アタシはオトコノコ。

「おかえり、彼方」

「……パパ、うざい」

 帰宅しての第一声、それ。だって本当にうざいんだ。帰宅した息子の顔を見る為にリビングから顔を出すか?普通。

「……彼方、化粧して外に出るなと言ったろう」

 自室の扉のノブに手をかけようとして、止まる。

「……は?」

「だから、父さんは心配なんだって。その、美人だった母さんみたいに綺麗だから……」

「………………は?」

 美人?お母さん?綺麗?

 お前は、ボクの事が何に見えてるんだ?

 娘としても扱わず、息子としても扱わず。

 愛でるは顔だけ。お前は、お前は、お前は。

 …………お前はあ!

「いつまでお母さんの影を追いかけてんだよ!このエロジジイ!!」

「…………うくっ」

 父はびくっと目を瞑り、そっとこちらを見つめる。

「……ごめん。でもそういうかっとした所も似てるから……」

「……ちっ」

 こいつ、もう終わってる。いつまでも母さん母さん。死んだあの人を自分の息子に重ねてまで追いかけたいのか。

「……もう知らないッ」

「――――すまん」

 ばたん。

「…………はあ」

 ぎしっ。

 ボクは扉を背に、寄っかかっては目元を手の甲で覆った。

(……あっ、化粧落としてない――)

 ボクはクレンジングを手に取ろうと机に寄ろうとして、途中、姿見の影が気になった。

「………………」

 鏡には、げんなりした女の子が映っていた。自分でも惚れるぐらいのうっすら化粧の乗った可愛らしい顔。その顔が醜くも少し、崩れている。

 ボクは、姿見に近付く。一歩、二歩。

 とこ、とこ、とこ。

 そして、そっと鏡に触れる。姿見の中の女の子もボクの右手に合わせる。

「……お母さん、か」

 父をあんな風にしたのは、ボクの女装癖のせいなのかもしれない。

「桜歌、……さん」

 ボクは鏡に触れていた右手のひらを広げる。そして、彼女の事を想いながら、……目を細めた。

 彼女と繋いだ手。彼女が取ってくれた右手。

 閉じて、開いて。閉じてみる。

 ふっくら肉付いた女の子らしい指。小学生の女の子を連想させるような、ちっちゃくて丸い女爪。この手があの子の左手に掴まれたんだ。

 そしてスカートのポッケには桜歌さんのハンカチが。

 ごそごそ、ひらりっ。

 ハンカチを取り出してみる。可愛いうさぎ刺繍のされたハンカチ。

 あとで返さなくっちゃな。その前に、ちょっとだけ。

 ハンカチを鼻に押しあて、息を、吸ってみる。

 うん、やっぱり。女の子の匂いだ。

 彼女にこんな事されてるって知られたら引くだろうなあ。ごめん、ごめんね。桜歌さん。

 これじゃあ、父親の事言えないか。はあ、……遺伝かな。まったく、やだやだ。

 ボクはスカートを脱いだ。

「…………やだ、勃っちゃってる」

 そういえば、彼女が着替えてる時、自然となっちゃってたんだよな。

 ほんと、ごめん。憧れを汚してるのは自分自身なのに、憧れを憧れとしてるのも、自分自身だ。

 ほんとに、ごめん。

「今日ぐらい、いいよね。もう我慢できないっ」

 ボクはパンツに手をかけ、ずりおろした。


 気持ち悪い。なんてボクは気持ち悪いんだ。女の子になりたいと言っておきながら男がやる行為を平然とやってしまう。欲望に負けてしまう。自慰をしてしまう。ボクはなんなんだ。こんなにふっくらとした体型なのに。足もちっちゃい。指も女指、女爪。華奢な体つき。長い睫毛。ぷっくりとした唇。ここまで揃ってるのに、なんで下だけ付いてるんだ。

 気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪イきもちわルイきもちワルイきもチワルイきモチワルイキモチワルイ!!!!!

 もうやだ、もうやだもうヤダッ!もういやだあ!

 ボクは、私は、アタシはなんなんだ。一体なんなんだ!?この気色悪い体はなんなんだ!!?

 何もかも中途半端……

「……ゃだよう、もういやだよう。助けて、誰か、誰か」

 部屋着のシャツワンピースに着替え、パンツを床に転がった部屋の中、体育座りしてるアタシ。

 ワンピースの裏、太ももの裏からほんのり香るイカのような生臭い香り。……気色悪い男の臭い。

 一体アタシはなんなんだ。

「ごめんね、桜歌さん。アタシ、あなたをおかずにしちゃったの。おかずに……しちゃった。――――ごめんね」

 アタシは涙を浮かべて、悔恨を連ね、蹲っていた。

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