第11話 おしおきは香ばしい
俺の家が繋がったダンジョンは、《青き森の先駆け》という名前だとネビルが説明してくれた。その名前の由来は、足取りの軽いザインの案内で地下1階に到達した時に分かった。
地下2階から1階に続く階段を登り切ると、まだ地下のはずなのにどこまでも抜けるような青空と、それを覆い隠そうとするかのように伸びる鬱蒼とした森が広がったのだ。
「はぁ~……。ザインの言う通りだったな。どうなってるんだあの空。実際には天井があって、空があるように見えてるだけなのか?」
「魔法を飛ばしたことあるけど、天井は無かった」
と、ネビルが右手の親指を立てて答えた。異世界にもあるんだなサムズアップ。
「元々は、未開の森だったんだよこのダンジョン。発見されたのは20年くらい前で、それから色んなギルドの人達が協力し合って森を切り開いて、探索して、1年かけてやっと地下2階への階段を見つけたんだって。ほら、あの森を真っすぐに貫通している大通りも、冒険者達が開墾したんだよ」
メイシャンが感動まじりに早口で解説する。多分、メイシャンはこういう冒険者の歴史系オタクなんだろうな。メイシャンが指差す方角には、車が2台横に並べそうな幅の長い通路が遠くに見える階段の入り口まで続いていた。
「こういう所の樹って、切られたら切られたままになるものなのか?」
「フフ、良い所に気が付いたね。ここを切り開き始めた頃、1日誰も開墾作業をしない日があったんだ。次の日、冒険者は信じられない光景を目の当たりにした。さあ、何があったんだと思う?」
ふふんと得意げにメイシャンがクイズを出して来た。自分の唇に人差し指を当てて小悪魔的な表情だ。ボーイッシュスレンダーな外見だが、
「木の位置が変わっていたとか?」
「あー、惜しいね。そういうダンジョンもあるらしいけど、ここの場合はまるっきり開墾前の状態に戻ってたらしいんだ。それからというもの、必ず1日に1回は誰かがこの階層に来ることにしてるんだよ」
「すごいだろう?テルヒコ!こういうのを聞くとワクワクしないか?」
得意げに話すメイシャンの隣にザインが立って、子供みたいな目を俺に向けて来る。カブトムシ見つけた小学生かお前は。
「すごいというか不思議だな。どういう理屈なんだろうな?」
「ね、不思議だよね。世界は不思議に溢れてる!だから――」
「「冒険者ってやめられない」」
メイシャンとザインがハモる。ふふっと嬉しそうに笑うメイシャンと、だよなーと少年のように共感して笑うザイン。
こいつら何歳なんだか知らないが、本当に子供みたいだな。ザインなんか俺より背が高いしガタイも良いのに、戦う時以外は男の子って感じだもんなぁ。
「ま~、こんなザインがリーダーだからさ~。メンバーも一癖二癖ある冒険女ばっかってわけですよ。ネビルは遺跡オタクで、マイアはブレイブ狂信者、メイシャンは冒険オタク。唯一の常識人がアタシってわけ。ま、悪いようにはしないからさ。大人しく着いてきて下さいな」
「ちょっ!アイシャさん!?テルヒコ様に変な事を吹き込まないで下さい!」
大人しく着いてきて下さい……ね。それが、女の子達の中では唯一俺の戦う所を見てなかったアイシャから出てくる所を見ると、本当にこのパーティーのしっかり者らしい。
圧倒的武力を持った部外者を軽くけん制って所かな。そんな心配なんて必要無いんだけどなぁ。
俺は二度と戦う気なんか無いんだから。
ダンジョンを抜けると、そこには踏み固められた街道が通っていた。ダンジョンの前には大きな看板があり、2軒の宿屋と小さな露店がいくつか並んでいた。
ダンジョンの前で準備する冒険者狙いの商売ってわけか。
売り手の外見は様々で、獣人やエルフ、ハーフフットのような小型の人間もいる。
実に異世界っぽい王道ファンタジーの面子だ。
「「「「「「ッッッ!?」」」」」
ザインのパーティーメンバー全員が同時に緊張感で喉を引きつらせたような音を出した。ちりっと、右半身から熱気が押し寄せてきたのを感じて振り向くと、赤髪でオークみたいにガタイの良い女がロングマントを風に靡かせ、こっちに向かってずんずん歩いてくるのが見えた。
熱は、その女から立ち上る怒気を含んだ真っ赤なオーラから流れてきたものだった。その腰までありそうな赤髪は熱気にあおられて天に向かって立ち上り、静かながらも明らかな怒りを刻んだ顔は般若を思わせた。
「ににににに、逃げ、逃げなきゃコロサレル」
ネビルがオークに囲まれた時ですらしなかったような真っ青な顔でガタガタ震えだす。逃げなきゃと言いつつも、体は竦みきっていて足も生まれたばかりの小鹿のようだ。
「ひぃぃっ!!逃げられるわけないですぅ!もうおしまいですぅ!」
「い、今こそ新作マジックを試す時……かな?」
「バカッ!アンタ冥府何周するつもりなの!?逃げたり反抗した奴らの事忘れたの!?」
1人だけ受け入れようとしているように見えるアイシャも、足は完全に逃げる方向に向いていた。
「……それでもテルヒコなら……テルヒコなら防げるんじゃ……」
[白金の盾]メンバー全員が縋るように俺を見るが、残念!俺は既に距離を取っている。だって、明らかに狙われてるのはこいつらだし。俺には矢印向いてないように感じたから、その時点で遠ざかる事にしていたんだ。
\_,、_人_,、_人_,、_人_,、_人_,、_人_,、_人_,、_人_,、_人_,、_,、_/
≫あんたらッッッ!!!そこを動くんじゃないよッッッ!! ≪
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薄情者ォ!と言いたげな5人の前に、とうとう赤髪のオーガが辿り着き、そのごっつい手を5回振り上げた。
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≫ ドゴォ ≪
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≫ドゴォ ≪
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≫ドゴォ ≪
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≫ドゴォ ≪
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≫ドゴォ ≪
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男女の差を一切感じない容赦の無さで、拳を胴体に叩きこまれたザイン達は高々と空中に跳ね上げられた。頂点に達した所でその体から炎が吹き上がり、十字の形に広がり、磔になったザイン達が炎によって拘束されたのが見えた。
うわーとかぎゃーとか言ってる。よく見てみると、肌が火傷になったり治ったりを繰り返しているのが見える。流石に炎そのものに炙られた痛みとは思いたくない。
殴られた時に舞った誰のか分からない吐しゃ物が燃えてチリになって降り注ぐ。わぁ、こっち来んな。ちょっと香ばしい香りがするぅ!!
空中に5つの炎の磔が完成した所で深く息を吐いて、女は俺にゆっくりと向き直った。その顔は、さっきまでと違い不服そうだが穏やかな顔をしていた。
「こいつらが世話になったね。そういう顔をしてるよ。あんた、どこのギルドの……ん?」
と、赤髪の女傑が怪訝な顔をして目を細めた。顔中も筋肉ですって顔をしていて、実に迫力がある。女傑は俺の服装を上から下までじろじろ見た後、首をかしげた。
「あんた、冒険者じゃないね?でも、妙な気配をしている。強そうだ。アダマンタートルみたいな気配だね……」
これはきっと変に隠したところで見抜かれる気がする。少なくとも、ザイン達より口が軽い立場の人間じゃない事は、服装の材質でなんとなく分かった。
「はい、俺は冒険者じゃありません。ザイン達は、俺を”異郷の民”と呼んでました。それで察して頂けると助かります」
「……異郷の!?そりゃまた………いや、分かったよ。重要なのは、うちの連中があんたに世話になったってことだ。うちのギルドの名に懸けて、恩を仇で返すわけにゃあいかないよ。詳しい事はギルドに戻ったら聞かせておくれ」
良かった。さっきも雰囲気だけでこっちの関係性を見抜いた事と良い、良識もあるし空気の読める人だ。
「あたしは、[黄金龍の息吹]のギルドマスターでティアマ=トール。ティアマって呼んどくれ。あんた、名前は?」
「テルヒコです。多分こっちの名前の並びだとテルヒコ=アマツって事になると思います」
「そうかい、テルヒコ。まずはそのくすぐったい敬語をやめとくれ。うちの連中は田舎モンでね、敬語を聞くとかゆくて仕方ないんだよ。いいかい?」
と、ごつい右手を差し出してくる。握手か。そういう風習がこっちにもあるんだな。
「……はぁ、田舎には変わった病気が流行るんだなぁ。分かったよティアマさん。色々と知らない事だらけだから、よろしく」
そう言ってティアマのごっつい手を軽く握り返すと、ティアマは一瞬驚いたような顔をして手を引いた。
「こいつらを追いかけてきて良かったよ。最初はサブマスターが行くって言ってたんだけどね、あいつじゃ手に余る。さて、帰りは騎竜だ。あたしとあんたくらいは乗れるさ。ついといで」
ティアマが動くと、空中に浮かんだ5つの磔も寄り添うように移動した。見えないけど、ティアマと繋がってるんだな。
つまり、俺とティアマがその騎竜とやらに乗って、ザイン達はギルドに着くまでずっと磔のままなのか。全員分の移動手段を確保しなくて良いって便利だな――と、時々5人の口から漏れるうめき声に相応しいだけの痛みを無視しながら、俺はティアマの後を追った。
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