第14話「元カノ――ヴィクティム――」


「あそこの店だ夏純、周りは無視しろよ?」


「う、うん……ねえハル? なんか慣れてない?」


 さすがの夏純も初めての町、しかも歓楽街は怖いようで俺の腕を掴んで離れないでいた。正直、離れないで助かった。この街の空気は独特で何が有るか分からない。


「ここに来るのは初めてじゃないしな、先月も二、三回は来たし」


「えっ……ま、まさか……私以外と……」


 そんな話をしながら目的地に到着した。そこは先日、仕事を請け負った蛇王会の幹部である八岐さんの経営する飲食店『JKパラダイス』だった。


「なに……この店?」


「依頼人の経営してる店だ」


 店内に入るとモワッと甘ったるい独特な香りがした。女性特有のフェロモンのような強烈な香りが充満し中の店員の女性は全員はだけた女子高生のような恰好で給仕をしていた。そう、ここは違法風俗店だ。




「いらっしゃいませ~、えっ?」


「あらら、カップルでなんてチャレンジャーね?」


「って……LBくんじゃない、久しぶりね?」


 店内に入ると顔見知りのお姉様方に囲まれた。この店は基本的に二十歳以上しか働いておらず見た目が若いが全員ちゃんと成人している。そんな女性達をJKつまり女子高生の恰好でサービスさせている店だ。


「どうもレナちゃん、沙樹さん……えっと、君は?」


「先月からの新人で菊理で~す」


 ほわんとした感じの胸の大きい女の子が笑みを浮かべていたから思わず谷間に目が吸い寄せられた。だが次の瞬間、腕に痛みが走って正気に戻る。


「目の前で浮気はダメだよ?」


「いや、これはそのぉ……悪い夏純」


「夏純って……じゃあ貴女がLBくんがいつも話してた子か」


 そう言って夏純がジト目で見て来るが俺たちの会話に反応したのはレナちゃんだった。二年前からこの街に来て昨年からこの店で働いてる将来のエースだと八岐さんからは聞かされている女性だ。


「え? ハル、何してたの? ここで……」


「バカ、俺の名前を出すな!! 家で言ったろっ!!」


「……LB君の名前ってハルって言うんだ?」


 こういう時こういう場所では偽名が基本だ。目の前のレナちゃんだって源氏名だし他の二人も偽名なんだと思う。


「レナちゃん、これはオフレコで、それより今日も八岐さんに呼ばれてるんだ、場所いつものとこ?」


「うん、なんか他にも人が来てるから急いだ方がいいよ~?」


「分かった、ありがと……また今度来たらお酒くらいは入れるから」


「ありがと、飲むだけの相手だからLB君は気楽なのよね~」


 そう言って投げキスしてくれたが、それを見た夏純が本格的にキレそうなので店の奥へと向かった。奥のスタッフルームでは既に春日井さんと八岐さんが待っていた。

 二人に挨拶すると八岐さんの指示で部下が外に出て室内には俺たち四人だけになった。どうやら本格的に密談らしい。




「その子が、お前の女かLB?」


「……まあ、そんなとこです」


 隠し事は出来ないし、これくらいの情報なら既に向こうが独自に掴んでいるだろう。だけど単純に俺が言いたくなかった。


「えっと名前言っちゃダメなんですよね?」


 そう言って夏純は春日井さんを見て言うが当の春日井さんの返答は違った。


「そうだね、でもこの部屋だけは大丈夫。むしろ逆に隠し事は難しいよ」


「そう言うこった俺は八岐 二朗ってもんだ。蛇王会っていう組織の渉外担当だ」


「鴨川さんも自己紹介を頼めるかな?」


 外の下っ端や嬢達は正直、少しも信用できない。金次第で情報を売るだろうし逆に、それを利用する事も有るからだ。だが、このメンバーは違う。組織の中核そして会長直属でそれぞれが重要なポジションの人間だ。


「はい、鴨川夏純です。ハルの恋人で護衛でっす!!」


「可愛い護衛さんだ、その器量なら俺の店で働いてもらいたいくらいだ」


「嬉しい申し出ですがハル以外とはそういう事しませんのでお断りします」


 ニッコリ笑うが目だけは笑っていない。そういえば中学くらいから夏純はこんな目をするようになった。


「怖い怖い、にしても、オメーが一度も店で女を抱かなったの、この怖い嬢ちゃんがいたからか?」


「いや、別に、そういう訳じゃ……」


「えっ!? そうなんですか、ハル良かった~、聞いて下さいハルって昔から悪い女に引っかかってばっかで私が居ないとダメなんです!!」


 夏純が大喜びして抱き着いて来たが恥ずかしい。実際、俺は自分の能力が原因で人と深く繋がらないようにしていたが、心のどこかで夏純以外とは肉体関係になるのが嫌だったのかもしれない。


「そういうの良いから、それで本題は?」


「いや実は今の鴨川さんの話は、あながち的外れじゃないんだ。実は二人に会ってもらいたい人が居るから来てもらった」


「春日井さん? 俺達に会ってもらいたい人って?」


 春日井さんが連れて来ると言って席を立つと隣の部屋に繋がるドアを開けた。そこには頭からスッポリとシーツのような白い布を被った人物がいた。そして春日井さんから説明を引き継いだ八岐さんが口を開いた。


「一ヶ月前に、こことは違う俺が世話してる店に入った女なんだがよ……例のTDの罹患者だ」


「ううっ……ああっ……」


 被った布の奥からくぐもった声が聞こえた。どうやら女のようだ。そしてTDという事は恐らく中毒症状が出ている相手だろう。


「君たちは知っているはずだ、彼女の事をね……」


 そう言って布を取られた相手は女だった。黒髪だがボサボサで伸び放題というのが俺の印象だ。だが春日井さんの言う事が分からない。俺はこの女に見覚えは無い。


「うっ、ああっ!? あ、ああ……」


 だが俺と違って向こうは反応していた。更に夏純がジーッと女の顔を見て考え込んだ後にハッと気づいた顔で呟くように言った。


「ん? あれ? まさか……白鳥……秋楽あきら?」


「は? 秋楽って……あの秋楽、なのか?」


「うん、ハルが高校の時に……二股かけられてた……あの白鳥秋楽だよ」


 だが俺の知ってる元カノとは程遠い。目の下は隈だらけで当時の陸上部に居た彼女の快活さと最後に見た意地の悪い顔とも違う廃人のような姿で何より言葉がまともに喋れていなかった。

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