第11話 聖剣
「本当にすみません」
「何を謝る必要があるのです」
申し訳なさそうなユウタが、タリダスにはわからなかった。
主人の下の世話をするのは臣下としては当然と彼を思っていたからだ。
背中にユウタの不安げな視線を感じながら、タリダスは壺を持って部屋の外を出る。するとすぐに下男が出てきたので、壺を渡した。
手を洗い再びユウタの部屋に戻ろうかとも考えたが、気まずそうな彼の顔が浮かび、断念する。しかし、先ほどみたいに困っていたらと、部屋の前でうろついていた。
「旦那様?」
すると通りかかった侍女長マルサにめざとく見つけられて、タリダスは珍しく狼狽えてしまった。
「いや、あのだな」
「ユータ様の湯浴みでしょうか?今日はまだされておりませんよね?」
「それだ」
いい考えだと思わず大きな声を出してしまい、マルサが目を瞬かせる。
「なんでもない。湯浴みの準備をしてくれるか?」
「はい。お待ちください」
排泄した後は気持ち悪いだろう。
湯浴みはいい考えかもしれないとタリダスは考えた。
*
タリダスが壺を持って部屋を出ていき、ユウタは羞恥で死にそうだった。
彼が顔色を変えていないのが救いだった。
ベッドに伏せて羞恥心をやり過ごしていると、再び扉が叩かれた。
体を起こし、心配させないように、椅子に腰掛けた後、どうぞと許可を出す。
入ってきたのはタリダスで、その手にはお湯の入った桶と布があった。
湯浴みだと気がつき、ユウタは喜んだ。
お尻を拭くものは紙のようなものであったが、痛くてお尻がひりひりしていたからだ。
「湯浴みをしましょう。お湯はこちらに、布を着替えはあちらに置いておきます」
「ありがとうございます」
タリダスは桶と着替えなどを置くと、そそくさと部屋を出ていった。
それが有り難くて、ユウタは服を脱ぎ体を拭き始めた。
やはり水浴びしたいなと思いつつも、それは難しいということは理解できていた。水浴びであれば、家の中ではできないだろうし、外では恥ずかしい。しかも大量の水をどこから運んでくるのかとも考えてしまう。
お湯で濡らした布で汚れを落とし、乾かすため別の布で体を拭く。
そうして新しい服に着替えたら、汚れた布を桶に入れた。
昨日タリダスがそうしていたので、ユウタは真似てみた。
「終わりましたか?」
「はい」
扉越しにタリダスに問われてユウタが返すと、彼は入ってきて桶を持ち上げる。
そのまま出ていくと思いきや、止まった。
「夕食時に説明しようと思いましたが、今話してしまいます。明日から私は王宮に出仕します。侍女長マルサにお世話してもらうつもりですが、構いませんか?」
「マルサさん?」
「先日私の都合が悪い時に、昼食を持ってきた女性です」
「ああ、あの人がマルサさんですね」
この世界に来て、タリダス、侍女長マルサ、針子のハリエットとしか話をしていない。しかし、名前をぱっと覚えきれず、ユウタは少し反省する。
「マルサさんによろしくお伝えください」
「よろしく、伝える?」
「あの、明日から面倒を見てもらうことになるので」
「そうですか。マルサも喜びます。それでは夕食時に来ます。ゆっくりとお過ごしください」
「はい」
まだ一度か二度しか会っていないマルサ。
しかし返事を急かしたりせず、優しかった印象があり、明日から顔を合わせても大丈夫だろうとユウタは考えた。
タリダスが部屋を出てから、ユウタは本を読み始めた。
この本には聖剣が出てきた。
驚くべきことに、聖剣は女神から与えられたもので、国の象徴だった。
大昔、魔物がいて人間を脅かすため、女神が勇者を異世界から呼び出し、武器を与えた。それが聖剣。その聖剣を使い、魔物を滅ぼし、勇者は王女と結婚。
そうして聖剣は王家で保管されることになった。
これが千年前。
「異世界転移の王道だ。きっとその後王様になったんだよね。王女と結婚しているから。というと、王家には異世界、日本。わからない。でも地球人の血が入っているってこと?そうだよね」
それからユウタはさらに読み進めたが、それから聖剣の話が出てくることはなかった。
アルローに関しても、絵本で書かれた以上の情報を得ることができなかった。
「宰相さんは、アルロー様の従兄弟になるんだよね。ってことは、王位継承権とかあるんだよね。すごいなあ」
王位継承にまつわる小説も多い。
大概争いごとだ。
「ああ、だから、アルロー様が戻ってくるとまた大変なのかな?アルロー様のお子さんのロイさんに、宰相さん。王位継承の争いとかありそう」
ユウタは色々想像しながら、本を読み終わった。
夕食を持ってきたタリダスに読み終わったことを伝えると彼は驚きながら、他に読みたい本があるか聞いてきた。
とりあえずどのような本があるか知りたいと答えたら、夕食後、書庫に案内してもらうことになった。
*
「ないですね」
「ユータ様は何を探しているのですか?」
書庫はユウタのいる部屋と同じくらいの規模で、壁に本棚が置かれており、部屋の真ん中は読書をする場所で、テーブルと椅子が置かれていた。
部屋の真ん中のランプに火を灯して、その後別のランプ、手提げランプをタリダスに持ってもらい、本を探す。
彼は聖剣に関する本を探していたが、見つからなかった。
「あの、聖剣にまつわる本を探しているのです」
「聖剣ですか。ありませんね。聖剣のことは誰もよく知りません。知っているのは後継者だけでしょう」
「後継者?」
「聖剣の後継者です。アルロー様です。アルロー様の前はアルロー様のお父上でした」
「そうですか」
ユウタは少しがっかりしながらそう答えた。
こうなると聖剣に触れない限り、何もわからないだろう。
彼は本当に自分がアルロー様なのか知りたかった。
限りなく、そうだと信じている自分がいるが、記憶がまったくないので、やはり信じられない思いもある。
「何か知りたいことがあるのですか?」
タリダスが明かりによって淡い色になった青い瞳を向けてきた。
「……僕が本当にアルロー様がどうか知りたいのです」
そう答えて、ユウタは反射的に口を両手で閉じる。
彼はアルロー様でなければならない。
そうでないとこの屋敷、世界にいられない。
それなのに、ユウタは不安な気持ちを吐露してしまった。
しかし、タリダスは怒ることはなかった。
「あなたはアルロー様です。不安にならないでください。私はあなたがアルロー様であると思っています。それだけでは十分ではないですか?」
「えっと、あの」
そう返されると思わず、ユウタは狼狽える。
「もう今日はこの辺にしましょう。明日から私はいませんが、できるだけ早く戻ってくるようにします」
「いえ、あの、お仕事頑張ってください」
「お仕事、」
「あの」
「そんな言い方されたのは初めてです」
「そうなんですか?」
それでは、どんな言い方をすればよかったのかとユウタは首をひねる。
しかし、答えが彼にもたらされることはなかった。
ランプの灯りを消してから、タリダスの手提げランプを元に部屋へ戻る。
「それではゆっくりをおやすみください」
「はい」
部屋の中まで案内され、ユウタがベッドに横になったのを確認すると、タリダスは部屋を出ていった。
柔らかくて、優しい匂いのするベッド。
気がつくとユウタは眠りに落ちていた。
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