第四十七話  願いの花

「魔獣をやっつけてくれたのね。ありがとう、助かったわ」



 オハナサンがつぶらな瞳を一行に向け、ぴょんぴょんと何度も小さく飛び跳ねている。


 神殿を後にした一行は、魔物の村へと来ていた。

 リィザはしぶっていたが、マヘリアに説得され、一応報告だけでもしておくべきだろうと意見がまとまったこともあって、「報告だけなら」とやって来たのだった。



「神殿、すこし壊しちゃったけどね」

「構わないわ。どうせ長いこと使ってないんだもの」


「あの神殿のこと、何か知ってるの?」

「どうかしら。どうして?」


「……ちょっと気になっただけ。どうなの?」

「あれは、もともと必要のないものよ」


「……どういうこと?」

「祀るべき者なんて最初からいないのよ。愚かしいわ」


「……そう」

「そうよ?」



 オハナサンの会話のテンポに"あてられた"リィザが、徐々に疲労を見せ始める。オハナサンはというと、じっとリィザを見上げながらプニプニと丸い体を上下させていた。



「オハナサン、オハナサン、このお花『南十字星』っていうんでしょ?」

「よく知ってるわね。すごいわ」



 片手で額を押さえ、すっかりげんなりした様子のリィザに変わってマヘリアが話しかけると、小さく飛び跳ね向きを変えたオハナサンが答えた。


 オハナサンが座っている(?)大きく平らな石の周囲には、背の低い木がたくさん植わっており、前日、温泉に浮かべられていた花が咲いていた。



「えへへ。この前、教えてもらったの。めずらしいお花なんでしょ?」

「そうね。すっかり少なくなってしまったわ」


「前は、そうじゃなかったの?」

「王国中どこにでも咲いている花だったわ」


「へー。どうして、少なくなっちゃったんだろ」

「さぁ、どうかしら」




「……すっかり順応してるな。獣人の反応速度か?」


「いや、ありゃマーだから、だろ。オレも無理だ」



 オハナサンのテンポについていくマヘリアに、ランスとクロヴィスが遠巻きにひそひそと話していた。

 リィザは新鮮な空気を吸うかのように、すこし離れたところで外を向き、カティアにいたっては村の植物を見て回っているようだった。



「あの花、僕も文献ですら見たことがありません。いったい、いつの話なんでしょう?」


「聞いてみたらどうだ?」


「い…いえっ…僕も、ちょっと自信が……」



 ニッっと笑ったランスに、テオが慌てた様子で手を振る。




「私、このお花好きなんだ」

「そう。『南十字星』は"願いの花"と言われているわ」


「願いの花?」

「そうよ。人々の願いの分だけ花を咲かせると言われているの」


「願いの分だけ……」



 マヘリアは花の木の前に立つと、手を組み目を閉じて、難しい顔でしきりに何かつぶやいた。



「…………咲かないよ?」

「咲かないわ」


「えーっ、何それぇっ」



 マヘリアが楽し気に笑うと、オハナサンはプニプニと体を激しく上下させた。




「……あれ、もしかして笑ってんのか?」


「聞いてみたらどうだ?」


「勘弁しろよ……」






「また、いらっしゃい。歓迎するわ」



 大きく飛び跳ねるオハナサンに、マヘリアが手を振って応える。

 その髪には、"村人"たちと同じように、オハナサンからもらった「南十字星」の花が飾られていた。



「そういやぁ、神殿にいた新種の魔物のこと聞くの忘れちまったなぁ」


「あれか……。たしかに謎ではあったが、知ってるとも限らないしな。それより、俺はここの連中のほうが気になる」


「まぁなぁ。襲ってこねぇ魔物ってのも変な気分だぜ」


「魔物がみんな、あんな感じだったらいいのにねっ」



 髪に飾った花に触れながら、ご機嫌な様子のマヘリアが軽い足取りで言うと、



「ですが…やはり魔物は不浄の者です……。長い歴史の中で魔物の犠牲になった人たちは、千やそこらで数えられるものではありません。

……もし、ここの存在が知れれば、ここも……」


「そんな……」


「まぁ、オレたちが黙ってればいいだけだろ? どうせ、こんなとこ誰も来やしねぇだろうし、な」



 暗い顔で言うテオの言葉に耳を倒したマヘリアだったが、クロヴィスが何てことないとばかりに明るく言うと、「そうだよねっ」とまた軽い足取りで、先頭をいくリィザのもとへと駆け寄っていった。



 








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