4-7 RPG③派閥

 はるか鈴心すずねは昨日とは違い、瑠深るみの自室に通された。おおよそ女子高生らしくない閑散とした和室で、居間とほとんど差がなかった。

 だがそんなことを気にしている余裕はなかった。これから情報交換という名の腹の探り合いをするのだから。

 

「で?銀騎しらき詮充郎せんじゅうろうの娘ってどういうこと?確かあの爺さん大分トシよね。それとも相当元気なの?」

 

 下世話な言い方なのに瑠深が言うとあまりそう聞こえない。サバサバ系とはこういう事か、と永は思った。

 そういえば今日はお茶も出ない。歓迎ムードではないこともその発言からよくわかる。

 

「娘と言っても、詮充郎の精子を使って行われた実験で生まれたデザインベビーです」

 

 瑠深は、淡々と話す鈴心に向かって眉を寄せながら聞く。

 

鵺人ぬえびとのあんたが?どういう経緯でそんなことに?」

 

「そこまでは申し上げられません」

 

 だが鈴心はそれ以上の事は言わなかった。そんな態度で大丈夫なのか、永は横で内心ハラハラしていたが、瑠深は口端を曲げて挑戦を受けてたつボクサーのような趣きで頷いた。

 

「──わかった。うわずみだけの情報交換がお互いのためってことね」

 

「恐れ入ります。私はそちらで言う鵺人のリンが、今回の転生で銀騎の身内として生を受けた者です」

 

「それで、リンって呼ぶのか」

 

 先程の疑問について納得したようにこちらを見た瑠深に、永は遠慮がちに頷いた。どうもこの場は鈴心に任せた方が良さそうだ。

 

「まあ、そう言うことです」

 

「過去にこだわる男ってサイテー」

 

「うっ!」

 

 永に悪態をついた後、それを悪びれる風もなく瑠深はまた鈴心に向き直った。

 

「けど、あんた御堂みどうって名字じゃなかった?」

 

「あくまで私は実験体ですから、詮充郎と親子の情はありません。今の養父母は銀騎の分家の御堂に連なる者です」

 

「へえ。噂通りのマッドサイエンティストクソジジイだね、反吐が出る」

 

「そこは全く同意です」

 

 言葉を選ばない瑠深の物言いに、永は頷くだけで特に口をはさまなかった。鈴心の動向を見守ろうと思ったからだ。

 

「ふうん。あんたが随分ややこしい身の上なのはわかった。で、こっちからは何が聞きたいの?」

 

眞瀬木ませきの縁者の中に、ぬえを崇めるような方がいるか、です」

 

 ずばり聞いた鈴心の胆力はたいしたものだった。そしてそれにあっさり答えた瑠深の回答にも永は驚いた。

 

「──やるね、そこまで掴んでるんだ。いるよ」

 

「ほ、ほんとに!?」

 

 思わず声がうわずってしまった永の反応を特に気にもせず、瑠深はサバサバした口調で言ってのける。

 

「たまに出るね、そういう人。鵺ってさ、雨都うとから聞いた話じゃあんた達を千年近く呪ってるんでしょ?そんな執念深い化物、珍しいもの」

 

「つまり、興味の原点は銀騎と大差ない感じですか?」

 

「そうね。しかも特定の人間を思いのままに転生させるって言うじゃない。そんなの化物って言うか、もう神でしょ。そう考える呪術師が出るのは別におかしいことじゃない」

 

 その瑠深の見解は永にとってはとても興味深いものだった。

 

「なるほど。眞瀬木は転生させているのは鵺自身だと考えているんですね」

 

「何、違うの?」

 

「いえ、その辺は僕らもわかっていなくて。鵺に「お前ら転生させて呪ってやるからな!」って言われたわけじゃないんで」

 

 永が少し笑いながら言うと、瑠深は意外な顔をしていた。

 

「あ、そう……」

 

「まあ、おっしゃる通りなのかもしれませんけど」

 

 永は愛想笑いをしながら会話の主導を鈴心に任せ続ける。

 

「眞瀬木で鵺を崇めることは許されているんですか?」

 

 そう聞くと、瑠深は大袈裟に首を振って答えた。

 

「まさか。表向きは許してないよ。雨都の鵺嫌いを立ててるからね。でも、別に禁止してる訳でもない」

 

「隠れて信仰する分には見逃していると?」

 

「そんな感じ。そもそも、雨都がここに落ち着けたのも当時の眞瀬木の当主が鵺肯定派だったからよ」

 

 だいぶ芯を食った話になってきた。永はその続きが聞けないかを試みる。皓矢こうやから聞いた銀騎と眞瀬木の因縁は知らないふりをした。

 

「雨都が来る前から、ここでも鵺が知られていたんですか?」

 

 だがさすがに瑠深はそれ以上は口を閉ざす。

 

「詳細は言えない。けど、大昔は鵺肯定派も鵺否定派も単なる派閥に過ぎなかった」

 

「今は違うんですか?」

 

 鈴心の質問の切り口は的確だったようだ。

 瑠深は少し苛立って言う。

 

「だから、雨都の鵺嫌いを基本的にウチは尊重してんの。今は眞瀬木の当主のスタンスは鵺否定が基本」

 

「つまり、雨都が来る以前は鵺に対して寛容だったけれど、雨都が来て以後は鵺を表向き否定していると?」

 

「あー、うん、そうね。そうそう」

 

 どう聞いても誤魔化しの生返事をする瑠深は、嘘がつけない人だと永は感じていた。思い切ってずばり聞いてみる。

 

「ちなみに、今、鵺肯定派の人が誰かなんて──」

 

「言える訳ないでしょ。てか、今はいない!そう、もういない!!」

 

「ソウデスカー」

 

 やっぱり嘘がつけない人だ、と永は思った。すぐに否定できなかったことがそれを物語っている。

 

「ありがとうございました。大変有意義な時間でした」

 

 これ以上は干渉無用と判断した鈴心は礼を述べた後立ち上がった。瑠深はそうやって冷静さを見失わない鈴心に挑発するように言う。

 

「いいの?あんたの身の上、父さんに報告するよ?」

 

「どうぞ、ご自由に。私達に話してくれたことも報告なさいます?」

 

「うっ!わ、悪かったよ、試しただけ!」

 

 この腹の探り合いは鈴心に軍配が上がった。それも当然だと永は思う。たかが十八かそこらの小娘に遅れをとる鈴心ではない。

 見た目は子どもだが、鈴心も永同様に九百年以上の修羅場を潜ってきているのだから。

 

「では、女同士の内緒話という事で」

 

「はいはい。スズネちゃんとハルコちゃんとあたしのね」

 

 女子同士の駆け引きを目の当たりにした永は、自分も女子扱いされたことよりも二人の間に漂う雰囲気に閉口していた。

 

「お邪魔しました」

 

「あんた達の最終目的が何かはわからないけど……」

 

 瑠深は最後にそのプライドをこめて言う。

 

「あんまりウチのことをつつくと痛い目見るよ」

 

「肝に命じます」

 

 鈴心は心の内を見せずに態度だけは余裕ぶって微笑んだ。








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