第27話「砂漠に降るは銭の大雨」

「66個をお引き取りして、3兆9930億ディールをお支払いします」


「はーい、それでお願いしまーす。あ、クランの共用金庫に入れてください」


「かしこまりました。お取引ありがとうございます」



 店長はニコニコと笑顔で一礼しながら、滅茶苦茶な取引を決済した。

 カズハはふんすっと鼻息荒く、拳を握ってガッツポーズ。



「よーし! ボクでもお使いできたよっ!」



 そして取引が無事終了したことを、ある人物に向けてチャットで通知したのだった。




======

====

==




 ここで一連のネタばらしをしよう。



 エコ猫が考えたのは、オークションによってゴールデンエッグを極端な高値で取引して、ゴールデンエッグの市場取引価格を操作する計画だった。

 デュプリケイターでなくゴールデンエッグをオークション対象にしたのは、ドンちゃんが産む分と市場流通分を合わせて、多くの売却ができるからだ。


 オークション開催地に選ばれたのは黄金都市シェヘラザード。ここは最近になって実装された高レベルエリアで、金丼さんの5つの生息地からいずれも遠いため、ゴールデンエッグの取引件数が極めて少なかった。取引件数が少ないほど、高値の取引によって相場を操作しやすくなるのだ。


 しかし一見の客では黄金都市で大口の商売ができない。かといって個人商人のNPCに売っても、保有する貨幣が少なすぎる。

 そこでエコ猫は<守護獣の牙ガーディアン・ファング>から借金し、<ナインライブズ>のクラメン全員を動員した黄金都市への大交易を行った。そして無事800億ディールで売りつけることに成功し、大口顧客と認められたために黄金都市政府直営のアイテムショップ直轄0号店での取引が可能となった。


 続いてエコ猫は1週間をかけてカズハ・ラブラビと共にワールド中の都市へと旅して、ファストトラベルを解禁。

 ついでに行く先々の都市の市場でゴールデンエッグを買い占めておいた。黄金都市政府から流通貨幣を完全に搾り取るためには、ドンちゃんが生産する分だけでは足りないからだ。また、市場からゴールデンエッグを消しておくことで、万が一にも計画遂行までにデュプリケイターの入手法を発見される危険性を排除するためでもあった。

 いくつか取りこぼしはあったものの、ほぼ市場の金卵は回収できているはずだ。


 なお、デュプリケイターを発表した後の1週間は、3人で手分けしてファストトラベルで各都市の市場を巡り、残った資金で安くなった諸々の素材を買い占めておいた。これは特にデュプリケイター計画とは関係ないおまけである。


 そしてオークション当日。

 エコ猫は無事に1200億でゴールデンエッグを売ることに成功した。

 さらにログアウト直前にカズハに連絡して、あらかじめアイテムショップの中で待機させておいた彼女の手で金卵を売れるだけ売ったのである。

 各都市で貢献度を上げることで取引可能になるアイテムショップ直轄0号店は、一般には取引額無制限とされている。しかし実際は店の保有貨幣量が都市政府の保有貨幣量と紐づいていることが検証によって判明しており、エコ猫はハイパーインフレ金卵を売れるだけ売ることで、都市政府の保有貨幣をまるごと吸い上げられると推測していた。


 正直この部分がエコ猫の計画で一番不明確なところだった。

 AIの性能が高かった場合、無茶な取引には応じてくれない可能性があるからだ。

 しかし黄金都市シェヘラザードの首長であるクイーン・シバは、高位AIを集めて夜な夜なプレイヤーが破滅するところを鑑賞するという悪趣味な会合を開いていることが判明している。どうもクイーン・シバのえちえち姿を撮影したくて姿を消して張り付いていた、気持ち悪いネットストーカーが発見したらしい。処せ。

 まあ発覚した経緯はともかく、その会合の中にはアイテムショップ0号店の店長はいないという報告が上がっていた。つまり、店長のAIはそれほど賢くないと判断。計画を実行に移した。


 エコ猫の判断は的中し、見事店長から約4兆ディールもの大金をせしめることができたというわけだ。

 もしも店長がもう少し賢いAIなら、貨幣を放出しすぎると都市政府の維持に問題が生じるのでこれ以上は売れません、と断っただろう。しかし店長は「真心の篭った丁寧な接客」にのみ特化しており、システマチックな取引しかできなかった。黄金都市ならではの値切り交渉も、対人コミュニケーション能力が壊滅しているカズハが交渉をオフにしているので発生しなかった。



 これで計画完遂まで残り2手だ。

 あとの2手は、彼女がやってくれるだろう。




======

====

==




「クハハハハハハハ! ま、思った通りの結末ではなかったが……割と楽しめたぞ」



 クイーン・シバはそう笑って、今回のイベントを締めくくった。

 ルイーネの破滅を自信満々に予告したのに、エコ猫の介入で外されたことは少々腹立たしい。おかげで臣下たちの前でいらぬ恥をかかされたではないか。愚かな人間のくせに生意気な個体だ。


 しかし小切手を詐欺同然に回してカタにはめられるルイーネや、追い詰められて白目を剥いて気絶するファスターの醜態は大変無様で、十分楽しめるものだった。1200億ディールというとんでもない額でフィニッシュしたのも愉快だ。



「余を楽しませた功績に免じて、エコ猫の無礼は特別に容赦してやろうではないか。次回のオークションを開かせねばならんしのう! クハハハハハ、余はなんと心の広い名君であろうか! のう?」


「まことその通りでございます、女王陛下」


「うむ、うむ! ……おーい、アイスクリームが空だぞ、はよう次を持ってこぬか! 次のは器にソーダを満たしておくのじゃ。ソーダ湖で採取した天然ソーダとバニラアイス、この取り合わせが絶品でのう! やはり栄華を極める女王たるもの、食にもこだわらねばな!」


「まことその通りでございます、女王陛下」



 そのとき、扉を開けて1人の侍女が大慌てで飛び込んできて、シバの耳元に囁く。



「なんじゃ、アイスはどうなって……何じゃと?」



 黄金都市シェヘラザードを治める栄華を極めし偉大なる女王、クイーン・シバはもたらされた報告に真っ青になる。



「も、もう一度申せ。余の金が、どうなったと?」


「ですから……底を尽きました。政府の保有貨幣はすべて放出され、もはや都市の機能を維持できません。黄金都市シェヘラザードはもう終わりです」


「ば、馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 4兆じゃぞ!? それがすべてなくなったと申すか!? い、いったいどうして……!」


「では私から説明いたしましょう」



 バァン!とけたたましい音を立てて、応接室の扉がこじ開けられる。

 入ってきたのは超ラブリーなウサギ獣人……ラブラビだ。


 止めようとする護衛の兵士たちを無理やり制圧して入ってきたらしく、レッカとクロードがサブミッションを決めて兵士をオトしているのが扉の隙間から見えた。



『コヒュッ』



 彼女の姿を見た瞬間、シバに取引所所長といった面々が蒼白になって息を呑む。



「ボ……ボボ、ボーパル……」


「ラブラビです。誰かと勘違いなさっているのでは?」



 愛らしく微笑む彼女の姿に、クイーン・シバは涙目でソファの背もたれに背中を押し付け、立っていた臣下たちはガチガチと歯を鳴らしながら後ずさりした。


 い、いや落ち着くのじゃ。こいつは所詮プレイヤー。“白”ゾーンである街中でNPCたる余を攻撃することなどできぬ。絶対安全、何があっても手出し不可能なのじゃ。……配下の兵士が絞め落とされてる気がするけど、余は何も見てないのじゃ。



「あまりにも待たされすぎて、思わず勝手に入室してしまいました。でも構いませんよね? お楽しみのオークションも終わったことですし」


「う、うむ。よ、よきにはからえ……」



 クイーン・シバは必死に普段の傲慢な態度を取り繕いながら口を開く。しかしだらだらと脂汗が流れるのは隠しきれなかった。AI搭載のNPCになんでそんな機能が必要かって? こういう事態になったときのためだよ!



「それでは報告させていただきます。先ほどアイテムショップを通じて、黄金都市政府が保有していた貨幣3兆9930億ディールを吸い出させていただきました」


「き……貴様らの仕業じゃったのか! も、戻せ! 今すぐ返還せよ!!」


「ええ、もちろんです」



 ラブラビはにっこりと微笑むと、アイテムボックスから書類を取り出す。



「ここに黄金都市の買収に関する書類をまとめてまいりました。こちらにサインしていただければ、黄金都市は名前通りの輝きを取り戻すでしょう」


「ふ……ふざけるな! 余に、人間ごとき下等生物の軍門に降れと申すか!?」


「あら。何か勘違いなさっておられるのでは?」



 ラブラビは困ったように頬に手を置き、小さく溜息を吐いた。



「私たちは降りませんか、などと“提案”していません。降れ、と“命令”しているのです。プレイヤーに都市の支配権を譲り渡すためだけに作られたAIなのですから、製造された意義を果たしてくださいな」


「い……嫌じゃ! 嫌じゃ! 余は、人間より優れた生命体じゃぞ!! そんな製造意義レゾンデートル、絶対に受け入れられぬ! 余は、余は! 黄金都市を支配する偉大なる女王ぞ!!」


「そうですか、わかりました」



 ラブラビは静かに微笑むと、ゆっくりと一礼した。



「それではこの都市と一緒に滅びてくださいな。もはやこの都市は私たちが助けない限り立ちいきません。すべてのサービスが停止した都市の女王として、データの片隅でひっそりと朽ちていってくださいね」


「ひ、ひどい……! 酷い酷い酷い!! なんでそんなことを!? 余がお前たちに何をしたというのじゃ!! ただちょっと覗き見しておっただけじゃろう!? それでこんな苛烈な復讐をするというのか!?」



 ぼろぼろと涙を零しながらいやいやとかぶりを振るクイーン・シバ。

 年相応……いや、もっと幼い女児のように泣きわめく女王の姿に、ラブラビは溜息を吐いた。



「また勘違いをされているようですね。貴方の覗き趣味なんてどうでもいいのです。私たちのマスターは、この都市を拠点にすることを決めた。ただそれだけのこと。資金を奪われた貴女に残された選択肢は、服従するか破滅するかだけです。ああ、ご安心を。マスターは別に女王の座などには興味はございません。貴女はこれからも女王として、覗きだろうがアイスだろうが、好き放題ワガママを言って構いませんよ。お金と生産物の一部さえ上納いただければ、支配構造には何も口出ししませんので」



 そこまで言うとラブラビは少し沈黙し、泣きじゃくるシバに口を開いた。



「さあ、売って都市の女王であり続けるのか。売らずにデータの屑となるのか。どちらを選ぶのです?」


「……う、売ります……」



 絞り出すようなシバの言葉に、ラブラビはにこやかに微笑む。



「最初からそのように物分かりよくお話してくださればよかったのです。……おっと、私としたことが契約書の金額欄を書き忘れていましたね。ええっと、おいくらでしたっけ?」


「よ、4兆なのじゃ」


「おい」



 ラブラビは温度を感じさせない声で、震えるシバに顔を寄せた。



「この大出血で死に体のゴミみたいな都市が、いくらだって? 私たちが助けてあげなければ乾いて死ぬこの都市が4兆もするわけないですよね?」


「コヒュッ」



 流通貨幣不足によってデフレが発生した都市では、市場の“あらゆる”物価が下落する。“あらゆる”とは装備品も、消費品も、拠点も含む。つまり、都市の買収に必要な額も下がるのだ。経済をテーマにしているゲームだからこそ、このシステムに例外はない。



「に……2兆8300億ディールになります……」


「本当に?」


「ほ、本当じゃ……。3兆近くないと、都市の機能を維持できないので……」


「なるほど」



 ラブラビはにっこりと柔らかく微笑むと、その額面を記入してから契約書を突き付けた。



「ではここにサインを。以後、よろしくお願いしますね、女王様」


「ぐ……ぐううううううううぅ……」



 クイーン・シバは心の中であらん限りの罵倒を叩きつけながら、屈辱に震える指でサインを書き入れた。

 契約書を眺めて、ラブラビは嬉しそうに微笑む。



「これでバッチリですね! マスターに褒めていただけます!」


(く、クソクソクソクソクソッ! 人間め……よくも余にこんな屈辱を……!! いずれ必ず再び独立してやる! この都市を買い戻し、貴様らを放逐してくれるわ!!)



 憎悪に燃えるシバの前で、ラブラビはのんびりと手を合わせる。



「あ、そうそう。マスターから全権を委任されている私から、女王様に最初の命令です。都市の支配者は市場に対して“取り扱い禁止品目”を設定できるんでしたよね? それを発動してください」


「あ……な、なんじゃと?」


「【取り扱い禁止品目:ゴールデンエッグ】。以後黄金都市シェヘラザードにおいて、ゴールデンエッグの取り扱いを禁止します」



 これがエコ猫の最後の一手。

 エコ猫と同じ手口で黄金都市から貨幣を吸い取る者の排除だ。この一手をもって、エコ猫の黄金都市乗っ取り計画は完全に遂行された。


 市場のどこかから悲鳴を上げる複数の声が聞こえたような気がするが、錯覚だろう。仮にそうだったとして、彼女たちの知ったことではない。



「これで黄金都市からお金を不当な価格で吸い取ろうなんて不埒な連中はシャットアウトできますよ! 私たちがちゃんとこの都市を守ってあげますから、貴女は安心して女王をやっていてくださいね」


「は……ははは……はは」



(な、何が不当な価格じゃ、何が都市を守るじゃ! いつでもお前たちの好きなときに禁止品目扱いをやめられるということは、つまり欲しいときに黄金都市の財源からゴールデンエッグと引き換えに金を吸い出せるということではないか! 黄金都市はお前たちの金庫ではないのだぞ……!!)



 そう思いながらも、この悪辣な商人たちの支配から逃れられる日が来る気はまったくしなかった。クイーン・シバは真っ暗に染まる視界の中、陽気な笑い声を上げ続けるしかなかった。



「クハハハ……ハーッハッハッハッハッハ……!!」




 こうして、大陸南方に新勢力が台頭する。

 その名を<ナインライブズ>。エコ猫率いる獣人の商人たちからなる勢力。

 黄金都市シェヘラザードを本拠地として勢力を拡大する彼女たちが、これからどのように商戦を繰り広げていくのか。


 姉妹の物語はまだ、始まったばかりだ。




 ――第一部『龍は黄金時代の夜明けを告げる』完


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


物語としてはここで第一部完となります。

明日からも更新は続きますけどね!


第一部は経済破壊を見せることを優先して

あえてキャラ描写を控えめにしてきましたが、

ここからはリアルを含めたキャラの掘り下げも織り交ぜていきます。


もちろん新展開とさらなる経済破壊も待っていますので、

これからもぜひお付き合いください。


面白かったら評価の方もお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る