第十二話 本質は変わらない


 外には、チラチラと雪が降っていた。


 藤山と電話で話してから、おおよそ一時間。秀人は道警本部に着いた。車は、近くの有料駐車場に停めた。


 道警本部の入り口付近で、藤山が待っていた。秀人の姿を確認すると、気安い様子で手を振ってきた。


 手を振り返すこともなく、秀人は藤山に近付いた。


「久し振りだねぇ、秀人君」

「そうだね」

「で、それ、何? 武器、ではないよねぇ?」


 藤山は、秀人が手にした三脚を指差した。


「違うよ。俺に武器なんて必要ないことくらい、藤山さんなら知ってるだろ?」

「そうだねぇ。秀人君自身が兵器みたいなものだからねぇ」


 藤山は、胡散臭い笑顔を見せている。権力に流されることを覚えた彼が、見せるようになった笑顔。


「ねぇ、秀人君」

「何?」

「らしくないほど、ずいぶん怖い顔してるねぇ。道警本部ここの人達を皆殺しにでもしそうだよぉ?」


 藤山に指摘されて、秀人は自分の顔に触れた。どうやら、感情が表に出ていたらしい。


「華は無事なんだろうね?」

「そりゃあ、妊婦さんは丁重に扱うよ。電話で話した通り、両手は拘束してるけどねぇ」


 藤山の喋り方が、秀人の苛立ちを強くした。


「その喋り方、やめなよ。気持ち悪い」


 秀人は、自分の気持ちを隠さなかった。表情に出てしまっていたなら、隠す必要などない。


 藤山は一旦押し黙り、胡散臭い笑みを消した。目付きが変わる。強い意志が感じられる、鋭い目。十数年前の、秀人と親しかった頃の目だ。


「喋り方を変えても、これからすることは変わらないよ。僕は、大きな害を滅ぼすためなら、小さな罪を犯す。それが、現時点で、最良にして唯一の選択だと思ってる」


 秀人を始末するために、華を誘拐するという罪を犯した。藤山のその選択は、決して間違いではない。この国を守るための、最良の選択だと言える。彼の言う通りだ。


「で、華はどこにいるの?」

「訓練室だよ。亜紀斗君が見張ってる」

「じゃあ、華のところに連れて行って」

「わかったよ」


 藤山と一緒に、秀人は道警本部に入った。約九年ぶりだ。エレベーターに乗り、十六階まで昇る。十六階に着くと、訓練室まで足を運んだ。


 訓練室のドアは、閉められていた。


 もしかしたら、扉の向こうにはSCPT隊員が大勢いるかも知れない。警戒し、秀人は戦闘準備をした。内部型クロマチンで身体強化。外部型クロマチンで弾丸を生成。生成した弾丸は十発。秀人が一度に生成できる、最大数。その全てを針のように鋭くした。少ないエネルギー量でも、強い貫通力を発揮できる弾丸。


 藤山が、訓練室の扉を開けた。ギィッという、蝶番の音。


 訓練室の中は、昔と変わっていなかった。ほぼ正方形の面積。広さは、一辺が三十メートル。入り口から見て両側に、実戦訓練の際の待機室。ガラス張りで、待機室から訓練室が見えるようになっている。


 訓練室の一番奥に、椅子に座らされた華がいた。座り心地の良さそうな椅子だ。ふかふかで、高い背もたれもある。ただし、立ち上がることもできないように椅子に縛り付けられているが。両腕が椅子の肘掛けに、両足が椅子の脚に固定されている。腹に負担がかからないよう、考慮された縛り方だ。


 華の傍らにいるのは、亜紀斗だった。道警本部の中でも、咲花に続く実力者。秀人の見立てでは、全国でも屈指の実力があるはずだ。


 ――咲花がいない今となっては、佐川君が道警本部のトップなんだろうね。


 胸中で、秀人は呟いた。咲花は、南や磯部を殺害した。亜紀斗に捕まった後、すぐに殺処分されたはずだ。


 訓練室内を見回す。亜紀斗と華以外、誰もいない。待機室のドアは半開きになっている。


 目視できる範囲に大勢のSCPT隊員がいないことを確認して、秀人は、生成した弾丸を消失させた。エネルギーの無駄遣いを避けるために。


 これから、それなりにエネルギーを使うことになるから。


「秀人!」


 秀人の姿を確認した途端に、華が大声を上げた。


「秀人! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 涙声だった。大声を出すと、お腹が張る。もしかしたら、華の体調に影響が出るかも知れない。


「華! 大声出さないで! 赤ちゃんがビックリするから!」


 秀人が忠告すると、華は、口を一文字に結んで押し黙った。涙がボロボロと流れている。声を押し殺して、しゃくり上げていた。


「藤山さん」

「何?」

「華と、大声を出さずに話せる位置まで近付きたい。いいだろ?」

「じゃあ、僕がストップって言うまで進んで」

「わかった」


 秀人は、訓練室の中へと進んだ。すぐ横に、藤山が付いてくる。待機室のドアの前を通り過ぎた。そのまま、しばらく足を運び――


「はい、秀人君。ストップ」


 藤山に指示されて、秀人は足を止めた。華まで十メートルほどの距離。


「藤山さん。これじゃあ、少し遠いよ。もう少し近付けない?」

「駄目だよ。これ以上近付いたら、秀人君が一瞬で華さんのところまで行けちゃうからね」

「人質まで取ってるのに、ずいぶん用心深いね」

「秀人君を相手にするんだ。慎重にもなるよ」

「そう」


 秀人は小さく息を吐いた。少し大きな声で話すために、息を吸い込む。


「華、普通に話して大丈夫だから。俺なら、この距離でも華の声が聞こえるから」


 華が、コクコクと頷いた。


 華の隣りにいる亜紀斗は、苦い表情をしている。華を人質にするという作戦に、賛同し切れないのだろう。涙を流す華を見て、罪悪感に満ちた顔になっていた。


「ねえ、藤山さん」

「何だい?」

「華を誘拐したのは、佐川君なの?」

「違うよ。公安の人達」

「そう」


 ということは、公安が秀人の調査をしていたのだろう。


「で、その公安の人達は?」

「警備部で待機してるよ。もし秀人君と戦うことになったら、邪魔だから」


 足手まといを、あらかじめ別の場所に移動させた。弱点として突かれないために。その藤山の判断は、間違いなく正しい。華という弱点を突かれた秀人よりも、はるかに。


 とはいえ、今の状況は、秀人にとって好都合だった。公安の人間がいないのであれば、思惑通りに事を運べる。


 秀人は目を閉じた。心を落ち着かせるように、深呼吸をした。先ほど、藤山に「怖い顔をしている」と指摘された。実際に、苛立っていた。そんな顔で、華に話しかけたくない。彼女には、いつも微笑みかけていたい。


 目を開ける。華の姿を瞳に映した。口を一文字にして、ボロボロと涙を流す彼女の顔。恨みや憎しみなど抱くことのない、天使のような女の子。


「華」


 腹を張って、華に聞こえるように声を出した。


「なに?」


 鼻水を啜りながら、華は、普通の大きさの声で応えた。秀人の言うことを、しっかりと守っている。いい子だ。


「具合悪くない? お腹は張ってない? 吐き気とかはない?」

「だいじょーぶ。でもね、華、また秀人に迷惑かけちゃって……。馬鹿でごめんなさい。駄目なお母さんでごめんなさい」


 えぐ、えぐっと華はしゃくり上げている。


 本当は今すぐ駆け寄って、華の涙をぬぐいたかった。縛られているロープを引き千切って、抱き締めたかった。頭を撫でて慰めたかった。華は悪くないよ。警察が来たら、そりゃあ信じちゃうよ。警察が誘拐をするなんて、誰も思わないからね。ほら、もう泣かないで。お母さんが泣いてたら、赤ちゃんも悲しくなっちゃうよ。


 華にかけたい言葉が、たくさんある。


 そういえば――と、秀人は思い出した。家にいる猫達を引き取ったときのこと。


 白猫のミルクはすぐに懐き、秀人に縋っていた。けれど、他の四匹は、引き取った当初はひどく警戒していた。牙を剥き、シャーッと威嚇してきた。爪を立てて引っ掻いてきた。耳を後ろに寝せながら、噛みついてきた。


 言葉なんて通じないと分かっていたが、秀人は必死に、猫達に語りかけた。


『大丈夫だよ』

『怖くないよ』

『俺は、君の味方だよ』

『君をいじめたりしないよ』


 華にもたくさん、優しい言葉を掛けたかった。華が泣きやんで、笑顔になるまで。けれど今は、それもできない。


 華の泣き声を聞きながら、秀人は察していた。


 たぶんそろそろだな、と。

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