第七話「謎の魔石」

 行く当てもなく、へろへろになって逃げ続けるジャック一行。

 とにかく館から離れることしか頭になかった。

 そんなこんなしているうちに、気づけば謎の洞窟に辿り着いていた。

 ここは一体どこなのだろうか。

 ジャックはその場で足を止め、耳を澄ませた。

 暗闇の中に水が滴る音が鳴り響く。

 そのほかに音はしない。

 とりあえず、追っ手と思しき気配はなかった。


「ふぅ。ここまで来れば、もう大丈夫でしょう」


 ジャックは安堵の表情を浮かべた。

 だがそれにしても、じめじめとして暑苦しい。

 額から汗がだらだらと流れてきて、目にも入ってくる。

 ジャックは袖で顔を拭った。


「ダァー! これ以上は動けん……」


 フランクは心の奥底から溜め息をつくと、尻もちをつくようにして座り込んだ。

 するとシエラも疲れ果てていたようで、弱音を吐き出した。


「ねえジャック。私もう歩けないわ……」

「さすがにそうですよね……。では、ここらで少し休みましょうか」


 ジャックは思い切って休むことにした。

 こんな状態のフランクとシエラをこれ以上無理やり歩かせるわけにもいかない。

 それに、ジャックの体もとっくに限界を迎えていた。

 さらに依然として追っ手の気配がないのであれば、今こそ休む絶好の機会だろう。




 それからまもなく、フランクが魔術で火をともした。

 すると火は空中にふわふわと浮かんでいき、辺りをぼんやりと明るくした。

 なんとも便利な魔術である。

 三人はその火を囲うようにして座った。


「いやぁ、やっぱり灯りがあると落ち着くもんだなぁ! フハハハハ!」


 フランクはすっかり元気を取り戻し、腕を組んで高らかに笑った。

 だが、その顔はなんだか引きつっているようにも見えた。

 これにジャックは愛想笑いを浮かべた。

 一方のシエラは無言で浮かない顔をしていた。

 すると、フランクはそんな二人を見るや否や、肩をすくめて溜め息をついた。


「まぁなんだ、呑気なこと言ってる場合じゃねぇよな……」

「ええ。私たちはこれからどうすればいいのよ……。てかここがどこなのかすら分かってないじゃない!」


 と、声を荒げて不安を口走るシエラ。

 ジャックはそんな彼女に温かい視線を向けて、「まあまあ」となだめた。

 だが、たしかにシエラの言う通りだ。

 これからどうすればいいのかも、ここがどこなのかも見当がつかない。

 考えれば考えるほど、頭がこんがらがっていく。

 とはいえ、遅かれ早かれこの洞窟から出なくてはならない。

 ジャックはそのためにどうするべきかを考えることにした。


「何はともあれ、まずは外に出るための作戦を立てることにしましょう。いつまでもここでジッとしているわけにもいきませんし。ですよね、フランクさん?」

「あ、ああ……」


 ジャックの問いかけに、フランクはなぜか神妙な面持ちでバツが悪そうにしていた。

 つい先程まで元気そうだったのに、一体どうしたのだろうか。


「フランクさん……?」


 すると突然、


「二人ともすまなかった! 許してくれ! この通りだ!」


 と、フランクがジャックとシエラに土下座してきた。


「ちょ、お父さん!?」

「いきなりどうしたんですか!?」


 これにはジャックもシエラもひどく戸惑った。

 そんな二人に構うことなく、フランクは話を進める。


「知らなかったとはいえ、俺はとんでもないものを兄ちゃんに渡してしまった。こうして二人が追われる身になったのも全部、俺の責任だ……」

「どうか頭を上げてください。デミオンがくだらない言いがかりをつけてきたからこんなことになったのです」

「そうよ! あの生意気なクソガキが……」

「その生意気なクソガキだってこの魔石に殺されたんだぞ!」

「……」

「…………」


 声を震わせるフランクに、二人は何も返すことができなかった。

 事実、このディメオとかいう魔石はデミオンを残虐に殺したのだ。

 それも人の手を借りず、まるで自らの意思を持っているかのように。


「ですが、なぜこの魔石は独りでに魔術を発動できたのでしょう。そんなことってあるのでしょうか」

「それは俺にも分からん。ただ一つだけ言えることがあるとすれば、こいつから尋常じゃない魔力が溢れ出ていたってことだ」

「……魔力がですか?」

「ああ。それもただの魔力じゃなかった。何かこう、得体の知れない念のような……。俺の魔眼が反応していたからやばいものには間違いねぇ」


 フランクは眼帯に覆われる右目を指さした。


「得体の知れない念……?」


 当然、ジャックはそんなことを言われてもピンとこなかった。

 それどころか、謎が深まっていくばかりである。


「となると、鍵を握るのは父上か……」


 ジャックはそう呟くと、謁見の間での出来事を思い出した。

 ディメオに気づいた途端、肘から先がない右腕を押さえ始めたサム。

 彼は恐怖におののいた顔を浮かべていた。

 おそらくディメオについて何か知っているのだろう。

 ディメオには一体何が隠されているのだろうか。

 ジャックは怪訝そうな顔でディメオを見つめた。

 すると、シエラが口を開いた。


「とにかく、お父さんが気に病む必要なんてないわ。だから今はこれからどうするのかを一緒に考えましょ?」

「シ、シエラ……」


 フランクはシエラの優しさに感動したらしく、瞳をうるうるさせていた。

 その様子を見たジャックは、


「へぇー、意外と優しいところもあるんですね」


 と、一言。

 途端に、シエラの目つきが鋭くなった。


 ズゴーン!!


 気づけば、ジャックは空中に吹き飛ばされていた。

 シエラの足が彼の顔面を目がけて大きく振り上げられたのである。

 彼女の得意技なのだろうか。


「ったく、どういう意味よ!?」


 シエラは腰に手を当てて、むすっとしていた。

 床に倒れてピクピク動くジャック。

 これにフランクは額に手をやり、溜め息をついた。

 とその時、洞窟に誰かの足音が響いてきた。

 しかもそれはジャック一行にどんどん近づいてくる。


「まさか追っ手か!?」

「ど、どうするのよ!?」

「どうすると言っても隠れる場所が……」


 三人はどうすることもできず、息を呑んでその方向を見つめた。

 ジャックは杖を強く握り締めて身構える。

 やがて、暗闇の奥から人影が浮かんできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る