪さをすべて覆い隠し、彼は一行を部屋に案内した。


 ☆


「タリダスです。ソレーネ様とフロラン宰相閣下をお連れました」

「入れ」


 扉が叩かれ、アルローはいつものように入室を許可する。

 タリダスを先頭に見知った顔、しかし歳を重ねた二人が入ってきた。その後に続く護衛の顔がアルローの視界に入り、衝撃を受けた。


「こちらがユータ様。アルロー様の生まれ変わりです」


 しかしタリダスが彼を二人に紹介し始め、アルローは必死に動揺を押し殺す。


「初めまして。ユウタです。異世界からきたので礼儀を知らずに申し訳ありません」


 アルローは、極力ユウタの振りをして挨拶をする。


「まあ、可愛い。アルローの子供の頃って、こんなに可愛かったのね」


 ソレーネは相変わらず乙女のような反応だった。

 それを懐かしく思いながら、気持ちは入ってきた護衛に向いている。

 意識的にそちらを向かないようにしていると、微笑んでいるフロランが目に入る。アルローの隣に控えているタリダスは無表情を装っているが、少し発汗して、顔色が悪いように思えた。

 あの男がタリダスに何をしたのか。

 アルローはフロランを睨みつけた。


「こんにちは。ユータ様。私はハルグリア王国宰相のフロランです。お見知りおきを。生前アルロー様と共にこの国を支えた者です」


 フロランは微笑を浮かべたまま、アルローの話しかける。


「そうなんですね。僕はアルロー様の記憶がまだなくて、覚えていなくてすみません」


 アルローは視線を緩めると、同様に微笑んだ。

 フロランは以前と変わらず、アルローの気に障ることをしたがるようだった。彼は宰相として完璧で、国にとっては重要な人物だ。しかしアルローについては誰にも気が付かれないように、ささやかな意地悪をするのが好きな男だった。



 



 

 

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