3-16 祭の誘い
「失礼しますぅ……」
「遅いぞお前達!里の門限は三時だろうが!」
息子の顔を見るやいなや、
「すいません、お客人達は慣れない道なもんで……」
「……だったら三時に帰れって言ってくれねえと」
「ライくん、シー!」
小声で文句をたれる
「遅くなって申し訳ありません」
それを受けていち早く
「あら、いいのよ。若い人達は元気に遊ぶのも大事だもの。それにいきなり来てしまった私達が悪いんだし」
「そんな、滅相もないことです!お前達、早く康乃様と
恐縮しきりの柊達に逆らえるはずもなく、四人は康乃と剛太に相対して座った。すると康乃はまず隣の剛太を紹介する。
「皆さんにはまだ紹介していませんでしたね、孫の剛太です」
「
礼儀正しく一礼する姿は先日見た時よりも大人びて見えた。
「ははっ!」
慌てて土下座する梢賢に続いて永達も挨拶をする。
「これはどうもご丁寧に。
「
「
鈴心が顔を上げると、剛太は目を丸くして顔を赤らめた。だが鈴心には伝わっていなかった。
「今日はね、お誘いをしに来たの」
「お誘い、ですか?」
「せっかく里に来ていただいたのに、うちの
康乃はかなり気安く接してくる。その雰囲気に少々面くらいながら永は慌てて答えた。
「ああ、いえ、そんな!僕らこそ図々しくご厄介になってますから」
「もうすぐ里でお祭があるのだけど、ご存じ?」
「あ──、いえ……」
ついさっき聞いたばかりだが、隣の梢賢が目で訴えてくるので永は素知らぬ振りをした。
「
「ええええっ!!」
「あなた!」
先に驚いて奇声を上げたのは柊達で、横で座っていた
「も、申し訳ない……。ですが御前、彼らは部外者ですよ!
「あら、いちいち墨ちゃんの許しを取らなくちゃいけないの?当主は私ですよ」
「は、はあ……」
簡単に柊達をあしらった後、康乃はにこにこしながら話を進める。
「織魂祭と言うのはね、里の守り神である
「えええー……」
「あなた!しっかりなさい!」
永達よりも先に反応して青ざめる柊達を橙子がまた怒鳴る。その後ようやく永は慎重に尋ねた。
「そんな大事な催しに僕らなんかが出席させていただいていいんですか?」
「ええ。是非」
康乃は笑って頷いている。元々興味を引かれていた祭だ、断る理由はない。
「それは身に余る光栄です」
永が一礼の後に承諾すると、またもや横で柊達が「受けるの?」と言わんばかりに声を上げた。
「えええー?」
「あーた!」
雨都夫妻の反応を完全に無視して、康乃は嬉しそうに手を打った。
「良かった。今年は特別なお祭りになりそうね。ところで、どなたか手芸なんかおできになる?」
「あ、僕、趣味でレース編みを少々……」
「マジか、ハル坊!?」
今度は先に梢賢が驚いていた。似たもの父子なのである。
そういう雨都のコミカルさには慣れているのだろう、康乃はそれを咎めたりもせずに孫の剛太を促した。
「まあ、すごい!人は見かけによらないのねえ。剛太、お出ししなさい」
「はい、お祖母様」
剛太は陰から三宝を出して永の前に置いた。その上には美しい糸の束がひとつ乗せられている。
「わあ……」
「なんて美しい……」
永も鈴心もその清廉な美しさに感嘆の声を上げる。
「祭祀用の絹糸です。ご査収ください」
「いいんですか?」
あまりの美しさに永が物怖じしていると、康乃はまたにっこり笑った。
「ええ。同じ糸を里の者にも配るのでね。せっかくですからそれで何か編んでいただきたいと思って。織魂祭で奉納させていただきたいわ」
「どんなものを編めばよろしいので?」
「なんでも結構よ。少ししかないから、皆もちょっとした物を編んでます。靴下とか、ハンカチとかね」
「なるほど、わかりました。お預かりします」
永は丁重にその糸の束を受け取った。手触りも素晴らしく良く、こんな極上のものは初めてだった。
「良かったわ、楽しみにしています。それから後で
「ひええええっ!」
「あなた、しっかり!」
新たな単語の登場に、柊達はついに腰を抜かした。橙子もうろたえながらその腰を摩っている。
「やくも……?」
「眞瀬木の一族の中に呪具職人がいるの。彼が作った針や編み棒で里の者も絹糸を織ったり編んだりしてるのよ」
「はー、そんな方がいらっしゃるんですか」
「ええ。会っておいて損はないと思うわ」
何かを含んだ康乃の物言いが少し気になったけれど、すぐに話題が変わってしまった。
「それから、雨都の蔵に入った盗人の件ですけど……」
「あ、はい」
「うちでも調査をしたのだけれど、手がかりのようなものが全く見当たらなくてね」
「はあ」
「もう少し時間をくださる?調査を続けますから」
「わかりました。よろしくお願いします」
永は一応頭を下げたが、予想していた通り康乃が有耶無耶にしようとしていることは明白だった。
「まあ、文献については柊達や梢賢が内容は熟知してるのよね?」
「はひ!」
「内容が知りたかったら、柊達と梢賢に教えてもらったらどうかしら」
「ははっ」
梢賢と柊達が揃って土下座するのを見ながら、永は犯人のことは追及するなと言われたのだと思った。
「では、そろそろ帰ります。長居してしまってごめんなさいね」
「とんでもございません!」
「失礼しました」
「剛太様も御足労いただきありがとうございました!」
土下座を繰り返す柊達の様は雨都での威厳ある父親像をかき消す。二人を玄関へ案内しようとする腰の低さも大袈裟で滑稽だった。
座敷を出る直前、剛太は振り返って鈴心を見た。目があったので鈴心が会釈すると、またぽっと頬を赤らめた。その様子を見ていた永は少し胸がムカムカしている。剛太は赤面したまま祖母の後ろをついて行こうとしていた。
「剛太」
「?」
しかし蕾生が呼び止めたので剛太はもう一度振り返る。梢賢は焦って蕾生を嗜めた。
「ああっ、バカ!様つけんかい!」
「……くん」
「な、なんでしょう」
「多分、後で──えっと、眞瀬木のなんてったっけ?」
蕾生に聞かれた鈴心が答えた。
「
「そうそう。そのルミが後でケーキ持って行くって言ってた」
「は、はあ……?」
「すげえ美味かったから、楽しみにしとけよ」
なんの脈絡もない蕾生の話題に、梢賢が困り果てて言う。
「もう、バカちんが!剛太様へのもん、オレらが先に食べたことになるやろが!」
「なんか問題あんのか?」
あっけらかんとしている蕾生を手で制して鈴心が代わりに謝った。
「すみません、ライが失礼なことを」
「あ、いえ!大丈夫です!お兄ちゃん、ありがとう。楽しみにしておくね」
「おう」
康乃と剛太が帰っていくのを見届けて、永が蕾生に近づいた。
「珍しいね、ライくん」
「何が?」
「わざわざ子どもを気にかけるなんて」
蕾生の図体では子どもには怯えられるのがいつものことなので、自分から世間話をしに行った様に永は多少なりとも驚いていた。当の蕾生は不思議そうに首を傾げている。
「あー、そうだな……なんか気になってな、アイツも」
「ふうん……」
も、と括ったからには他にも気になる子どもがいるのだろう。おそらく
三人の子どもと蕾生の共通点。今の所はそれがなんなのかはわからなかった。
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