1-6 ちょっとだけ

「わかった。じゃあ、その放っておけない親子って話をどうぞ」

 

 長過ぎた前置きからついに本題に入れることで、梢賢しょうけんは再び元気を取り戻して話し始める。

 

「よくぞ聞いてくれはった!オレが気にかけてるのは雨辺うべすみれさんっていう綺麗なシングルマザーでなあ。双子の子どもがおんねん。あいちゃんとあおいくん言うてな、十歳なんやけど、これまた可愛らしくてなあ」

 

 形容がとまらない梢賢に、はるかはにこやかに釘を刺した。

 

「うん、個人的感情はいいから」

 

「んん──まあ、その菫さんがな、ちょーっと極端な人やねん。ちょーっとだけな」

 

「極端にぬえを信仰してる?」

 

「ちょーっとだけやねん」

 

 話を進めない梢賢に、永はにこやかにイラついた。

「それで?」

 

「それで、ちょーっと子どもに辛く当たるというかぁ……、過保護が過ぎるというかぁ……」

 

 よくぞ聞いてくれたと言った割に、梢賢の言葉は歯切れが悪い。どう言えば悪く思われずに済むかを懸命に考えているようだった。

 埒があかない永は思い切って言葉を選ばずに言う。

 

「なるほど。親が変な宗教にハマって不安定になり、家庭崩壊しかけてるんだね?」

 

「いや、そんな大それた話では!──ないというかぁ……」

 

 梢賢の歯切れの悪さはその親子に対する好意の表れだろう。良い状態ではないのはわかっているのに、そうであって欲しくないという希望を持っているからである。

 そういう感情を読み取った永は少し表現を緩めて言ってやった。

 

「わかったわかった。行き過ぎた鵺信仰をなんとかしたいってことでしょ?」

 

「せやねん!でもオレはそこまで鵺に詳しい訳じゃないから、専門家に頼んだっちゅーわけやん」

 

「専門家がいるのか?」

 

「やだもう、とぼけちゃって!君らのことでしょうが!」

 

「ええー……?」

 

 近所のおばさんの様な口調で蕾生らいおに笑いかけた梢賢だったが、当の本人には物凄い勢いで引かれた。

 

「僕らは別に専門家じゃないですよ。むしろ知らないことが多すぎるから、九百年経っても他人の貴方達を巻き込んでも、解決できないんじゃないですか」

 

 永がそう言えば、梢賢は困った顔で懇願する。

 

「そんないけず言わんといてや、君らしか相談できる相手が思いつかへんかったんよー」

 

「そんなこと言われても……」

 

 確かにこの話はサイドストーリーだと永は思った。

 自分達が関わるほどの物なのか、関わってもいいものなのか。鵺が関係しているにしても、見知らぬ他人の宗教に口出しするなんて死ぬほど面倒くさい。

 

「ただ、その雨辺という人が信仰している鵺については興味深いですね」

 

「あっ──」

 

 上手く逃げようと思っていた矢先に、鈴心すずねが真面目に受け止めたので永はしまったと思った。

 

「お、鈴心ちゃんは乗り気?」

 

「どんな風に雨辺には伝わっているのか、鵺をどう崇拝しているのか──もしかして呪いの解明のヒントになるかもしれません」

 

「ちょっと、リン!」

 

「?」

 

 永が小声で訴えても鈴心には通じなかった。それで仕方なく永も腹をくくるしかなくなった。

 

「まあ、確かに一理ある。鵺のことが曲がって解釈されているとしても、そこの情報は貴重だよ」

 

 すると蕾生が至極真っ当な意見を述べる。

 

「でもよ、その雨辺菫って人の問題は鵺とかじゃなくて、心の問題じゃねえの?子どもを虐待しかけてるんだろ?」

 

「虐待だなんてとんでもない!ただ、ちょーっと情熱が有り余ってしまっているというか……」

 

「その情熱が行き過ぎていつか虐待になっちまう前になんとかしたいんだろ?」

 

「う……、まあ……」

 

「そういうのは心理カウンセラーとかの仕事じゃねえの?」

 

 永がかつて望んだ話の展開に戻るかと思いきや、梢賢は尚も食い下がった。

 

「──そんなことはわかっとる。ただの振興宗教にはまってるんならその方がええやろ。けど、雨辺の事情は違う。鵺が絡んどる」

 

 結局、鵺が関係している以上は永達は無視することはできない。どんな小さな綻びが原因で深刻な事態になるかわからないからだ。

 避けて通れないならせめて自分の預かり知らぬ所で何かが起きることは阻止しなければならない。

 

「確かに。僕らとしても、一般社会に鵺の情報が漏れるのは避けたいね」

 

 蕾生が言う通りに、仮に雨辺菫をカウンセラーの元へやって鵺のことを口走られたらと思うと身震いする。永は溜息とともに今度こそ腹をくくった。

 

「だから、君らを頼るしかないんや……」

 

 梢賢はすっかりしょげている。大恩ある雨都うとの子孫がここまで思い悩んでいるならやはり手を貸すしかない。

 

「けど、僕らもカウンセラーの真似事なんてできませんよ。僕らを使って何か具体的な考えがあるんですよね?」

 

「そんなもんはない!」

 

「ええー……」

 胸を張って言う梢賢の態度に、永は早くもお手上げしたくなった。

 

「とにかく、菫さんに一回会ってくれへん?見た方が早い!そんで君らから見た彼女について意見を聞かせてくれ!」

 

 確かに、梢賢の話はいまいち要領を得ない。雨辺菫という人物の片鱗もその好意に邪魔されて見えてこない。

 

「頼む!御礼にウチにある鵺の文献とか全部見せるから!ウチの情報とか全部教えるから!」

 

 苦し紛れに提案されたものは、だいぶ魅力的ではある。

 鵺を忌み嫌っている雨都家からどうやって情報を引き出そうか永はずっと考えていた。

 梢賢の口約束だけでは頼りにならないが、もうここで承知しないと遠出してきた意味がない。

 

「わかりました。とにかく一度会ってみましょう。ここで話してても埒があかない」

 

「おおきに!ハル坊!!」

 

 喜ぶ梢賢を他所に、永は二人に確認をとる。

 

「ライくんもリンもそれでいいかな?」

 

「まあ、ここまで来て手ぶらじゃ帰れねえしな」

 

「御意のままに」

 

 話がまとまった所で、梢賢は元気よく立ち上がった。

 

「よーし!そうと決まったら行くで!」

 

 その拳に高額レシートを握りしめてはいるが、表情は意気揚々としていた。








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