第十七話「魔物料理」

 それからしばらくして夜になった。

 ジャックとミシェルは夕食のために食堂を訪れていた。

 だがそこには他の学生も大勢おり、なかなか注文することができない。


「腹減ったなぁ……腹減ったなぁ……」


 ミシェルは先程からそればかり言っていた。


「そういえば、ここの食堂では魔物が名物らしいですよ」

「ま、魔物!?」

「ええ。なにしろアルフォナの森は魔物の生息地として有名だそうでして。グラブリンワームとか、ペリクルムリザードとか。魔物料理は安いですし、貧乏な学生から人気があるそうです」

「おいおい、そんなモン本当に食えるのかよ……」

「味は美味しいと評判だとか。せっかくですし、二人で半分ずつ食べてみませんか?」

「いや、俺は遠慮しておくわ」


 と、顔をしかめるミシェル。

 ジャックが魔物料理の話題を振ったのには訳があった。


(あんなこと引き受けちゃったけど、どうしようかなぁ……)


 話は昨日まで遡る。

 ジャックとシエラは新生活を前に、オカマの宿で雑談をしていた。


『魔物料理ですか?』

『ええ。グラブリンワームとか、ペリクルムリザードとかも食べれるらしいわよ』

『それって人間が食べていいものなんですか?』

『見た目は悪いけど、味は美味しいと聞くわ』

『は、はぁ……』

『どう、気にならない?』

『まぁ少しは……』

『でしょ!? そこでなんだけど、明日試食してきてくれないかしら?』

『え? 僕がですか?』

『そう、それで味の感想を教えてもらいたいの。もちろん食事代は私が出すわ』

『いや、お金の問題じゃなくて……』

『ダメかしら?』


 シエラは瞳をうるうるさせてジャックを見つめていた。

 だが、こんなことで流されてはダメだ。

 魔物料理なんか食わされて無事に済む保証はない。


(よし、ここはきっぱり断ろう)


 と、意気込んでいたジャックだったが、


『はぁ、分かりましたよ……』


 美少女が懇願する姿には勝てなかった。


『ほんと!? ありがとう!』


 シエラの喜ぶ姿は輝いて見えた。


(あぁ、僕の馬鹿……)


 ジャックは頭を抱え、心の中で嘆いていた。

 こうして、現在に至ったわけである。

 とはいえ、やはり一人で魔物料理を食べるというのは気が引けるものだ。

 本来であれば、ミシェルと半分ずつ食べたかったのだが。




 注文してから待つこと10分。

 ようやく料理が完成した。

 そして、二人はそれらを自分たちの席へと運んだ。


「ひゃー! うまそうだなー!」


 ミシェルは口からよだれを垂らしていた。

 彼が注文したのは、パンとシチュー、それにロバ肉のステーキ。

 ずいぶんと豪勢である。


「初日からそんなにお金を使っちゃって大丈夫なんですか?」

「あぁ、全然気にしてなかったな……。まぁなんとかなるだろ。ハハハハ!」


 ミシェルは呑気に笑っていた。

 こういう場合、大抵どうにかならないのが落ちである。

 嫌な予感しかしない。


「ところで……それ本気で食うつもりか?」


 ふと気づくと、ミシェルが顔をしかめて何かを見つめていた。

 その視線の先には、ジャックが注文した魔物料理が置かれていた。

 魔物料理にもいくつか種類があったが、そのうちの『グラブリンワームのソテー』とやらを注文した。

 鮮やかな青色をしており、まったく食欲がそそられない。


「……食べなくちゃダメですか?」

「君が注文したんだろ……」


 ジャックの問いかけに、ミシェルは呆れた顔をした。


(クソッ! こうなったら、3、2、1で口の中に!)


 今更じたばたしたところで逃げられない。

 もはや腹をくくるしかなかった。


「い、いざ! 3、2、1!」


 と、ジャックはグラブリンワームにかぶりついた。


「うっ……! ……ん?」


 すると、ジャックの動きが止まった。

 ミシェルは心配そうな顔をして見つめる。

 果たして、その味はいかに。


「お、美味しい……!」


 ジャックは予想外の味に驚いた。

 ぷりぷりの食感で、濃厚な甘みが口いっぱいに広がってくる。

 その見た目からは想像できないほど美味しかったのだ。

 値段も他の料理と比べたら、かなり安い。

 これなら貧乏な学生から人気があるのも頷ける。

 すると、ミシェルが怪訝そうな顔をしていた。


「マジで美味いのか……?」

「ええ! ミシェルさんも騙されたと思って食べてみてくださいよ!」

「い、いや、俺は……」


 ミシェルは相変わらずためらっていた。

 とその時、何やら生意気な声がした。


「やめておけ。それは貧乏人の口にしか合わん」


 その声の方を向いてみると、そこにはセドリックが立っていた。

 三人の女子生徒を子分のようにして引き連れている。

 たしかセドリックは生徒会長を務めていると聞いた。

 となると、彼女たちも生徒会の役員なのだろうか。


「ねえ見て、魔物料理なんか食べてるわよ」

「やだー、気持ち悪い……」

「ああいうの生理的に無理なんですけどー」


 女子生徒からの蔑むような視線が痛い。

 すると、ミシェルが席から立ち上がり、怒りを露わにした。


「おい! なんなんだてめえらは! 初対面のくせして失礼だろうが!」

「あ? 貴様、誰に向かって口を利いてるんだ?」

「てめえこそ何様のつもりなんだよ!」


 激しく睨み合うミシェルとセドリック。

 次第に、周囲がどよめき始める。


(まずい! なんとかしないと!)


 ジャックは急いで止めに入った。


「よしてください、ミシェルさん!」

「だが……」

「この方はセドリック・ローレル様、帝国の第二王子なのです!」

「帝国の……第二王子だと……?」


 途端に、ミシェルの目の色が変わった。

 そして、彼の顔はみるみるうちに険しくなった。


「……悪い、ジャック。先に食べててくれ」

「え? あぁ、はい……」


 ミシェルは突如として、その場から立ち去った。

 なんだか歯を食いしばりながら俯いていた。


(やはり、リエ村の一件か……)


 おそらくセドリックが王族であることを知って、記憶が蘇ってきたのだろう。

 ミシェルの王族に対する恨みは、思っていたよりも強いのかもしれない。


「俺の身分を知った途端にとんずらするとは。大した腑抜けだな」


 と、鼻で笑うセドリック。

 そして、今度はジャックの方を向いた。

 目つきが鋭く、明らかに不機嫌そうな顔をしている。


「この前の模擬戦ではよくも恥をかかせてくれたな」

「いえ、そんなつもりは……」

「まぁいい。今度こそは格の違いというものを見せつけてやる。俺を敵に回したことを後悔するんだな」


 セドリックはそう言い放つと、その場を後にした。


「フン! この貧乏人が! 覚悟しておきなさい!」


 三人の女子生徒も彼の後に続く。


(厄介な奴らを目を付けられたな……)


 この様子だと、今後も一悶着ありそうだ。

 そう考えるだけで胃が痛くなってくる。

 何はともあれ、今はグラブリンワームが冷めないうちに食べておこう。

 シエラに味の感想も伝えなければならない。




 ついに明日から入学だ。

 『ジャック・ハリソン』となった彼に一体何が待ち受けているのだろうか。

 ジャックの学校生活が、いよいよ始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る