第八十六話  悲しませるよりも、悲しむよりも

「そんなことが……」



 コーロゼン兵団施設の一室。

 つぶやいたマヘリアの掌の上には、レイから受け取った、羽の形を模した御守りがあった。



「それから、父様と……?」


「ああ。その後、三年ちかく旅をした。……そうしてる間に「隻眼」の勇者一行が旅に出たって話が聞こえてきてな、その時に別れたんだ」


「そんな……レイさんだってまだ子供だったはずなのに。父様はどうして…」

「おっと、勘違いすんな。オレから切り出したんだ。シルグレの夢だったからな」


「でも……」


「それでも『もうすこし後にする』だの『次の勇者でもいい』だの、たりぃこと抜かしやがったから『次なんか、ぇ!』って怒鳴ってやった」



 大きな声で笑った後で、すこし表情を戻したレイが、目を逸らす。

 わずかに笑みを残したその目には、どこか悔しさが滲んでいるようだった。



「……オレが強くなり切れなかったせいだ。思ってたより時間が無かったのは確かだが……そんなもんは言い訳にはならねぇ」


「レイさん……」


「まぁ、トクサでお前さんたちの働きを見た今じゃ、あの時、何年あっても無理だったってのが分かっちまったけどなっ。――んで、シルグレと別れたオレは、しばらくしてから兵学校に入ったんだ。それまでは、旅の途中で知り合った兵団施設の世話になってた」


「父様とは、その後会ったりできたんですか?」


「いや。なんだか邪魔しちゃいけねぇ気がしてな。兵団に入ってからは、オレも討伐任務で忙しかったし。……ただ、『隻眼』の一行が旅を終えたら、”そいつ”を返しがてら会いに行こうと思ってたんだ」



 レイが、マヘリアの手元にある御守りへと視線をやる。


 すこし視線を下げた表情は寂しげに映ったが、語る声は明るいものだった。



「レイさんは……どう思いましたか……?」


「あん? 何がだ?」


「その……父様が、あんないなくなり方をして……」


「ああ…………まぁ……そうだな……しょうがねぇ」


「……え?」



 マヘリアが、御守りへと下げていた視線を上げる。


 驚いた表情のマヘリアとしばらく視線を合わせた後で、ふいに視線をそらしたレイが続けた。



「オレは、シャクドーには行けなかった。……本当は行きたかったさ。無理矢理ついて行くこともできたはずだ。けど……トクサの守りと天秤にかけた。まさか、あのシルグレが死ぬなんて思わなかったってのもあるけどな……」


「………………」


「当時のトクサうちの支部長は、なかなかすげぇ人でな。おかげで、トクサうちから出た兵団員も、そこそこの人数が還ってきた。……まぁ、ほとんどはトクサに着いてから長くは持たなかったが……それでも、シャクドーの話は聞けた」


 

 無言で見つめるマヘリアの視線の先で、時折わずかに表情を歪ませながらレイが続ける。



「あれは無理だ。ザイエフのやつにも言われたが、オレが行ってたところで、オレの死体が増えただけだ。シルグレにも無理だった。……だから……しょうがねぇ」


「そんな……。でも……だからって……待ってる人がいるのに……いなくなったら悲しむ人がいるのに……」


「シルグレのこと……勝手な、ひどいやつだと思うか?」


「そういうわけじゃ……ないですけど……」



 うつむいたマヘリアの声が震える。


 その姿に短くため息をついたレイが、わずかに声を張って言った。



格好かっこつけたがりで、変なこだわりのあるやつだった。けど、簡単に命を投げるような真似はしねぇ。お前の親父はそういう男だった」 


「……でも…………でも……」


「待ってる人間がいるやつも、悲しむ人間がいるやつも、あの戦場には腐るほどいただろうよ。そいつら全員、考えなしに死んでったと思うか? ……お前だって、本当はわかってんだろ」


「………………」



 うつむいたままのマヘリアが膝の上に置いた手に、何度も涙が落ちていた。

 



「……こえぇか? 戦うのが」


「え……?」


「……オレたちは戦士だ。戦えねぇやつらの代わりに戦ってる。けど、オレたちが戦うことを投げれば、それで戦いがなくなるわけじゃねぇ。だれか別のやつが戦うことになるだけだ」


「……はい」


「いいのか? それで」


「………………」


「悲しませるより、悲しむほうがマシか?」


「それは……」


「自分が死んで誰かを悲しませるくらいなら、自分の代わりに死んだ誰かを思って悲しむほうが耐えられるか?」


「ち…違……っ」


「お前の仲間が……あのお姫さんが死んだほうが、まだいいか?」


「違う……! 私は……!」


「何だ」


「わ…わた…っ……私は…………」



 声を上げ立ち上がったものの、レイに見据えられ、再びうつむいたマヘリアから弱々しい声が漏れた。



「私は……ただ……怖くて…………置いていくのも、置いていかれるのも……」


「そうやって震えてる間に、誰かが死ぬぞ」


「う…っ、だって……っ。私だって、みんなを……リィリィを守りたい……! だけど……私のせいで、みんなが……! 次は本当にどうなるか、わか…ぁ痛ぁっ!」


 

 顔を上げ、レイを見据えた瞬間、鼻先を指で、したたかに弾かれた。

 両手で鼻を押さえ、きつく目をつむったまま何も言えない様子のマヘリアに、なぜか満足そうな表情のレイが語気だけ強く言葉を続ける。



「戦いたくはねぇ。でも、自分の代わりに誰かが死ぬのも見たくねぇ。かといって、仲間と離れるのは嫌だから連れてって。……ってか? 何やってんだ、お前は」


「~~~痛ぅ…………ひどい……」


「うるせぇ、聞け。仲間が死ぬのが耐えらんねぇなら、お前がやるしかねぇ。そのための十分すぎる力が、あんだろうが。なら、さっさと『力』をものにしろ。何をウジウジ言ってやがる」


「う……そんな簡単なことじゃ……いひゃぁぁい……!」


「出来なきゃ、いつか、あの姫さんが死ぬところを見ることになるぞ? 嫌なんだろ?」



 再び鼻先を弾かれ、涙をちょちょ切らせたマヘリアだったが、先ほど同様きつくを目をつむり鼻を押さえながらも、今度は強く頷いてみせた。



「あの日、トクサの洞窟でお前を見た時は心が震えた。姿、戦い方……ガキの時、初めてシルグレを見た、あの日を思い出した。――青臭ぇことを言うつもりはねぇが、お前の中には間違いなくシルグレがいる。なら、やってみせろ。お前なら、出来るはずだ」


「がんばりたい……です。でも……出来るか不安で……」


「そのための、こいつだ」



 とっさに鼻を押さえたため手から落ちていた御守りを拾い、マヘリアの首にかける。



「立派な戦士になれるように、祈りが込められてる。守ってもらえ」


「あ……でも、レイさんは……? これは、父様がレイさんに……」


「オレが立派な戦士になれたかは、さておき……こいつは代々、親から子に受け継がれてきた物だからな。お前が持ってるべき物だ」


「でも……」


「それに、シルグレに返そうと思ってた時から、同じもんを作る練習をしてたんだ。……オレに、いつかガキができる日が来るのか、それは想像できねぇけど……もしそんな日がくるなら全員に持たせてやりてぇからな。だから、こいつはお前が持ってろ。いらねぇ気は使うな」


「……はい。ありがとうございます」



 御守りを押し抱き微笑むマヘリアに、背を向けたレイが大きな伸びをしながら、扉へと歩き始める。



「あぁ~~…っ! やぁっと、肩の荷が下りたぜっ。親父に似て世話が焼けるったらねぇな」


「あ…あのっ、レイさんっ」


「あん?」


「その……今度、父様の話、聞かせてもらってもいいですか?」


「ああ。お前らの旅が終わったら、続きを聞かせてやる」


「はいっ」



 「まぁ、変な話ばっかりだけどな」と、笑いながら部屋を後にしたレイを見送り、涙をぬぐったマヘリアの表情は、本来の明るさを取り戻したようであった。




 記 D・L

   



 

 







 







 

 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る