第五十四話  英雄

「……うっ…痛ぅ~……っ」


「だ……だいじょうぶですか? クロヴィスさん」



 「グリンヒル記念館」を後にした一行は、ケンケンに分乗して北部地域に向け進んでいた。

 グリンヒル記念館特別ブックカバーによって、マヘリアのご機嫌取りに成功したクロヴィスだったが、喜ぶマヘリアの様子にわかりやすく調子に乗ったクロヴィスは、休憩のたびにリィザの鮮やかな蹴りをその脛に受け、蓄積したダメージは、ケンケンの揺れによって何度もクロヴィスを襲っていた。



「……リィのやつ、毎回ズレなく同じとこ蹴ってきやがるからな……。ホント、とんでもね…あ…っ…くっ! ……とんでもねぇぜ」


「あはは……」



 リィザの手前、"癒し"の魔法を使うわけにもいかず、ケンケンの太い脚が振動を伝えるたびに苦悶の声を聞かされ続けるテオは、クロヴィスの後ろで、ただただ苦笑するしかなかった。




「えっ!? あれ!!」



 しばらく街道を走っていると、マヘリアが突然大声を上げる。

 指さす先には多数の人影が見え、近づくにつれ、それが獣人の兵団と魔物の群れであることがわかった。



「急ごう。あれでは、長くはもたない」



 ランスが緊迫した声で言うように、兵団と魔物の戦力差は明らかで、善戦しているようだが徐々に包囲されかかっていた。



「頼むぞっ! 突っ切る!」



 ランスが、乗っているケンケンの前面に防御魔法を展開させながら魔物の群れを分断させるように突っ込む。

 魔物を跳ね飛ばしながら突っ切る間、ランスの後ろに乗っていたカティアが魔法で焼き払い、群れの間を抜ける頃には振り返りながら、兵団に面する側の魔物の脚を凍らせ動きを封じた。


 ランスの後に続いていたリィザとマヘリアは、ケンケンを飛び降りると、鮮やかな連携で次々に魔物を屠っていく。



「やべぇ、出遅れたっ。任せるっ!」


「わわっ…! クロヴィスさんっ!」



 大きく、魔物の背後に回っていたクロヴィスは、ケンケンの背を蹴り飛び上がると、空中で双剣を引き抜き回転しながら魔物の群れへと切り込んでいった。

 テオが慌てて、ケンケンの手綱を取る。





 

「ひさしぶりに、けっこうな数だったな。こっちは終わったぜ」


「こっちも済んだ」



 クロヴィスがリィザたちに歩み寄ると、リィザの背後では豚の魔物スースクラーワの上位種である大型が、倒され崩れていくところであった。

 兵団側の魔物は脚を氷漬けにされていたこともあって、難なく仕留められているようだ。ランスたちが、討ち漏らしを片付けている。



 "戦場"の大勢が決し、特有の緊迫感が解けたころ、兵団の中から指揮官とおぼしき獣人の男がリィザたちに駆け寄ってきた。部下らしき二名も慌てて続く。



「エリザベッタ様御一行と、お見受け致します。私は、この先の西部兵団第五支部コーロゼン、戦隊長を務めます、ダレンと申します。先ほどは、危ないところを……。おかげで部下共々、命拾いを致しました。なんとお礼を申し上げればよいか……」


「気にしなくていいわ。間に合ってよかった」


「どうかコーロゼンにて、せめてものおもてなしを。部下たちも喜びます」



 「おもてなし」の言葉に耳を立てたマヘリアに微笑んだ後で、



「私たちは、ビナサンドに急ぐ途中なの」


「ビナサンド……それはまた。お急ぎのところを、お引止め致しまして申し訳ありません……」


「けど、用事が済み次第、西部地域をまわることになるだろうから、その時にでも寄らせてもらうわ」


「はっ! いつでもお迎えできるよう、コーロゼンを挙げてお待ち申し上げております!」



 リィザの言葉に笑顔で直立するダレンであったが、負傷者を看ていた兵団員の呼ぶ声に一瞬表情を曇らせ、急ぎ挨拶を済ませて駆けていった。

 

 

「いい指揮官みてぇだな」


「はい! うちはダレン戦隊長で、もっているようなものですから!」



 クロヴィスが、負傷者に駆け寄るダレンの背を見送りながら言うと、ダレンとともに来た二名のうち、若い方の兵団員がうれしそうに答えた。



「それに戦隊長は、あの"シャクドーの戦い"を生き残った、コーロゼンの英雄なんです!」


「おいっ…! この馬鹿!」



 となりにいた、すこし年かさの兵団員が慌てて「マヘリア様の御前だぞ」と声を落としてたしなめた。

 一瞬にして青ざめ、平伏せんばかりの若い兵団員に、マヘリアも慌ててとりなす。



 「シャクドーの戦い」は「隻眼」の勇者一行の折、最後の"八つめ"の魔獣討伐戦に起こった。

 通常、魔獣が出現した場合、それに伴い魔物の発生数も増えるのだが、もともと散発的である襲撃の頻度や魔物の数が増えるだけで、勇者一行が魔獣を討伐するまでの間、増援でやりくりすれば各地域の兵団で十分対処できる範囲のものであった。

 

 だが、南部地域シャクドーにおいては、なぜか魔物が村や街を襲うことはなく、結果として発見が遅れた。

 そのため、魔獣の出現が確認されたころには、魔物は大群になっており、南部の兵力のみでは防ぎ切れないと判断した王国は、国中から兵を集め、シャクドーへと充てたのだった。

 この戦いにより、マヘリアの父シルグレを始め、戦いに参加した多くが失われることとなる。





「ディグベル殿までお貸し頂き、本当に助かりました」



 ひとしきり負傷者の確認と治療が済み、一行はダレンの見送りを受けていた。



「いえ、僕も力が及ばず……」



 テオが視線を送る先には、布をかぶせられ足だけが出ている兵団員が十数人、横たわっている。



「とんでもない……。そもそも、皆さまがいらっしゃられなければ、我々は……。

エリザベッタ様、先ほどのお話、必ず。いつまでも、お待ち申し上げております」


「ええ。状況次第、だけど。……必ず」



 微笑んで頷いて見せたリィザに、直立したダレンが満面の笑みで応えた。 


 

 


「にしても、リィが、あんなふうに約束するなんてめずらしいな」



 兵団員たちの歓声に送られながら、一行がケンケンを走らせると、クロヴィスがリィザに声をかけた。

 


「まぁ。西部地域をまわることになるのは間違いないし。それに、"おもてなし"も、してくれるらしいから」


「うぅ…っ…リィリィっ」


「…あんまり食べ過ぎないでね」


「ねぇぇぇっ。カティアまでぇっ!」


 

「お……おい…テオ、揺れるなっ。脚に響くだろうが」



 要塞都市でのマヘリアの様子を思い出したのか、真顔のテオが必死に笑い堪え、痙攣したように身体を震わせていた。




 記 D・L






 

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