血の記憶

第二十九話  おいしくて

「……おっ……お腹が破れるーーー……ッッッ!!!!」


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「…………ぶ…ッ!」



「……ひどいよ、カティア~…………っ」


「…ぷっ…ははははッ…! おい、せっかくみんな耐えてたってのに……ひひ」


「…ごめん…………いや、わたしが悪いの? さっきのはズルいでしょ……」




 マヘリアが背もたれに寄りかかりながら、苦しそうにお腹を押さえている。

 リィザがその横で、マヘリアのお腹をやさしくさすっているが、甲斐甲斐しい様子とは裏腹にその目はキラキラと輝いていた。




 トクサへ無事帰還した一行は、残っていたトクサの守備兵の大歓声と要塞都市からの応援部隊に迎えられた。 


 応援部隊の指揮官の話によると、手負いばかりで手薄となったトクサの守備に充てるため部隊の半数をトクサに置き、リィザたちには残りの半数とともに要塞都市へ帰還させるよう命を受けているとのことであったが、このまま帰らせてはと、ザイエフたちが猛反対した。


 とはいえ、人手不足の東部地域において、戦力配置は深刻な問題でもあり、一晩だけという約束で、トクサでの戦勝の宴が催されたのだった。


 治療が行われたとはいえ怪我人ばかりの席であったが、笑い声の絶えない宴は空が白むまで続いた。


 

 最後までつぶれずにいたザイエフと、一部の兵に見送られ、一行は応援部隊の半分と夕刻前には要塞都市に戻ったのだが、ここでも盛大なもてなしが待っていたのだった。

 


「…だいたい、マヘリアが食べ過ぎるから」


「だってぇ……う……ふぅ…」



 要塞都市での宴は、「役場」前の広場で特別に催され、兵団の者はもちろん、住民や避難民までも参加する大がかりなものだった。


 マヘリアは、クロヴィスたちの心配をよそに、次々と出される料理を平らげ、今に至る。


 まだ付き合いの浅いテオにいたっては、失礼にあたると思ってか、先ほどの絶叫以降笑いを堪えるあまり、痙攣しているかのように真顔で体を震わせていた。

 


「くくくっ…。おい、テオ、ちょっと向こうにも顔出しにいこうぜ。ったく、気の毒過ぎるぞ……ぷ…っ……あははははっ……!!」



 マヘリアは、肩を組みテオを連れだしたクロヴィスに恨めしそうな視線を向けるが、もはや大きな声を発する余裕もないようだった。



「マー、今日はずいぶん食べたね」


「……うん…なんかすごくおいしくて……ふぅ…。……うぅ~……苦…しぃ……破れ……るぅ……!」



 ランスとカティアが、素早い動きで顔をそむける。その体は小刻みに震えていた。



「……そういえば昨日もたくさん食べちゃって……。……どうしたんだろ……ぅ…………ふぅぅ……」


「おば様の生まれた土地の味だからじゃない?」



 リィザが、変わらずやさしい手つきでマヘリアのお腹をさすりながら言う。

 ランスとカティアが、すこし口を開けリィザを見た後、微笑みを隠すように飲み物を口にした。



「あ……えへへ……そっか……」


「……ねぇ、マー」


「うん?」


「……ごめん、やっぱりちょっと我慢できない…っ」



 マヘリアのお腹をさすっていた手に力がこもる。



「あぁぁぁっっ……! なんで押すのぉっ!? ……ちょっと……リィリィ……ッ!!」


「あははははははっっ!!」


「……かけてやる……ッ」


「うそうそ、ごめんって。そんなに強くしてないでしょっ!」






「カイルの奴…っ。いつになったら帰ってくる……!」



 王国都市ウィスタリアの執務室。

 宰相ヴァレリオ・ハイザラークは、苛立ちを隠せずにいた。


 トクサでのリィザたちの活躍を"ミネルヴァの梟"からの報告で受けたヴァレリオであったが、その内容は決して手放しで喜べるものではなかったのだ。



「魔獣・エダーウーヌ…………しかし、あり得るのか…? ……私一人で判断できるものではない……」



 ヴァレリオは執務室をせわしなく歩き回ると、従者に「ベッカ・チェスナットを呼べ」と命じ、ようやく自らの椅子に腰かける。


 しばらく顔を覆っていた両手を、深いため息とともに離すと、思わず頼りない声が漏れた。



 「父上……兄上……いったい何が起きているというのです……」




 記 A・E  H・M


 


  





 

 


 

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