第5話「ファーストペンギンにサクラの花を」

 ゴールデン・ドーン・ドラゴンのテイム成功者現わる。


 その噂は瞬く間にゲーム内外を駆け巡った。

 各クラン内のチャットやフレンド間の噂話から匿名掲示板、さらには各種ゲーム系ニュースサイトでも3時間後にはトピックス1位を独占。


 これまでゲーム内で5か所発見されている金丼さんの出現スポットには長蛇の列が生まれ、とにかく回復しながらひたすらテイムボールを投げまくるプレイヤーたちの姿が見られた。

 何が何でも二匹目のドジョウがほしい!! 楽して儲けたい!! レアモンスターを見せびらかして自慢したい!! SNSでとにかくバズりたい!!

 人間の業の煮凝りのようにドロドロした欲望と共にテイムボールを投げつけ、金色ブレスに焼かれて昇天する人々は後を絶たない。


 さらには市場やオークションではゴールデンエッグが多数出品されているのも確認された。その値段は3億ディール~10億ディールまで様々。

 決まってその但し書きにはこう書かれていた。


『金丼を捕獲した者です。予想通りゴールデンエッグを産みましたので証拠として出品します。購入者には今後継続して10個のゴールデンエッグを提供しますので、前払いとして記載の金額をお支払いください。非常にお得なセットとなっています。他にも類似の出品者が見られますが、私が本物です!!』



 明らかに詐欺やんけ!!


 しかも手の込んだものはテイム成功の瞬間のスクショから似せて作った、モンスターテイマーの少年のアバターまで出品者の顔画像として添付してあった。


 さらにそのアバター画像をそのまんまパクってきたやつが自分こそ本物と主張して大増殖。さらには乗らなくちゃこのビッグウェーブに!!とばかりに同じ手口の詐欺に手を出す輩が続出し、通常価格の1億ディールで売られているゴールデンエッグは瞬く間に市場から駆逐された。

 1億ディールで通常品を買って、3億ディールで詐欺にかければ2億の儲けやな!!



 さらにSNSにもテイムに成功した者です!と名乗る少年のアバターが続出。詳細をお話ししますので限定チャンネルに登録してください! 詳細が聞きたかったら投げ銭してください!と大暴れ。

 これを面白がったユーザーが、少年のアバターが“運営に反省を促すダンス”を踊る動画まで投稿し始め、それがブームになって便乗動画がいくつも作られる始末。

 最早誰が本物のテイムに成功した少年なのかわからなくなってしまった。



 困ったのは金丼のテイマーを欲しがっていたクランである。

 1/1000という泥率は実のところMMOではそれほど低い数値ではないが、しかし順番待ちして何分もそれなりに強い相手と戦って泥を狙うには微妙。とはいえ消耗品としてはとても需要があり、なんとしても安定供給したい。

 その目途が付くかもというニュースを聞いた矢先に、詐欺師に転売ヤーに承認欲求モンスターどもがこぞって台無しにしやがった。一体誰が本物なんだよ!



 一方でほくそ笑んだのは、現地にいた<シャイニングゼロ>と<レッドクロス団>だ。なにせ彼らだけは、誰が本物のテイマーなのか知っているのだ。横取りを狙って現地に張っていたPKクランの彼らは、ログアウトする前のレッカとクロードにそれぞれ声を掛けることに成功していた。

 欲の皮の突っ張った傭兵の2人は、テイマーから定期的にゴールデンエッグを卸させる契約を結ばせたら恒久的に利益の1割を渡すという口約束にホイホイと乗ってきた。バカな連中だ。

 もちろんPKクランにそんな約束を守るつもりはまったくない。初回だけ金を渡したら、あとは知らぬ存ぜぬで押し通すつもりでいる。何か言ってきてもいつも通り暴力でシメれば問題ないだろう。


 傭兵たちによれば少しは頭が働くというクランマスターのエコ猫は<シャイニングゼロ>と<レッドクロス団>に競らせて高値で売りつけるつもりだろうが、実のところ<シャイニングゼロ>と<レッドクロス団>は知らぬ仲ではない。なにしろ同じエリアを狩場にしているPKクランだ。

 両クランのマスターの間では、足元価格で契約させるということで既に話がついている。1日2個生産するとして、1クランに毎日1個が渡るのなら悪くない。


 どちらのクランもゆくゆくはテイマーを自分たちのクランに入れさせて、タダでゴールデンエッグを手に入れようと腹の中で考えているので将来的には揉めるだろうが、戦えば自分が勝つと思っているのはどちらのマスターも同じだった。


 このゴールデンエッグで自分のクランを強化するもよし、詐欺転売ブームに乗っかって金稼ぎをしてもよし。まったくオイシイ流れに乗れたもんだぜ……!!とクランマスターたちは今からグフフと笑いが止まらない。


 まったく皮算用過ぎてへそで茶が沸いちまうぜ。



 さあてどうやって儲けてやろうかと<シャイニングゼロ>のクランマスター・ドサンピンが自室でバラ色の未来に想いを馳せていると、クラン員からのチャットが飛び込んできた。



「マ、マスター! 大変です!」


「なんだよ騒がしい! 俺は今、このクランの将来に向けて大事なプランを練ってるところだぞ!」



 まるで虚空に向かって会話するような絵面で、ドサンピンは叫び返す。



「でも……エコ猫が狩場で露店を開いてます!」



 クラン員の言葉に、ドサンピンはそれがどうしたと言わんばかりの顔をした。



「……だから? 商人クランなんだ、露店くらい開くだろうが。まさかゴールデンエッグでも売り出したか?」


「い、いえ……それが……」




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「ええい、畜生! 本当に効くのかよこのテイムボール!? もっと捕獲率がいいのを使った方がよくないか!?」


「だがスクショだと普通のテイムボールだったろ!」


「ただのテイムボールと同じデザインの、別の捕獲アイテムだったんじゃねえの!? それか内部パラ弄ったチートアイテム!」


「ここの運営はチートは即対応してくるからそれはねえはずだが……」


「お前らいいからとっとと捕獲しろよ! ヒールとブレスバリアでMPが尽きそうだ!!」


「できたらとっくにやってるわ!!」



 ぎゃーぎゃーと悲鳴に近い言い争いをあげながら、中堅パーティが必死になってテイムボールを投げ続ける。

 頭にぽこぽこと当たるテイムボールにうんざりしたように、金丼さんはふわぁ~と大きなあくびをし……そのままノータイムで金ブレスを噴射!



『ぎゃあああああああああああ!!』



 剣も抜かずにひたすらボール投げてヒールかけてを繰り返していたパーティは、一気に大ダメージを受けて昇天した。


 金丼さんはそんな彼らをつまらなそうに見やると、前脚でぼりぼりと頭を掻く。



「ぐるる」



 ほい次、と言わんばかりに順番待ちパーティの先頭に向かって逆手にした前脚を器用にクイクイ。



「こ、この野郎~! ドラゴンだからってブルース・リー気取りかよぉ!?」


「テイム狙いじゃなかったらブッ殺してやるのによォ~!」


「いったいいくつボール投げりゃいいんだよオメーはよぉ!! くそっ、朝からずっと投げてて在庫が尽きてきた!!」


「いいから早く行けよお前ら、後がつっかえてんだから!!」



 順番待ちパーティの皆さんから怒号が上がる、そんなときである。

 猫獣人を先頭にした商人の一団がトコトコと狩場にやってきたのは。


 なんだこいつら?と訝し気な顔をする人々の視線をよそに、涼しい顔で待機列の横にやって来た彼らはその場に露店を広げ始めた。



「は~い、金丼さんテイム狙いの皆さん、お待たせしました! 金丼さんテイムに成功した私たち<ナインライブズ>がお届けする、スペシャルセールのお時間で~す!!」



 メガホンを手にしたエコ猫は、ニッコニコのセールススマイルで呼び込みを開始する。



「今日の注目アイテムはこちら! “金丼印のテイムボール”! 実際に金丼さんのテイムに成功したお墨付きのテイムボールが、なんとおひとつ1万ディールでのご奉仕価格で~す!」



 ざわっ、と順番待ちをするプレイヤーたちの間にざわめきが広がっていく。



「は? どういうことだよ? 金丼が入ったテイムボールってわけじゃねえよな?」



 待機列から出てきたリザードマンの青年が、エコ猫に近づいて不審げな顔を向ける。

 エコ猫はにこにこ~っと笑顔を崩さないまま、メガホンを置いて揉み手を作った。



「あはは、そりゃそうですよお客様。金丼さんをそんな値段でお売りできるわけないじゃないですか。これは未使用のテイムボール! ただし、金丼さんのテイムに成功した私の仲間がアイテムボックスに入れてスタックしていたものですよ~!! それを1つ1万ディールで、皆様にお分けしましょう~♪」



 エコ猫の言葉に、プレイヤーたちはざわざわとどよめく。

 彼女に話しかけたリザードマンは、目を剥いてすっとんきょうな叫び声を上げる。



「1万ディール!? 相場の100倍じゃねえかよ!! バカじゃねえの!? それ、ただのテイムボールだろう!?」



 彼の指摘する通りだった。

 最低級のテイムボールは弱らせた雑魚モンスターでも捕まえられるかどうかという性能で、市場で平均相場は1個100ディール。駆け出しプレイヤーでも出せる金額だ。

 だがこれが1個1万ディールとなれば、話は違う。しかも今回の金丼テイムでは1戦闘につき数十個は投げるだろう代物なのだ。

 1戦闘で数十万ディールは、中堅プレイヤーでもかなりお財布に堪えるコストと言える。


 しかしエコ猫は涼しい顔で小首を傾げるばかりだ。



「必要ないなら買われなくて結構ですよ? 欲しい方がいらっしゃるかと思って持って参りましたので」


「バカバカしい! こんなもん買う奴なんているわけねえだろ!!」


「おう、ちょっとそこどいてくれるか」



 ゴリラ型獣人のプレイヤーが、大柄な体で最初に声を掛けたリザードマンをずいっとおしのける。

 大人と子供ほども身長差があるエコ猫を見下ろしながら、ゴリラ氏は口を開いた。



「確認するが、本当にそれはテイムに成功したプレイヤーが持っていたものなんだな?」


「間違いないです! 彼はこのスタックされたボールから1個を選んで投げつけることで、テイムに成功したんですよ~!」


「なるほど。つまり“このアイテムでテイムに成功した”という前提は確実に満たせるわけか」



 ゴリラ氏は大柄な体躯に見合わない理知的な表情で顎を擦ると、ひとつ聞いた。



「だが、君たちが本物という証拠はあるのかの? 見たところスクショに映っていた子は、この中にいないようだが」


「あの子は照れ屋ですので! しかし証拠はありますよ、こちらをご覧ください!」



 そう言ってエコ猫はアイテムボックスからゴールデンエッグを2個取り出して、みんなに見えるように両手に掲げて見せた。


 おおっ!とプレイヤーたちが一際大きなどよめきを上げる。



「こちらのゴールデンエッグ、金丼さんが産みたてのほやほやでございます! 残念ながらこちらは参考用にお持ちしたのでお売りできませんが、これ以上ない証拠になるかと思います~!」


「ううむ、確かに本物のようだ。1つなら市場で買ってきたものかもしれんが、2つとなると話は別だな……」



 ゴリラ氏は顎を擦り一思案してから、パンっと手を打ち鳴らした。



「よし、買おう! とりあえず100個もらおうか」


「ありがとうございます! 100万ディールいただきますね~!」



 それを見ていたプレイヤーたちの中から、ぽつぽつとゴリラ氏の後に続く者が出た。



「あ、じゃあ俺も30個ほど……」


「俺は50個だ、こっちにくれ」


「私も100個買うわ!」



 すると堰を切ったように、大勢のプレイヤーが声を上げ始める。



「ま、待て! 俺も100個!」


「お、俺は300個買うから、こっちに先にくれ!!」


「ずるいぞ! 俺にも売ってくれ!!」


「くそっ、俺も! 俺も買う、200個だ!!」



 殺気立った顔で列に並ぼうとするプレイヤーたちに、エコ猫はにっこりと微笑んだ。



「みなさん、ご安心くださ~い! お墨付きボールはまだまだいっぱいありますよ~!! 私のクランの仲間たちも同じものを売ってますので、彼らのところにも並んでくださいね~!!」


 

 エコ猫が指差すと、レッカにクロード、そしてクラン員の商人がゆっくりと手を振る。 途端に我先にとそちらの方に列を作り始めるプレイヤーたち。


 エコ猫はにこにこと笑いながら、肉球をポフポフ打ち鳴らして大きく両手を広げる。



「さらに! 料理アイテムや各種ポーションなどの消費アイテムも豊富に取り揃えております! 連戦でアイテムを消耗された方はぜひ補充していってください! <ナインライブズ>は皆さんのチャレンジを心から応援してますよ~!!」


「いらっしゃいいらっしゃ~い! 料理アイテムもカツカレーにゴールデンプリン、効果てきめんのアイテムが揃ってるわよ~!」


「俺の店のテイムボールはよく当たるよ! さあ並んだ並んだ!」



 これらのアイテムも飛ぶように売れた。

 ただの消耗品だと思えば、むしろ市場で買うよりも割高価格だ。


 しかし何よりも縁起がいい。

 何かとゲンをかつぐのが好きな日本人の彼らは、ジンクスにめちゃめちゃ弱かった。

 “テイムに成功したテイムボール”だけでなく、そんなクランが売るカツカレーやゴールデンプリンを食べれば、なんとなく運気が上がってテイムに成功するかも!という気分にさせられたのである。


 そして黒山の人だかりができる中、ゴリラ氏と彼に押しのけられたリザードマンは人知れずその場を後にした。


 接客の合間にエコ猫が送るウインクに、仲良くサムズアップで返しながら。

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