2-17 唯我独尊

 康乃やすのは着眼点を変えて、今度は柊達しゅうたつに尋ねた。

 

「達ちゃん、蔵に盗人が入ったのはいつ頃だと考えられる?」

 

「そうですね。まず愚息は四月から大学に通うため家を出ているので、それ以降は蔵に入っておりません。四月から今日までは恐らく私しか出入りしていないでしょう。ですが私も月に一度くらいが関の山で──」

 

 柊達の長くまとまらない報告をやんわりと止めて、康乃は端的に聞いた。

 

「それで、最後に蔵に入ったのは?」

 

「詳しくは覚えておりませんが、二週間ほど前でしたか……少し換気と掃除に入ったくらいで」

 

「なるほど。それ以外はもちろん施錠を?」

 

「御意にございます」

 

 そこまで聞くと康乃は溜息を吐いた。

 

「ふう。困ったわね、今日蔵に入った時も鍵は壊れてなかったんでしょう?」

 

「はい。特に不自然なことはありませんでした」

 

「まあ……そうなの……」

 

 梢賢の答えにまた康乃が首を捻っていると、その空間を切り裂くようなけいの鋭い声が響いた。

 

「──銀騎しらきなのでは?」

 

 その発言に、並んでいた大人達はギョッと目を見開いた。永と蕾生もそれは注視せざるを得なかった。

 

「け、けけ、珪!」

 

 墨砥ぼくとが慌てて嗜めると、珪はそれを意にも介さず余裕の笑みを浮かべて言った。

 

「──ああ、すみません。つい思ったことを喋ってしまいました」

 

「銀騎を、ご存知なんですか?」

 

 永が警戒しながら聞くと、その感情を読み取ったのか珪はさらに笑って語る。

 

「そりゃあ、知ってますよ。雨都さんちの敵ですからね。ここに雨都を住まわせる時にも説明してもらったって話ですし」

 

 その話は確かに筋は通っていた。だが彼はそれ以上のことを知っていると永は肌で感じていたが、あえて表には出さなかった。

 

「そうですか。でも銀騎ではないと思います」

 

「ほう?その理由をお聞きしても?」

 

「──仕方ないですね」

 

 永はその安い誘導尋問に乗ってやることにした。

 

「僕らは銀騎とつい最近まで揉めていました。

 色々あったんですけど──当主の孫娘を救う手伝いを僕らがして、偶然ですけどライくんが鵺になったことで力を示し、銀騎が降参する形で僕らとは和解しました。

 今も銀騎の次期当主がバックアップしてくれていますから、この期に及んで僕らを害することはしないと思います」

 

 すると珪は腕を組んで更に永に注目した。

 

「へえ……興味深い話ですねえ。詳しくお聞きしたいな」

 

「お断りします」

 

 にっこり笑い返して永が言うと、珪は少し眉を顰めた後挑戦的な物言いで応えた。

 

「おや。銀騎と同盟関係にあるとはいえ、雨都は君達の恩人。そしてこの里は雨都の恩人のようなものだ。恩人の恩人がお願いしているのに?」

 

「雨都の方にならお話します。失礼ですけど藤生や眞瀬木の方と僕らはまだそんなに親しくないですよね」

 

 さらににこにこ笑って永がきっぱり断るので、珪も満面の笑みを浮かべていた。

 

 そのやり取りを見て、蕾生は星弥せいやはるかの口喧嘩の方が百倍マシだと怖気とともに思った。

 

「珪!いいかげんに黙りなさい!差し出がましいぞ!」

 

 ついに墨砥が叱責すると、珪はあっさりと引き下がった。

 

「申し訳ありません」

 

「珪ちゃんも我慢できなくて困った子ね。周防すおうさん、私に免じて許してやってちょうだい」

 

「はあ……」

 

 康乃ののんびりとした口調で毒気を抜かれた永は生返事で感情を持て余していた。そんな様子に梢賢はそわそわと落ち着かない。

 

「まあ、話のついでだから銀騎さんについての私の考えを言えば、銀騎さんはここの結界を発見してはいないんでしょうからこの件には関係ないと思うわ」

 

「その通りだと思います。次期当主も雨都についての現在の情報は持っていないようでした」

 

 永が頷きながら答えると、また珪が含み笑いをしつつ口を挟む。

 

「けれど君達は彼らのバックアップを受けてここに来たんでしょう?すでにこの里の所在は報告済みでしょうし──」

 

「それは、そうですけど……」

 

 困ったな、どう言えばこいつは大人しくなってくれるんだ、と永が考えていると、墨砥が更に激昂して怒鳴った。

 

「珪!」

 

 だが珪はそれを無視して侮蔑を含んだ声で言う。

 

「鍵を壊さずに普通の人間が入れますか?銀騎が式神でも使えば容易でしょう?あいつらの鵺に対する執着を、周防くんは甘く見ているのでは?」

 

「……」

 

 あまりに遠慮のない物言いに、永は衝撃とともに怒りを感じていた。こいつに銀騎の何がわかると言うのだろう。

 そして蕾生もその隣で激しい怒りを携えて珪を睨む。

 

「珪!!」

 

 怒鳴る墨砥の声は終いには掠れてしまう程だった。だが、そんな父の怒りなどどこ吹く風で、珪は薄く笑っている。

 

「珪ちゃん、言い過ぎですよ。年少者を煽るなんて関心しないわね」

 

 遂には康乃が諌めたことで珪はやっと頭を下げた。

 

「申し訳ありません」

 

 少しの静寂の後、柊達が呟くように言った。

 

「では、銀騎の可能性は薄いという彼の言葉を信じるとして、他に誰が──?」

 

 それにまたしても珪が挑発的な顔で答える。

 

「銀騎でないなら、後は──雨辺うべですかね?」

 

 それは爆弾投下にも等しい発言だった。柊達も橙子も楠俊でさえも、目を大きく見開いて珪を睨んでいた。

 

「珪!!お前はどういうつもりだ!もういい、出ていきなさい!」

 

 怒りで倒れるのではないかと思われるくらいに激昂する墨砥を他所に、康乃は大きな溜息をついて立ち上がった。

 

「もう結構です。話し合いにならないわ。今日はおしまい」

 

「御前!申し訳ありません!」

 

 墨砥の土下座も無視して、康乃は珪に冷たく言い放つ。

 

「珪ちゃん、しばらく藤生への出入りを禁止します。よく反省なさい」

 

 珪は無言で土下座した。

 それを一瞥した後、康乃は大広間を出て行った。

 

「橙子殿、この度は申し訳ない」

 

「いえ……」

 

 墨砥が頭を下げて謝るもその怒りは収まらないようで、橙子はずっと珪を睨んでいた。

 

「珪、帰るぞ!」

 

「はいはい」

 

 台風の目のような親子はそそくさとその場を退出した。








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