第9話 タリダスの悪夢
ユウタの部屋から出たタリダスは、酷く後悔していた。
なぜ、自身の過去のことを話そうとしたのか。
忘れたくてたまらない、十五年前の忌まわしい過去。
当時上司だった騎士団副団長によって、彼は犯されそうになった。
その頃従騎士がお世話する騎士に性的に遊ばれるのは団内の常識であり、タリダスは衝撃をうけたが受け入れたつもりだった。
しかし実際にその場になり、彼は反射的に副団長を押し返した。何を思ったのか、副団長は騎士団の武器庫に彼を連れ込んでおり、タリダスに押し返された副団長は横転。その際何も装備をつけておらず、裸同然だったため、大怪我につながった。
自業自得なのだが、そうはならなかった。
騎士団を追われたタリダスを救ったのはアルローだ。
アルローは副団長に処罰を与え、放逐した。
その後、タリダスを小姓として抱え込んだ。
タリダスは、あの悪夢の夜のことをまだ覚えていた。
脱がされた服、肌を這う男の唇の感触、思い出すだけで怒りと羞恥が込み上げ、感情が飛びそうになる。
「ユータ様が止めてくださってよかった。……きっと気づかれたのだろうな」
実際に何があったのか話していない。
しかしユウタなら何があったか想像するのは容易いだろう。
少女のような容姿、幼い時から彼はきっと酷い目に遭ってきた。
怯え具合、人への信用の薄さ。
それらから、タリダスは異世界でのユウタの生活を想像することができた。
「私、ユータ様をお守りする。絶対に」
彼はアルローではなく、ユウタという名を口にしたことに気がついてなかった。
☆
「悪いこと聞いちゃったな」
タリダスが出ていき、ユウタはひどく反省していた。
しかし、なぜ彼があれほどアルローの忠誠を使うのか、そのことは理解できた。
「……僕が本当にアルロー様だったらいいんだけど」
彼には前世の記憶はない。
あるのは、聖剣でみた映像だけだ。
「もう少し、もう少し時間がほしい」
いつか彼は聖剣を触らなければいけない。
そう予感していた。
けれどももう少しアルローのことを知らず、ユウタとしてタリダスと話したかった。
「タリダス。もう少し、僕に時間をください」
聖剣に触れれば、彼が待ちに望んだアルローになれるかもしれない。
そんな期待をユウタは持つ。
しかし、それは同時に彼の消滅を意味することだった。
「僕は、まだ僕でいたい。死にたくない」
ユウタはアルローかもしれない。
聖剣でそう示しているのだから。
しかし、彼はまだユウタでいたかった。
日本でずっと不幸だったユウタ。
ここにきてやっと優しくしてもらったユウタ。
この世界では必要のないユウタ。
あの世界でも必要がなかったユウタ。
そう考えると消えてしまった方がいいかもしれない。
そんなことをユウタは思う。
「でも、もう少し」
ユウタはベッドの上に横になると身を猫のように丸くした。
そうして自分を守るように自分を抱きしめた。
☆
翌日、タリダスは朝食とともに、本を持ってきた。
ユウタはこの世界の文字を読めるか自信がなかったが、読めた。日本語に見えるとかではなく、何を書いているのか理解ができたのだ。
「よかったです。それではこれを置いていきますね。今日は、ユータ様に新しい服を作ってもらおうと思って、針子を呼んでおります。お昼前に来る予定です」
「針子?」
「服を作る者で、体の寸法を測らせていただきます」
体の寸法という言葉でユウタは身を縮こませる。
「私が側にいますので、ご安心ください」
「う、ん。だけど、新しい服は必要?僕はこの服でいいんだけど」
大きめだが、紐が付いているため、ユウタは不自由を感じていなかった。元より彼は服などを気にしない。
「今着られている服は大きすぎます。体に見合った服がよろしいでしょう。それに、二週間後には前王妃と宰相に会う必要もあります」
「そっか。そうだよね。僕はアルロー様の生まれ変わりだから、ちゃんとしないと」
タリダスは答えなかった。
しかしそれが肯定の意味だとユウタは考える。
「うん。わかった」
「ありがとうございます。まずは朝食を食べてください」
「はい」
ユウタは朝食を終え、本を読む。
この世界に来てまだ二日。しかし、タリダスや侍女長マルサに世話されることに慣れつつあり、彼はおかしな気分だった。
「僕が、アルロー様だから、うん」
けれども、世話されるには理由がある。
ユウタだからではない。
そう理由がわかると、この待遇も寂しく感じられる。
気分が沈みそうになり、彼は本を開く。
挿絵も沢山あり、その本は子供用のようだった。文字が理解できるが、ユウタにとってそれは有り難かった。
「アルロー様は一人っ子なんだね。え、従兄弟がいる?っていうかアルロー様のお父さんは弟で、本当はそのお兄さんが王になる予定だったの?」
アルローの誕生、その即位の過程。しかし、そこに聖剣の情報がなかった。
「聖剣は?普通は聖剣を持っているのは王様とかじゃないの?」
何度も読み返すが、聖剣の言葉が出てくることはなかった。
しかもアルローの生まれ変わりについても書かれておらず、ユウタは混乱する。
「僕は、いったい。アルロー様は確かに「私を探せ」って言っていた。だけど、タリダスに向かってだけ?それじゃあ、僕の存在が邪魔に思われてもわかる」
その本はアルローが小さい時から努力家で、治世に関する知識以外にも騎士から剣術も習っていたと書かれていた。
「騎士……」
騎士といえばユウタにとってタリダスのことを指す。しかし、脳裏によぎった騎士はタリダスではなく、ぞっとするような笑みを浮かべる騎士だった。
「だ、誰?」
「ユータ様」
「はい!」
「針子がきております。通しても構いませんか?」
「はい」
ユウタが返事をし、タリダスがまず入ってきた。その後に、女性が続く。
母親と同じように派手な女性で、ユウタは思わず後ずさってします。
「ユータ様!ご安心ください。私、こう見えても男ですから」
「は?」
女性のような人は、野太い声でユウタに話しかけてきた。
「ユータ様。こちらはハリス」
「ヘルベン卿。私はハリエットです。覚えていてくださいね」
「……ハリエットだな」
「そうです」
面食らった表情のタリダスに、自称ハリエットはにっこりを微笑む。
「さあ、ユータ様。あなたにふさわしい服を作らせてください。作り甲斐があるわあ」
「ハリ、ハリエット。ユータ様に無理強いするな」
「無理強いなんてしてません。ね、ユータ様」
「は、はい」
男だと聞いて、ユウタは少し安心する。母と同じような派手な女性は苦手だったからだ。
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