8-13 鴗絹鞭

 麓紫村ろくしむらに来てから一週間と少しが経った。永はその日は朝早く目が覚めてしまった。携帯電話で時間を見るとまだ五時だった。だが、僧侶の二人は起きているだろうと思って、着替えて庭に出る。

 

「……」

 

 なんとなくぼうっと立っていると、梢賢しょうけんが大きな口を開けながらやって来た。

 

「ふわぁあっと、おろ、ハル坊?」

 

「あ、おはよ」

 

「どしたん、随分早いやん」

 

「梢賢くんこそ」

 

 苦笑しながら永が言うと、梢賢は首を回したり肩を回したりしながら答える。

 

「おー、なんか目が覚めてもうてなあ……」

 

「うん、僕もなんか落ち着かなくて」

 

 すると二人の前に人影が現れた。

 

「へえ、起きてるなんてやるじゃない」

 

「ルミ?どしたん?」

 

 早朝から、しかも庭先に顔を出した瑠深るみを見て、梢賢は少し驚いていた。瑠深はニヤと笑って親指で自分の家の方向を指しながら言った。

 

「できたよ、あんた達の武器が」

 

「ほんとに!?」

 

「へえ!」

 

 永も梢賢も急に興奮して声を弾ませる。その様子に瑠深は満足そうだった。

 

「さすがに持ち主はちゃんと目覚めてるんだね。見直したよ」

 

「たた、大変だ!とりあえずライくん起こしてくる!」

 

 永は慌てふためいて庭を右往左往した後、蕾生の寝ている部屋の方向を向く。

 

「お、おう、じゃあオレは鈴心すずねちゃん起こしてくる!」

 

 梢賢もまたオロオロしながら鈴心が寝ている洋間へ向かおうとしていた。

 

「──オイオイオイ、まてまてまて!」

 

 永は慌てて物凄い形相で百八十度振り返り、梢賢の首根っこを捕まえる。その様に瑠深は深く溜息を吐いた。

 

「落ち着けコント野郎ども。あの子は私が起こしてくる」

 

「おお、頼む!洋間や!」

 

 永に首を絞められそうな勢いの梢賢は瑠深に鈴心の部屋を伝えた。

 

「わかったわかった」

 

 勝手知ったる瑠深は縁側から上がり、家の中へと消える。それを見届けると二人は蕾生を起こしに走った。

 

「ライくーん!ライくーん!」

 

「ライオンくーん!」

 

 今日もまた暑くなりそうな日差しだ。


 


「おじさん、連れてきたよ」

 

 揃った四人は、瑠深に連れられて八雲やくもの作業場に来ていた。緊張しながらも入ると、見るからにボロボロの皓矢こうやが皆を出迎えた。

 

「やあ……来たね」

 

 頭髪はぐしゃぐしゃで、充血した目の下にはクマを作っている皓矢を見て鈴心は青ざめて駆け寄った。

 

「お兄様!大丈夫ですか!?」

 

「……」

 

 永と蕾生もその様子に絶句する。確か、銀騎しらき家を出発する時もグシャグシャな格好だったが、今日のはあれに輪をかけて酷い。

 

「いやあー、いい仕事だよ。僕は感動したね!」

 

 足元もヘロヘロで覚束ないが、皓矢はニコニコ笑っていた。

 

「む。来たか、入れ」

 

「お疲れさんですぅ」

 

 奥から八雲が出てきて梢賢がお愛想するが、皓矢に比べて平然としているのには永も蕾生も鈴心も別の意味で絶句した。

 

 作業場の中まで入ると、作業机の上に綺麗に磨かれた硬鞭と一対の弓矢が置かれていた。その纏う空気はとても清々しい。

 

「これが……」

 

「オレの──」

 

 永も梢賢もそれに目を奪われながら一歩進んだ。

 

 八雲はまず硬鞭の方に視線をやって言う。

 

「梢賢の硬鞭は慧心弓けいしんきゅうの神気を抜いたので、資実姫たちみひめの神気を代わりに込めた」

 

「ええっ!?」

 

 驚く梢賢に、皓矢が代わって説明した。

 

剛太ごうたくんにお願いしてね。それに君も脆弱ながら資実姫の力を行使できるんだろう?つまり、資実姫とキクレー因子は相性がいいようだ。あの日、康乃やすのさんがそれを証明している」

 

「はあ……」

 

 あまり実感が持てていないような梢賢に、八雲は更に説明を付け足した。

 

「それから犀髪の結さいはつのむすびは当初はけい専用の呪具になる予定だった。だから珪の呪力の複製も込められていたのだが、それはそのままにしておいた」

 

「と、言うことは……?」

 

「珪を探すのにその硬鞭は役に立つだろう」

 

「珪兄やんのGPS!?」

 

「……そんなに精密なものではないけどね」

 

 盛り上がる梢賢に皓矢が注釈したがあまり聞こえていなかったようで、梢賢は硬鞭を掴んで雄叫びを上げた。

 

「よっしゃー!待っとけよ、兄やん!」

 

「試しに力を込めてみろ」

 

 八雲に言われて梢賢はキョトンとしていた。

 

「へ?どうやって?」

 

「お前がすぐ消える絹糸を出す時の要領だ」

 

「一言多い!」

 

 そうつっこんだ後、梢賢が硬鞭を右手に持って意識を集中させる。持ち手の側には楓石かえでいしが埋め込まれており、次の瞬間それが仄かに緑色に光った。

 

「!!」

 

 その後硬鞭の先端から白く太い絹糸がロープの様によりあって出現した。それはまるで鞭のようだった。

 

「すごい!」

 

 鈴心が感嘆の声を上げていると、八雲が大きな丸太を目の前に立てた。

 

「強度を試してみろ」

 

 ぶん!と梢賢が振り上げると空気を割く鋭い音がする。続けて硬鞭を振り下ろせばビシ!という大きな音を立てて丸太は大きくえぐれた。

 

「マジか!」

 

 その威力に梢賢はとても驚いていたが、八雲は冷静に言う。

 

「まあ、合格点だな。精進しろ。慣れれば優杞ゆうこのようにそれで縛り上げることもできるだろう」

 

「オレ、女王様やんか!ひゃっほー!」

 

「浮かれるな。精進しろ」

 

「はい……」

 

 精進しろ、と二回も言われて梢賢は少し肩を落とす。そこへ皓矢がニコニコしながら入ってきた。

 

「その硬鞭の名前は鴗絹鞭りゅうけんべんとしたよ」

 

「鴗絹鞭……か」

 

 鴗絹鞭を掲げながら梢賢はその名を噛み締めた。

 鈴心は瞳をキラキラさせていたが、相変わらずの歯が浮くネーミングセンスに永は呆れている。そして蕾生はよくわからないのでどんな漢字で書くのか後で聞こうと思っていた。知ったところで理解できるとは限らないが。

 

梢賢しょうけんの武器が正絹しょうけんってか!?」

 

 そして持ち主のダジャレには三人もれなくシラけた。

 

「あっはっは!」

 

 だが、三人の冷たい視線を他所に梢賢はご機嫌で爆笑していた。

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