好き。

『好きです』

 彼女の言葉で思い出した。

 大切なあの人、今朝の夢に映し出された女性の記憶を。


「彼方、あなたは人を信じられる人になるのよ。だって、あなたには人を裏切って欲しくないもの。私のようにはならないでね?」

「分かってるよ、お母さん。それ何度目?」

 母の口癖はいつもそれだった。

 花名。それが母の名前だった。

 名前の通り花を愛でるのが好きな可憐な女性だった。ボクはそんな母に憧れて、幼い頃から可愛いワンピースとか着て喜ぶ男の子だったと父は毎晩語ってた。

 やがて成長するに連れて小学校に上がる頃には周りから女の子の格好を好むボクに後ろ指差されるようになって、ボクはいじめられることがおおくなった。

 オカマ。ハブろうぜ。本当にちんちん付いてるの?きもちわる。

 そんな言葉日常茶飯事で、ボクはなんのために女装しているのか分からなくなった。

 ある日、父の転勤が決まり、引っ越しすることになった。。ちょうどいい。女装、辞めようか。

 引っ越しの荷物をまとめて、運送業者が着くまでの間、ふと母が気になって、庭に向かった。

 大事に育てている花の植え替えをしているはずの母は蒼いカーネーションの花房を見ていた。

 地面に転がっているカーネーションの花を、しゃがんで、じーっと。

「どうしたの?お母さん……」

「――――……あっ、なっなんでもないのよ?ほら、夕食の準備するから家に戻りなさいな」

「……う、うん――」


 引っ越し先、母が突然倒れた。荷解きして母が二階へと物を運んで行った時に物凄い音がしたのだ。駆けつけると、部屋の中でダンボールから中の物が溢れている惨状の中に母が倒れ込んでいた。

「お母さん!お母さんっ!!」

 搬送先の病院で何度も声をかけても起きず、目覚めても虚ろな目でこちらを見つめるだけだった。

 医者から聞いた病名は心臓の痙攣による心室細動だった。

 脳にかなりのダメージを負ったらしく、今も生きてるのが奇跡な程らしいが、もう長くはないらしい。

 仕事から、慌てて帰って駆けつけた父は大人気ない程泣きじゃくり、ボクはその隣で呆然としていた。

「花名っ!しっかりしてくれよ花名ッ!お願いだから俺たちを置いてかないでくれッ!!」

 …………無駄だよ。お父さん。もうすぐお母さんは死ぬんだ。――――死ぬんだよ。

『た……クマさ、ン。……なた。ありが、トウ、――――好きだよ……』


 それが最後の母の言葉だった事を思い出した。

「桜歌さん、本当にボクが好き?」

「ッ!?…………(こくん)」

 彼女は頷く。瞳を潤ませて。鼻を啜って。しゃくりあげて。

「そう、ありがとね。でもほんとにボクで良かったのか後悔すると思うよ?」

 彼女の腕を優しく解くと、軽く肩を支えながら一歩下がる。

 ……いいな。なんて華奢な肩口なんだろう。

「――それでもいいの?」

「…………(こくん)」

 頷く彼女の目の奥は輝いてる。生命の光だ。

「分かった」

 君を信じ続けてみる。ボクのこの淡いもやもやが本当か確かめるために。


 それでいいんだよね?お母さん。

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