へっぽこ王女が追ってきた。~ 追放したら大変なことになった? 色仕掛けで連れ戻す? そっか……
じゃん・ふぉれすとみに
第1話 辺境伯の追放
俺、レブロ辺境伯ドグラス・カッセルは嵌められ、追い詰められていた。
行われているのは裁判だ。
部屋は床も壁も天井も白い大理石で作られ、荘厳な雰囲気を醸している。
最奥に座るのは齢15の王女エリーサ・ルドラン、輝くような金色の髪と大きな青い瞳が印象的な、美しい少女だ。手に持つのは白銀の杖、王権の象徴たる至天杖。
その手前にいる猿顔の中年男性は大臣ヘルマン・ブラッケ。その他に高位の文官数人が部屋にいる。
硬い足音をカッカッとさせ、前に歩み出た文官が口を開く。
「先の対魔族遠征において、国庫から支出された資金の帳簿に不正な改ざんが加えられておりました。担当の文官は既に辺境伯からの指示で改ざんした事を認めております。詳細は事前にお伝えした通りでございます」
完全に冤罪だ。そのような指示はしていない。それに文官も辺境伯家の家臣ではなく大臣が派遣した人員だ。
「事実無根です。そのような指示はしておりません」
「辺境伯、お見苦しいですぞ。巨額の横領、証拠は上がっているのです」
大臣ヘルマンが穏やかな笑みを浮かべて言う。
大臣は王が病に臥せているのをいい事に王女エリーサに取り入り、国を好き勝手にしている人物だ。嫌われ者だが権力はある。
「そもそも彼は一時的に派遣されただけの人間、私の不正な命令に従う理由もありません」
「一時的としても部下は上司に逆らえるものではないですぞ辺境伯。特に場所は戦場です。司令官の不評を買えばどうなるか……」
諭すように、大臣が言う。嫌味ったらしい言い方だ。
「何にせよ、そのような指示はしておりません。当家は資金に困ってなどおりません、横領などする理由もない」
虚しい反論だ。証拠はでっち上げられ、既に勝負は付いている。
「どうでしょうな? 金はあればある程良いものです」
正直、脇が甘かった。政治に、貴族の派閥抗争に無関心過ぎた。
無理もない事ではあった。レブロ辺境伯家は精強な魔術師部隊を有し、武力に優れる。派閥争いなどに加わらなくとも安泰だったのだ。
むしろ中立でいるべし、そう父には言われて育った。
それが魔族の小規模な侵攻に際し遠征を終えて帰ってきたら冤罪で告発、見事なまでに証拠が揃っていた。
ゴマすりだけの無能な大臣だと思っていたが、謀略の才能はあったようだ。
今とて、その気になれば手はある。レブロ辺境伯家は単独でもフィーナ王国を相手に十分戦えるのだ。
内戦の戦火で祖国を焼く覚悟さえすればだが……。
「何を言われようと、私は真実を述べるのみです。改ざんの指示はしておらず、横領もしておりません」
「現に帳簿は改ざんされ、それにより浮いた金貨1000枚は辺境伯へ送られていたのですぞ」
「まるで作られたような綺麗で分かりやすい証拠です。横領は事実無根であり何者かの陰謀です」
「話になりませんな。王女殿下、ご判断を」
大臣に促され、王女エリーサが口をひらく。
「あ、はい。えっと、えっと、横領は事実と認定します。ドグラス・カッセルさん、貴殿を国外追放とします。辺境伯はバレント・カッセルが引き継ぐこととします」
何だかオロオロした声で、棒読み。だが内容としては嫌らしい裁定だ。俺は奥歯を噛みしめた。
バレントは俺の従兄弟だ。俺は未婚で子供も居ない。もし俺に何かあった場合に辺境伯を引き継ぐのは、順番的に彼である。
辺境伯家を潰すとか、大臣の息のかかった者に継がせるとかであれば、国中の貴族が大反発する。王家に勝手を許し過ぎれば明日は我が身だ。
しかし、この処置だと個人的犯罪に対し代替わりを命じたのみ。辺境伯家そのものは尊重している。
加えて、バレントは人格も能力も問題ない。魔術師としての才能はなく、カッセルの血統に受け継がれる固有魔術も使えないが、領民は安心して任せられる。
内戦は躊躇わざるを得ない。
「お考え直し下さい王女殿下。バレントは固有魔術を有しておりません。私が居なくなれば、辺境伯家の戦力は低下します」
「くどいですぞ。そのような理由で放免としては強い魔力を持つ者は何をしても良くなる。秩序が崩壊する」
大臣が言う。自分で濡れ衣を着せてこの言いざまだ。俺は大臣を睨み付ける。大臣の顔には余裕の笑み。腹立たしい。
「で、では、これにて終了とします」
王女が宣言し、俺の追放が決まった。
◇◇ ◆ ◇◇
国外追放の決定を受けた10日後、俺は馬車に揺られ国境付近へと連行されていた。馬車の中には俺の他に監視の兵士が2人、無表情で座っている。
バレントへの引き継ぎは済ませた。彼なら統治面は問題ない。
家臣達は怒り、悲しみ、泣いていた。戦争を口にする者もいたが、やはり内戦は避けたかった。
気掛かりは対魔族、バレントは『統合魔術』が使えない。辺境伯家の戦力は実質的に大きく下がることになる。
とはいえ近年魔族の大規模な侵攻は起きていないし、たぶん大丈夫だろう。
それに、もう追放される身、悩んでも仕方あるまい。父が早死し若輩の身で領地を継いで以後、必死にやってきたがそれも終わりだ。
「到着しました」
馬車が止まり、監視の兵士が言う。
馬車の扉が開けられた。
立ち上がり、外へ出る。
茶色い景色が広がっていた。
ここは隣国ヴェステル王国との国境、ベトルゴ平地。広大な無人地帯だ。
岩と土ばかりの荒地、空気は土っぽく、草も疎らに生えるのみ。
俺が降りると馬車は再び走り出し、引き返して行く。
だんだんと馬車は小さくなり、視界から消えた。
独りだ。風の音しかしない。
さて、感傷に浸っている訳にもいかない。まだ死ぬつもりはない。
国外追放された以上、隣国に行くしかない。水筒に携行食、その他諸々荒野を踏破する為の最低限の装備は持っている。
太陽の方向を確認し、俺は歩き出した。
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