1-4 今話せないようなことなの?

 犯人を見つけるためには情報収集が必要だが、夷月が封筒を掲げて「これ俺の机に入れたの誰」なんて聞いた日には大惨事になってしまう。ただでさえ夷月に取り入ろうと様子をうかがっている人間はたくさんいるのだ。全く関係ない人間を犯人に仕立て上げるアホもいるかもしれない。

 あまりに目立って話が両親にいっても困る。呪いの手紙をもらったと知ったら両親は心配するに違いない。


 となると周囲に気づかれないように情報を集めなければいけないわけだ。スパイみたいでワクワクするとはしゃぐ夷月に幽霊は呆れた視線を向けて、「僕、そろそろ帰るね」といって姿を消した。


 幽霊は来るのも唐突だが帰るのも唐突だ。幽霊が一体どこに帰っているのか気にはなるけれど、追いかけても華麗にまかれて迷子になるだろう。壁は通り抜けるし、宙に浮くのだ。本気で追いかけたって追いつけるわけがない。


 それでもいつかは挑戦してみたいが、今は呪いの手紙の方が優先だ。それとなく女子の会話に耳を澄ませながら学校を終え、家に帰った夷月は犯人候補の洗い出しを始めた。探偵にでもなったみたいでドキドキする。


 気がつけば夕飯の時間になっていた。お手伝いさんに呼ばれて気がついた夷月は慌ててダイニングへ向かう。


 両親は忙しい。特に父は会社の経営やら一族の揉め事処理やらで忙しく動き回っている。母も父のフォローに忙しい。

 それでも夕食はできるだけ一緒にとるのがルールだった。家族が揃うこの時間が、夷月は一番好きだ。


 リビングのドアを開けるとすでに父と母が席についていた。父はお誕生日席と言われる位置、その左隣が母で母の向かいが夷月だ。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 夷月が挨拶しながら席につくと両親は穏やかな笑みを浮かべて答えてくれる。こうした瞬間が夷月は好きだ。愛されているという実感が湧く。

 両親と一緒に過ごす時間が少なくても自暴自棄にならないのは、短い時間に愛さていると実感できるから。上機嫌で夷月はならんだ料理を見つめる。今日のご飯も美味しそうだ。


 パンにスープ、メインは分厚いステーキ肉。新鮮なサラダと一般的な家庭に比べればずいぶん贅沢らしいメニューが並ぶ。

 といっても夷月には食べなれたものなので新鮮味はない。美味しいことはわかっているが、CMで見かけるジャンクフードが食べてみたい。今度こっそり行ってみようかとバレたら怒られることを考える。


「夷月、最近学校はどうだ?」


 考え事をしながら食べていると父、響に話しかけられた。響は今より夷月の雰囲気が落ち着いて、そのまま大人になったような顔立ちをしている。よくある羽澤顔だ。羽澤家の人間は本家筋の者ほど老いにくいという特徴があるためもうすぐ五十代だというのに二十代でも通用する容姿をしている。

 その年齢不詳な外見が昼間に話した幽霊と重なった。幽霊も羽澤顔だ。やはり身内なのだろう。


「ふつー」


 本当は呪いの手紙について話したかったが、話したら心配するだろうから飲み込んだ。呪いの手紙を見てニコニコしている幽霊が少数派だとわかっているが、今はあの対応が嬉しい。退屈すぎる日常を輝かせてくれるものを危険だからと取り上げられたくはない。


「友達とは仲良くやってる?」


 母の咲が話題に入ってくる。こちらも息子がいるとは思えない若々しい容姿をしている。大和撫子を連想させる落ち着いた雰囲気はまさに良家の娘といったところで、こんな大人しそうな女性からよく自分のような子供が生まれたものだと度々不思議に思う。

 大人しそうと実際に大人しいかは話が別なのだが、周囲にそう見せかけるだけの理性と知性、教養があるのは確かだ。

 夷月にとって自慢の母である。


「やってる、やってる。今日もドラマの話で盛り上がった」


 事実は盛り上がるクラスメイトの話を適当に聞いていただが、そこまで言う必要はないだろう。まともに話す友達がいないと知れば両親は心配するに違いない。


「そう……」

「それは良かった」


 しかし、夷月の嘘はバレているらしい。二人とそれ以上踏み込んでは来ないが、心配を無理やり笑顔で押し込めたような顔をしている。


 羽澤家は面倒くさい。金と権力が集まる場所というのは欲望やら策略やらも引き寄せてしまうらしく、羽澤家もその例に漏れず混沌としている。そうした家で生きていると自然と嘘を見抜く力が身につく。

 というか、身についた人間しか生き残れない。

 羽澤家当主、そしてその妻。一族のトップにいる二人が嘘を見抜けないはずがない。

 まずいと思ったけれど詳細を聞かれても困る。ここは適当に話を流そうと、夷月は話題をいくつか頭に思い浮かべて、そういえばと口を開いた。


「ねー、二十七年前に八歳くらいで死んだ子って知ってる? たぶん、羽澤の子だと思うんだけど」


 話題そらせればいい、ワンチャン幽霊のことがわかればラッキーという軽いノリで聞いた質問は、予想外の効果を発揮した。

 曖昧なほほ笑みを浮かべていた両親の顔が驚愕に変わる。すぐさま顔色を取り繕って、何もなかった風を装ったがもう遅い。一瞬浮かんだ表情は、なんでお前がそれを知っているのだと不審がるものだった。


「誰から聞いたの?」


 咲が整いすぎていっそ恐ろしい笑みを浮かべてこちらを見る。完全に尋問モードだ。そんな怖い顔されるような質問だったのかと、内心冷や汗を流しながら答えを考える。

 死んだ本人から聞きました。なんて素直に答えた日には、病院に連れて行かれるに違いない。せっかく学校がおもしろくなってきたのに入院、監禁コースは勘弁だ。夷月は表情筋を必死に動かして、何でもない顔を作りながら首をかしげた。


「知らない子が廊下で噂話してたんだけど、ヤバい話?」

「……うーんまあ、いろいろとね」


 少しの間を開けてから咲は曖昧な笑みを浮かべながら答えた。笑顔がこれ以上聞くなと言っている。せめてヤバい話かどうかにだけは答えて欲しかった。ハッキリ答えないという時点でヤバい話なのだろうが。


「……知らない子っていうのは羽澤と繋がりのある子か?」


 黙っていた響が探るような視線を夷月に向けてくる。咲だけでなく響までもが話に乗ってきたあたり、本格的に不味い。夷月は内心の焦りを表に出さないように意識しながら、いかにも思い出してますという様子を装って、唇に手を当て天井を見上げる。実際は噂していた学校の人間など存在していないので、思い出す記憶などない。無駄に良い笑顔で頭上をグルグルまわり、こちらの目を回そうとしてきた幽霊を思い出したが今は関係ない。


「クラス違うし、話したことない子だからわかんないなあ。もしかしたら繋がりあるかも。外に広まったら不味い噂なの?」


 羽澤家は有名だけあって噂話も根も葉もない嘘から本当のことまで幅広い。その一つ一つに反応していてはキリがないのでいちいち気にしない。わざわざ出所を確認するということは、聞き流せない何かがあるということだ。

 じっと両親の反応をうかがう。夷月よりも長く生きただけあって被った仮面は完璧だ。仮面を被っていることは分かるのに、どんな表情を隠しているのかは分からない。


「……そうだな。夷月も来年は高校生だし、そろそろ話してもいいかもな」


 響の言葉に咲が驚いた顔をした。何かを言いかけて口をつぐむ。意見としては反対だが響の考えも分かるという所だろうか。

 両親の様子に夷月は首をかしげる。二人ともやけに真剣な雰囲気だ。何気なく話していた幽霊の正体がヤバめな可能性に、夷月は内心冷や汗を流し始めた。普通に話が通じるし、死んでいるとは思えないほど明るいし、見た目が子供だから忘れていたが、幽霊という時点でおかしいのだ。退屈のあまりすっかり受け入れていた。お祓いとかした方が良かったのかもしれない。


 ここは正直に幽霊が見えてというべきだろうか。響も咲も頭ごなしに否定はせず、真剣に話を聞いてくれるはずだ。夷月は決意を固めて響に向き直る。そんな夷月の決意に反して響は真剣な表情で何かを考えており、夷月の変化に気づかない。


「父さん?」

「ちょっと時間をくれ。あとで時間を作って説明する」


 響はそういうと真剣な顔をしたまま立ち上がる。いつもだったら夷月が食べ終え、部屋に戻るまでのんびりしているというのに、テーブルの上には食べ終えていない食事が残っている。


「響くんったら、考え事し始めると周りが見えなくなるんだから」

 咲がそういってため息をついた。響が食べ物を粗末にするとは思えないから、あとで戻ってくるか、咲が部屋に持って行くだろう。


「今話せないようなことなの?」

「そうね……ちょっと気持ちの整理がいるわね」


 咲は困ったように笑う。その表情は作りものではないと分かるだけに、夷月の心臓は不自然に動く。気持ちの整理がいる説明って一体何なんだ。


 幽霊の姿を思い出す。壁やら天井から突如現れては夷月を驚かし反応を見て笑う、いたずらに生きがいを感じているような幽霊である。見た目が可愛い子供の姿をしているだけで性格は悪い方だと思うし、死んでいるにしては楽しそうで、死んでいるという事実を忘れそうになる。

 そんな幽霊のことを夷月は何も知らない。夷月の前に現れない間、どこで何をしているかもしらないし、思えば名前すら聞いたことがない。


「名前、聞いたら教えてくれるのかな……」


 小さな呟きに咲が不思議そうな顔をする。「何でもない」と答えながら夷月は幽霊のことを考えた。

 そもそもあの幽霊は、どうして夷月の部屋にいたのだろう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る