3-18 特別な道具

 すっかり陽も落ちた夕食時、雨都うと家を訪ねる者があった。

 

「御免」

 

「はい、あ、八雲やくも様!」

 

 優杞ゆうこが出迎えると玄関には作務衣姿の中年男性が立っていた。その男、八雲は無表情で用件だけを簡潔に言う。

 

周防すおう何某なにがしという御仁はいるか?」

 

「ええ、もちろん。どうぞ」

 

「いや、ここで結構。呼んでいただきたい」

 

「かしこまりました。お待ちください」

 

 優杞はお淑やかに返事をした後、八雲が見えないであろう所から全力ダッシュして居間へ向かった。


 

梢賢しょうけん!梢賢!!」

 

「なんや、姉ちゃん」

 

 食事中の梢賢と永達は食べながら優杞が慌てる様に驚き、その名を聞いて更に驚く。

 

「八雲様、来た!」

 

「ブッ!もうかいな!」

 

「あんた達も行きな!玄関でお待ちだから!」

 

 もう夜になったのですっかり油断していた四人は飯を喉に詰まらせながら急いで玄関へ向かった。

 

「む、食事中だったか。すまない」

 

「いいえ、とんでもない!わざわざすいまっせん!」

 

 八雲の姿を認めた途端にスライディング土下座をかます梢賢。そのすぐ後ろで永達も会釈しながら名乗る。

 

「初めまして、周防すおうはるかです」

 

ただ蕾生らいおッス」

 

御堂みどう鈴心すずねと申します」

 

 すると八雲は三人を順番にゆっくりと品定めでもするように見ていく。

 

「ふ……む……」

 

「あのー……?」

 

 その視線に居心地の悪さを感じて永が声をかけると、八雲は我に返って道具箱を取り出した。

 

「む、失礼した。康乃やすの様の御命令でかぎ針などを持ってきた」

 

 言いながら八雲は道具箱から様々な太さの金属製の編み棒等をその場に並べる。永はそれを見て興奮して言った。

 

「うわっ、すごい!いろんな太さがある。レース針もありますね。手芸屋さんみたい!」

 

「ハル坊!失礼なこと言うたらあかん!」

 

「あ、すみません……」

 

 慌てて諌める梢賢の声に永も罰が悪そうに謝ると、八雲は特に気にしていないようで表情も変えなかった。

 

「いや、最近は裁縫道具ばかり作っているからな。言い得て妙だ」

 

「はあ……」

 

「好きなものを使うといい」

 

「ええと、じゃあ、これとこれ、お借りしてもいいですか?」

 

 永は数ある中から普段使っているかぎ針とレース針に長さが近いものを二本選んだ。

 

「うむ。構わない」

 

「ありがとうございます」

 

 永は新しい裁縫道具にご機嫌だったが、それを見る鈴心の視線は重たかった。

 

 そんな鈴心の反応を見定めた後、八雲は蕾生の顔を凝視していた。

 

「……?」

 

 じろじろ見られて少しムッとした蕾生は目上であろうと関係なく睨み返す。

 すると八雲はまた表情を出さず視線を逸らし、残った道具を片付けた後立ち上がった。

 

「──ふむ。ではこれで失礼する」

 

「どうも、ご苦労様でございました!」

 

 ペコペコ土下座が止まらない梢賢を無視して、八雲は何も言わずに雨都家を出て行った。



「あー、会うだけで疲れるおっさんやで……」

 

 八雲が去った後、梢賢はぐったりとその場で寝転んだ。

 

「職人さんというだけあって、気難しそうな印象です」

 

 鈴心がそう感想を述べていると、永は弾んだ声ではしゃいでいた。

 

「わー、すごい。このレース針ピッカピカだあ。武器になりそっ!」

 

 もう一度その針に視線を移して、鈴心は神妙な面持ちで言った。

 

「そして、その針。ものすごい力を感じます」

 

「あー、やっぱり?」

 

 永もそう同意すると、梢賢が捕捉してくれた。

 

「祭で奉納するもんを編む道具はな、普段のよりも清めてあんねん」

 

「このクオリティのものを各家庭に配っているんですか?」

 

「せや。だから、どこん家でも仏壇の中にしまって、祭以外では使わんよ」

 

「──でしょうね」

 

 永の手元をしげしげと見つめながら鈴心は頷く。そうしてその後ろで不機嫌な顔をしている蕾生にようやく気づいた。

 

「……」

 

「ライ、どうしました?」

 

「あのおっさん、俺にガン飛ばしやがった」

 

 まるで不良に絡まれたような蕾生の態度に永は苦笑しながら宥めた。

 

「あの人も眞瀬木ませきの人でしょ?ライくんを見定めたい気持ちが抑えられなかったんだねえ」

 

「気分悪い」

 

 まだ不機嫌なままの蕾生に、今度は梢賢も手を振りながら言う。

 

「まあまあ、ライオンくん!しゃあないで、そら」

 

「なんでだよ」

 

「君はいろんなもんを垂れ流してるからなあ」

 

「梢賢くんも感じてるの?」

 

 永はハッとして聞いた。すると梢賢は困った顔で答える。

 

「もちろんや。初めて会った時から、こっちはビビりまくりよ!うーわ、これがぬえの生の気配かーつって!」

 

「そ、そうなのか?」

 

 そんなことは初めて言われた蕾生は驚いていた。鈴心もそれで罰が悪そうに言う。

 

「私やハル様は慣れてしまっているから無頓着でした。うっかりしてました……」

 

「この村はワカル人が多いんだね。これからは気をつけないと」

 

「気をつけるってどうやって?」

 

 蕾生自身が自分がどうなっているのかわからないのに気のつけようがない。

 

「あー、そうだねえ……」

 

 永もあまりピンときておらず首を捻っていると、梢賢はあっけらかんとして言った。

 

「今度銀騎しらきにでも聞いたらええ。普通の人間にはわからんからそんなに気にせんでええよ」

 

「わかった……」

 

 一応頷いたが、蕾生は納得がいかずにまだ不貞腐れていた。

 

「ところで、あの人、最近は裁縫道具ばっかり作ってるって言ってたけど、眞瀬木ませきけいの事業の関係で?」

 

「そやろな。里のもんに絹製品を作らせとるからな。すっかり金物屋さんみたいになってんで」

 

 永の問いに梢賢は可笑しそうに答えた。

 

「八雲ってかっこいい名前だよね」

 

「名前とちゃうで。八雲は役職名や。眞瀬木の呪具職人の長が代々継いどる。まあ、今はおっさん一人しかおらんけどな」

 

「昔ほど、呪具の需要がないんですね?」

 

 鈴心が問うと梢賢は頷いた。

 

「そういうこっちゃ。眞瀬木のお家芸も今では先細り。だから珪兄やんも躍起になっとる」

 

「そっかあ、色々限界なんだねえ……」

 

 永はまたかつてのかえでの言葉を思い出していた。

 

「珪兄やんの考えは間違ってないと思うんや。けど、手段がなあ……」

 

 梢賢も頭を掻きながら村の現状について溜息をついていた。








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