第48話 ヌル……いつのまに……

 事の発端は防衛大臣の国会答弁だった。

 先日のコークリ・シベリア侵略戦争により、防衛庁より追加予算の申請があり、そこに記載された第4の白ゴジ、イワンの関係支出について防衛大臣が答弁していた。


「4番目の白ゴジであるイワンの管理施設として、これだけの設備費と人件費を必要としています。まあ、今回の対応は、結果として併合した南サハリンを対象としたものであり、やむを得ないものだと認識しています。」


 少し間を開けて、野党の議員はつづけた。


「その後で誕生したドライとフィアも国民の支持を集めており、これで6頭の白ゴジを保護していることになります。」


 ここまで肯定しかしていない。


「さて、今後も白ゴジの出現は予想されており、当然ですが大和以外の海域に出現した場合に、我が国に支援を求められることは明白であります。その際には我が国での保護頭数を増やすのかどうか、防衛大臣の考えをお答えいただきたい。」


 これは俺も気になっていたことである。

 正直に言って、スタッフ的には現状で手一杯だといえる。

 出現すれば、俺の家族が出向くことになり、その間は竜宮のスタッフが減ってしまうのだ。

 魔法士だって、災害対策もあるし、竜宮だけに関わっているわけにはいかない。


「お答えします。まず、保護するのかどうかの線引きは、人間をエサとみているかどうかだと考えています。そのうえで、保護すべき対象であれば保護すべきと考えており、これは世界の多くの方も望んでいることだと考えています。」


「大変ご立派なお考えだと思います。ですが、保護頭数が増えた場合、我が国の負担は跳ね上がります。対応可能なスタッフの人数も限界に達しており、エサにしている豚やイノシシも必要になります。この先はデメリットが膨らむばかりで、メリットはないと思いますがいかがでしょうか?」


「環境大臣の折笠でございます。環境庁としての見解をお話しいたします。

スタッフの件につきましては、今後防衛庁と調整しながら、竜宮へ要員を派遣し、増員を検討している最中でございます。それから、メリットについてですが、現在、卵殻やその他の残存物、白ゴジの血液や細胞を採取して医療や産業への活用を検討しております。

具体的に申し上げますと、白ゴジの驚異的な再生力に着目しており、どうやら再生を促す特別な酵素らしきものを見つけました。

この場での詳細な発表は控えますが、少なくとも再生医療は一歩先に進むことができたと聞いております。」


「厚生大臣の立川です。今の環境大臣の発言に関連して報告させていただきます。

話に出てきた酵素、仮に再生酵素としておきますが、これの具体的な研究のため、琉球本島と竜宮に研究施設を作る計画が進んでいます。

医療の立場から見れば、白ゴジは資源の宝庫と考えられます。

最近採取した血液からは、免疫機能に優れた細胞や、複数の核を持つ細胞が見つかっています。

厚生庁の見解としても、白ゴジのもたらすメリットは計り知れないと申し上げます。」


「ですが、白ゴジに対するリスクはあまるにも大きい。特に、制御できなくなった時に、どう責任をとるつもりですか!」


「防衛庁の見解をお答えします。白ゴジの脅威は、シールドですべて解消できます。現に、対応にあたっているスタッフは常にシールドをかけており、ご指摘のリスクは解決されているものと認識しております。」


「それならば、一般の国民による、白ゴジの見学も可能ということですよね。」



 こんなやり取りがあって、防衛庁は白ゴジの公開を決定した。

 ただ、白ゴジへの影響を最小限に抑えることを条件にしたため、施設での公開ではなく琉球本島からのクルーズという形をとり、乗客は乗船時にシールド魔道具の使用を必須とされている。


 このツアーは東京からの往復航空券込みで2泊3日25万円という割高の料金設定がされている。

 クルーズだけの場合は、3時間で3万円である。

 このうち50%は白ゴジたちのエサ代に充当される。

 休日ともなれば200人を超える観客が乗船するため、週に500万円以上の収入源となり、これは豚150頭に相当する。

 ちなみに、豚肉の50%は輸入であり、うちで仕入れている冷凍の豚はアメリアとガナダ産が多い。


 クルーズのコースは、白ゴジたちの散歩コースでもある事から、白ゴジとの遭遇は確実なものとなっている。

 こいつらに芸を仕込むつもりはないのだが、なぜか人の感情を感じ取っており、人の喜ぶ行動を選択することが多い。

 つまり、船と並走しながら愛嬌をふりまいたり、派手なアクションで水しぶきをあげるのである。

 ちなみに、ブレスの使用は禁じてあるので大丈夫だ。


「なあ、ハイジ。」

「なあに?」

「あれは誰だ?」

「えっと、あっヌルだよ。」

「ヌル?」

「うん、この間アンジーが連れてきたの。」


 ヌルとは数字のゼロのことらしい。

 完全な成体ではなく、ヨーゼフ達と同じくらいのサイズだった。

 他と見分けられるのは、少し緑がかった色をしている。

 ハイジによると、海藻が好きで食事の半分は植物性らしい。

 

 ヌルに基地で出た野菜くずや少ししおれたものを与えると、とても喜んでくれた。

 特に好きなのはキャベツだが、ゴーヤの苦味は苦手だった。

 キャベツを20玉くらい口に放り込んでやると、シャコシャコと嬉しそうに食べている。

 そして、この食生活は血液や細胞にも違いが現れていた。


 俺たちはドライとフィアにも植物食を併用して与える事にした。



 久しぶりに防衛庁のライブ依頼がきた……サヤカに。


「本日は、竜宮から神宮寺紗香がお届けいたします。」 


 髪型は、最近お気に入りの姫カットで、デニムのショーパンに白のTシャツだ。

 背中には”国防命”と漢字でプリントされ、左胸にはsayakaと筆記体の刺繡が入っている。

 サヤカの個人的な趣味ではなく、用意されたTシャツだ。


 Tシャツの下には、黒のセパレート水着を着ている。

 

「今日紹介するのは、このドライ君とフィアちゃんなんですが、なんと最近やってきたヌル君に影響されて、二匹も野菜を食べるようになったんです。」


 サヤカは半分に切ったキャベツを右手に持ってカメラに向けてくる。

 当然だがカメラマンは俺だ。


「さっき八百屋さんから届いた普通のキャベツです。」


 そういいながら葉を一枚剥がして海水に浸してシャキシャキと食べ始める。


「最近お気に入りの食べ方です。海水の塩味が絶妙なんですよ。」


 そんな事を言うとドレッシングのメーカーから苦情が入るんじゃないかと心配になる。

 そこへ、フィアが乱入してキャベツを欲しがってくる。


「キャッ……もうフィアったら。マテ!」


 フィアがキューッと寂しそうな声を出して首を垂れて座った。

 ドライもその横に座って、期待を込めた目でサヤカを見上げている。


「よしよし、お利口だね。」


 二匹に対して順番にキャベツを食べさせる。

 サヤカに撫でられながら嬉しそうにキャベツを頬張る二匹をアップにして映してやる。


 少しの間、砂浜で戯れたあとでクルーズに備える。


「そろそろお客さんが来るから準備しよう。」


 サヤカがTシャツとショートパンツを脱ぎ捨てて水着になる。

 黒地のノースリーブで、蛍光イエローの細いラインが入っている。

 下はラインのない黒の無地だった。


 露出は少ないが、サヤカの引き締まったボディーラインが際立っている。



【あとがき】

 草食竜……無害そうに見えるんですけどね。

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