病原菌鑑定スキルを極めたら神ポーション出来ちゃいました

夢幻の翼

第1話 新人錬金調薬師サクラ

 トウトウの街にある小さな工房の一室では今日も叫び声が上がる。


「うきゃあ! また失敗。どうして上手くいかないのよ!」


 その良く通る声の主は真っ黒なロングヘアを後ろに荒布で纏めただけの少女で、数多くの調薬用のガラス容器を前に頭を掻いていた。


「だいたい、この調薬レシピ本当に大丈夫なのよね? 先祖代々からあるレシピ帳から拾ってきたにしては分量が曖昧すぎない?」


 彼女の居る工房は彼女の祖父よりもさらに前の世代から受け継がれる調薬師として街の住民を守ってきたのだが、先代である父の代から魔法文化の外部流入が盛んになり専門的な知識の必要な調薬ポーションよりも手軽な治癒魔法へとシフトしていったのだ。


 ――コンコン。


 私が調薬作業に行き詰まっていたその時、工房のドアがノックされる。


「はぁい。だれぇ?」


 私がそう返事をするとノックされたドアが開き、ひとりの女性が姿を現す。


「今日の調子はいかがですか? サクラお嬢様」


「もう! ロイルったらお嬢様はやめてって言ったわよね? それで何か用事でもあるの?」


 ロイルと呼ばれた女性は優しく微笑みながら部屋の中に入ると手にしたバスケットを書類机の上に置く。


「今日も昼食をまともに食べておられないようですので軽い食事の代わりを持って来たまでです。お嬢様は熱中すると食事も忘れて錬金調薬に没頭されますから。本当にそういったところはお祖父様とそっくりですね」


「うっ……。それは喜んで良いことなのかしら?」


「さあ、どうでしょう? ですが、あまり根を詰めるとお体に悪うございますよ」


「わ、分かってはいるんだけどポーションの納品期限があるから……」


「どの種類が上手くいかないのですか?」


「中級ポーションね。下級はもう予定数は確保出来ているんだけど中級が上手く精製出来ないのよ。このレシピ、本当に合ってるのかしら?」


 私はレシピの書かれたノートの内容をジッと見つめながらそうボヤく。


「そうですね。あるとしたらお嬢様の錬金レベルが足りないのかもしれませんね」


 錬金レベル――錬金薬師の生命線とも言える特殊技能で遺伝的なものもあるが経験則で成功率の上がる所謂レベルと呼ばれるものが存在している。


「ふう。結局はそれになるのよねぇ。こればかりは地道に鍛えていかないと飛び級的に上がる事はまず無いから仕方ないか……」


 そう呟きながら何度目かの中級ポーション作成の錬金スキルを行使する。


「あっ! 今度は上手く行きそう!」


 調薬用のガラス容器に手をかざしながらその色を確かめていた私がそう呟く。


 ――シュワッ


 合成前には青く濁っていた素材液は泡の発生音と共に薄いピンク色に変化していた。


「やった! 成功ね!」


 私がそう叫んで喜ぶのを見てロイルは冷静に意見をしてくる。


「見た目だけで判断してはいけませんよ。ちゃんと鑑定魔道具で確認されますようお願いしますね」


「わ、分かってるわよそのくらい。きっと大丈夫のはずよ。うん」


 私は一抹の不安を抱えながらも出来たポーションを専用の薬品鑑定装置へと数滴流してみる。


【中級ポーション:低品質】


「い、一応だけど中級ポーションにはなっているみたいね。あまり納品には向かないようだけど……」


「仕方ありません。段々と高品質なものが出来るようになりますよ」


「はぁ。私にも魔法が使えたらなぁ」


 ボヤく私にロイルはため息をついてから何十回目かの話を始める。


「良いですか? 魔法なんてものは決して万能なものではありませんよ。そもそも、お嬢様の使う錬金スキルだって突き詰めれば魔法と同等以上の価値があるものなんですから欲を言ったらバチが当たりますよ。それに……」


「ああもう、分かってますって。ただ言ってみただけじゃない」


「ならば良いですけど。そもそもサクラお嬢様はどのような魔法が欲しいとお考えなのですか?」


 欲しがるなと言ってみたり、何が欲しいかと聞いてきたりと良く分からない発言をするロイルに私は首を傾げながらも「そうね……」と真面目に考えてみる。


「調薬に必要な精製水が出せると便利よね。あとは薬草を細かく粉末状にする魔法とかあったら仕事が捗るだろうなぁ。他にもあったら便利なものが……」


「――結局のところ調薬に関する補助的なものばかりでしたね。あれほど欲しいと言われていた魔法なのにサクラお嬢様の口からは治癒魔法の一言は出ませんでしたね」


「当たり前じゃない! あれは私の敵! 確かに便利だけど絶対に負けたくない宿敵なのよ! そんなものをこの私が欲しがるわけが無いじゃないの!」


 そうなのだ。魔法の概念が浸透すればいろいろな分野に研究が進み、着火魔法に始まった生活魔法も水の確保や畑の耕作補助魔法と多岐に渡って来た。


 その中でも一番の変化が治癒魔法の登場であり私たちのような薬師の仕事を奪っていったのだ。


「しかし、あまり治癒魔法を敵視しているとお父様も悲しまれますよ」


「はあっ?『これからは治癒魔法の時代だ!』とか叫んでいきなりまだ見習いだった私に工房を押しつけて治癒魔法士の弟子になりに他国へ行ったあのクソ親父が悲しむですって? 笑わせないでよ」


「あははは。お父様にはお父様の考えがあっての事なんですよ、きっと……」


 そうなのだ。私が若くして未熟なまま工房を継ぐことになった一番の原因は他でもない実の父親のせいだった。母が流行り病を悪化させた時、錬金調薬師だった父はポーションで治療を試みたが病気の原因が特定出来ず治癒ポーションを完成させることが出来なかった。それを悔いた父は代々伝わる錬金調薬師の道を捨て、治癒魔法士となるべく出て行ったのだ。ただ運の良い事に父親が家を出る際にそれなりの資産と彼女――ロイルを補助従業員として残しておいてくれたことでこうして細々とではあるが研究を兼ねて生活が出来ているのではあるが……。


「あー、もう今日はやめやめ! ひと息ついたら薬草の採取に行ってくるわ」


「わかりました。では、私は素材在庫の整理をしておきますね」


「うん、宜しくね。いつもの時間になったら帰ってもいいからね」


 私はロイルにそう言うと持ってきてくれたバスケットを手にすると街へと出かけた。

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