男の娘。

「彼方、あなたは人を信じられる人になるのよ。だって、あなたには……私のようには――――――」

 うん、分かってるよ。お母さん。ボクはそのとおり人を信じて。人を信じて、、その人に報いるよう一途に想い続けてるんだから……。


 不鮮明な意識に、朦朧とした音が鼓膜に響く。その音は確かな音となり、ボクという存在の外界を彩る囀りとなって知覚される。

 ちゅんちゅん。

 小鳥どもの鳴き声を目覚ましに起きたボクはただ天井を眺めていた。

「朝、か」

 動きたくないと気だるげに、でも明確に抗議する身体を叱咤し、上体を起こす。

 おぼつかない足取りで自室から出ると、階下へと繋がる階段を降りてまず洗面台へと向かった。

 じゃばじゃばじゃば。

 顔を軽く水で洗って身近に掛けてあるタオルで顔を拭く。ちらり、鏡に映る自分が見えて、母の言葉を思い出した。

「……ほんと、女の子みたいな顔だよね。ボク」

 そう、鏡に映ってる女の子を見つめながら、ボクは今は亡き母の顔をその女の子に重ねる。正確には女の子みたいな顔をした男の子、だが。

「でも、お母さん譲りの可愛い顔だからね。そこは感謝しなくちゃ」

 自分の女顔は嫌いじゃない。……じゃないけど、でもこんな顔で生まれるなら女の子として生まれたかった。それがいつもボクが自分の顔を見て思う事だ。

 今朝、夢にお母さんが出てきた。いつもの約束を、いや、もうほとんど呪いみたいなものだけど。でも、それをいつも思い出させるように、時々母はあの約束の言葉を呟く。

 なんで呪いかというと、その言葉自体がボクの行動原理になっているから。それだけ、だが。しかし、この言葉を思い出すと途端に信じてる人が信じられなくなる。

 理由は簡単。信じてる事が合ってるのか疑問に思うからだ。

 人はいつだって裏切る。何を思ってるか本当には分からないんだ。親子だって、兄弟だって、親友だって。

 分からないに決まってるんだ。

 だって、いつも人は心の内では何考えてるか覗く事すら、読解することすら、叶わないのだから。

「おーい、彼方。飯だぞー」

「ん。分かったよ、パパ」

 父に呼ばれ、リビングに向かうと食卓に並ぶトーストした香ばしいパンの香りが鼻腔をついた。

「さっ、冷めないうちに食べろ」

「……うん」

 食卓に座ってカリッとパン噛じると父が珍しくまじまじとボクの顔を眺めていた。

「……?どしたの?パパ」

「いやっ、なんでも。ただ、改めてお前の顔見ると母さんによく似てるなと思ってさ」

「……急になに。ボクをお母さんに見立ててセクハラしようっていうの?」

「はは、よく言うな。最近髪が伸びてボブっぽくなってきたから尚更、顔立ちがそっくりだなって」

「……もう、パパったら。ボクにお母さんを重ねても意味ないでしょ」

「――――――そりゃ、そうだな。変な事言った。すまん。…………ただ」

「?……ただ?」

「最近洗濯カゴに女性ものの服が溜まってるから…………、――――な?」

「………………」

 そうか。

「……ご馳走さま」

 ボクは半分まで食い尽くしたパンを皿に置いて席を立った。

「……なんか、ゴメンな」

 ………………は?

 なにそれ?

 何についてゴメンなの?

 ボクは内側にカールの巻いた癖っ毛の髪をとかしては、服を脱いで上半身にワイシャツを羽織る。

 下はパンツ姿のボクは、ふと、明らかにぬいぐるみが多い自室の姿見に目をやった。

 そこに映るのは、ショートボブの女の子。足首、手首は極端に細い癖に意外と太腿がむっちりおしりがもっちりした曲線が綺麗な体格線の女の子の胸元を見つめる。

「………………」

 ボクはボタンを止めたシャツの胸元を擦る。

 それに合わせるように鏡の女の子も自分の貧乳を擦った。

 さすさす。

「――――はぁ」

 やっぱり、……おっぱい、欲しいな。

 ボクは涙目になった鏡の女の子と目が合うとボクは気丈に笑ってみせた。

 すると彼女も悲しげに笑った。まるで見つめるボクをあざ笑うように。

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