第8話 エルの村

 エルに出会ってから三年が過ぎた。


 太郎はエルと共に彼女の集落で暮らしている。記憶がなく(自己申告)行くあてもない彼を慮ってくれたのだろう。美しいだけでなく優しさまで備えているなんて、ますます惚れてまうやろ!状態であったが…三年たった今も彼らの関係は進展していない。

 エルフたちの住処は、太郎のいた森の近い位置にあった。人数は数十人くらいの規模の小さな村である。彼らは長寿の種族であり村には数百年生きている者もいるが、そのほとんどが青年らしい年恰好で見た目だけで判断できなかった。


 太郎は、彼らの村で暮らす中で、この世界の知識をある程度学ぶことができた。存在する種族とその特徴。歴史や文化などの世界観。戦い方や魔法の存在などなど。何となくだが、RPGゲームの最初の村でのチュートリアルを済ませた様に感じいていた。


 だが、分らなかったこともある。太郎の転生の理由と、ドラゴンから人間へと変化したことだ。


 転生という概念はこの世界にも存在していたが、それは宗教的な信仰や風土的な教えに近く、事実として受け取られてはいないようだった。寓話で語り継がれる類の話で、その点は太郎のいた社会とそれほど違いはない。(残念ながらこの世界には異世界転生もののお話は存在していないようだが)


 ドラゴンから人間になる可能性について、それとなくエルフたちにも聞いてみたのだが、彼らの返事はすべて同じ

「ありえない。」だった。


 他の存在にみせかける「幻覚」や、相手を幻惑し思考を操る「魅惑」などの魔法は存在しているが、身体の構成を変化させ根本的に作り変える魔法など存在しないということだ。

 そもそもが、生物の頂点に立つべきドラゴンが、わざわざ下等な種族である人間に変化する理由がないのだ。


「じゃあ、あの魔法陣は何だったんだ?あれは魔法に間違いないはずだ。」

 エルと初めて会った時、発動した魔法陣…どういう経緯で発動したかは分らないが…太郎はドラゴンから人間へと変化したのだ。

 発動条件は何か?

 あの時太郎が思ったことは…「目の前の可愛い子と仲良くしたい!」だった。

 噂に違わぬ眉目秀麗さを誇る美男美女のエルフの皆さんには分らないだろうが、見た目に恵まれずモテない人生を爆走してきた太郎の気持ちなどは理解できまい!


 目の前の魅力的な女性と仲良くしたい!という、純粋(邪かも)な気持ちを神様がお聞き入れくださったのかもしれない。

 誰かが言ってたじゃないか、「願えば叶うと!」


「願いか…」願いが魔法の発動条件になったのだろうか?

 だが、あの時は、「人間になりたい」とは願ってはいない。では、なぜ?


 この世界の魔法は呪文と魔法陣が基本らしい。これらは魔法の発動における基本的な要素であり、重要な役割を果たす。秩序と構造、自然の力を理解し、魔法の効果を発現し操るための枠組み。

 術師や魔道具に込められた魔素をエネルギー源として、他の効果を及ぼす状態を実現する設計図となるのが呪文や魔法陣であり、それぞれ詠唱と記述が必要となる。


 太郎の願いで魔法陣が出現し魔法が発動したとするのであれば、呪文の詠唱もせず、魔法陣を描いたわけでもないので、この世界でも例外中の例外なことになるのだろう。確かに「ありえない。」のである。


 だが、それはあくまで例外であり、全くありえない訳ではないことを太郎は知っていた。事実、彼は経験したし、また、その辺りのヒントになりそうなことも聞いていた。


 それは、エルと太郎とこの村の長老だけが共有している事実だった。

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