第40話 ロバイからの脱出は計画的犯行だったんじゃないかと疑われた

-ママ!-


 ヨーゼフから受けるのはイメージであり、言葉ではない。

 だから、俺のボキャブラリィになのだろうか?

 だが、自分が母親を何と呼んでいたのか記憶はない。

 という事は、ハイジのイメージが影響しているのだろう。


 ヨーゼフが意識を向けた先に、白い航跡が見えた。

 あそこに母親がいるのだろう。


 俺はヨーゼフを静かに着水させ、マンボウに戻った。


「喜んでる。」

「ああ、そうみたいだな。」

「兄弟も一緒。」

「よかったな。……お前が泣くことはないだろ。」

「だって……。」

「ほら、このオジちゃんはそういう優しさに鈍感だからね。」

「……。」

「みんな、お腹空いてるって。」

「じゃあ、残っている羊を奮発しちゃうか。」


 倉庫に残っていた羊14匹を、60度に過熱して投下してやると、3匹の嬉しそうな感情が流れてくる。


「ハイジ、人を襲わないのなら、俺たちの国で暮らさないかって伝えてくれるか?」

「うん。」


 ハイジは目を閉じて集中している。


「うん。一緒にくれば、今みたいなお肉を食べさせてあげる。……そうだよ、子供たちも一緒……。」


 俺にもイメージが伝わってくる。

 この3匹は穏やかな性格みたいだ……というか、これまで討伐した個体にそんなことを気にしたことはないが。


 3匹の合意を得た俺たちは、シンガプーラまで飛び、肉を調達した。

 インディアなどのヒンズー教圏では肉食に対する禁忌があるからだ。

 事前に防衛大臣を通じて話を通してもらったおかげで、スムーズに60匹分の豚肉を調達する事ができた。

 母親のアンジーには俺が乗り、ヨーゼフにサヤカ、兄弟のネロにはハイジが乗っている。


 海岸から数百メートルの位置に着水した俺たちを見るために、海岸には大勢の見物人が押しかけ、近くまでヘリが近寄ってきた。

 営業スマイルを浮かべて手を振ってやる。


 正直なところ、アンジーたちが興奮してしまわないか不安だったが、3匹共に穏やかな感じだった。

 60匹の豚を60度に過熱して食わせてやると幸せな感情が伝わってくる。


 食事が終わったら、琉球の海軍基地近くの無人島まで7時間のフライトだ。

 途中で日が落ちたものの、速度を落として北上する。

 暗くなってからはマンボウが先行し、レーダーを頼りに飛んでいく。


 無人島はもともとの名前があったのだが、海軍の中では竜宮と呼ぶことになったらしい。

 夜の静かな海に柔らかく着水する。

 白ゴジは海の底で眠るようだ。


 海軍では300匹の豚を調達して運搬中だという。

 明るくなってから確認すると、島の周囲は崖に囲まれており、南側だけが砂浜になっていて上陸が可能だった。

 ここから資材が運び込まれ、緊急で建設が始まっている。

 海軍からの連絡では、生活エリアと冷凍倉庫。それに伴う発電設備とヘリポートが作られていく。


 俺は防衛大臣に呼ばれて東京へ移動した。

 会議室には大臣のほかに、軍の幹部が揃っていた。


「ご苦労様。まあ、、今回の動きは予想できなかったよ。」

「実は、白ゴジとのコミュニケーションを確立したのは僕じゃなく、ハイジ……アーデルハイド・ヤーマンなんです。」

「うん、その可能性は考えていたよ。だが、動画を見ていると、君と神宮寺君もコミュニケーションをとれているように見えるんだがどうかね?」

「僕とサヤカも彼らの感情は感じられるようになってきました。でも、細かい指示まで出せるのはアーデルハイドだけなんですよ。」

「ふむ。ロバイから白ゴジを連れ出したのは計画的だったのかね。」

「どこまでコミュニケーションをとれるか分からなかったので、アーデルハイド次第ではありましたね。でも、確かに計画はしていました。」


「ロバイからそこへの追及はないのだが、連れ出した子供に対する所有権は主張しているよ。まあ、突っぱねてはいるし、世論は君たちの味方をしてくれているから助かっているのだがね。」

「ありがとうございます。こんなとんでもないアイデアを受け入れてもらって感謝しています。」

「いや、国にとってもメリットの多い事案だからね。これで、EEZ内を白ゴジが巡回すれば、コークリの違法操業はなくなるだろう。」

「そのためには、エサを切らさないようにしてもらわないといけませんね。」

「そこは任せてもらおう。イノシシの買取体制もできたし、運搬用の船も建造を始めたところだ。肉を解体する必要もないから、各自治体からも好評だよ。」

「今、ハイジがサメは食べてもいいけど、哺乳類はダメだって教えているところです。うまくいけば、サメの被害も減ると思いますよ。」


「それは頼もしいね。それで、そのアーデルハイドの件なんだが……。」

「ダメなんですか?」

「交換条件として、シールドと飛行魔法に関する情報と、制御システムを提供しろと言ってきている。もちろんシールド魔道具も含めてだ。」

「そんなものでハイジが来てくれるなら喜んで提供しましょうよ。僕たちの私的な感情を抜きにしても、彼女の存在意義は大きいですよ。」

「そのようだな。安心してくれ、システム系の調整も終わっている。三日後に調印する予定だ。名目は魔法に関する相互協力と人的交流についてだがな。」

「ありがとうございます!そうなると僕たちは竜宮に住まないといけないですね。」

「ああ。一般的な家というわけにはいかないが、三人で暮らせるだけのスペースやアーデルハイドの教育なども手配させてもらおう。」


 俺は開発チームと打ち合わせをして小型の飛行&潜水艇を作ってもらうことにした。

 6人乗りのワンボックスカー規模で、シールドを使うので気密性はそこまで求めない。

 推進力もフライトを使うので必要ない。

 あとはレーダーとソナー搭載で酸素を発生できればいい。


「問題はそこなんですよね。現在の技術ではマンボウに搭載された核融合炉が最小のもので、これを乗用車サイズに組み込むのは難しいと思います。」

「電気分解が無理となると、圧縮酸素を使うしかないんですね。」

「そうですね。乗用車レベルだと、数分で二酸化炭素濃度が危険域に達してしまいますから……。」

「魔法でなんとかできないか考えてみます。」


 帰ってハイジの件を報告すると、サヤカとハイジは大喜びだった。

 

「明日は二人で休みをとって、町で買い物をしてくるといいよ。」

「三人で出かけられないのは残念ね。」

「まあ、残念だけど仕方ないよ。多分、そのうちに解決策が見つかるさ。」


 マンボウの搭乗員にも交代で休暇を与えている。

 最悪の場合は、俺一人でもマンボウを動かせるので残っている人数が少なくても問題はない。


 翌日、サヤカとハイジはウキウキしながら出かけて行った。

 俺はヨーゼフ達と留守番である。

 朝食を与えたあとで、アンジーに乗って散歩をする。

 ヨーゼフとネロもあとからついてくる。

 イルカの群れが近くを通ったが、あれは食べないというアンジーの意思が伝わってきて嬉しくなった。

 漁船の近くを通った時も同じ感じだった。


 これなら大丈夫かな。

 漁船に手を振ったら、驚いた顔をされた。

 GPSで自分たちの位置はわかる。

 それに、時速30km程度では、遠出もできない。

 せいぜい100km出て戻る程度だ。

 それでも、往復で6時間かかってしまう。

 

 例えば、宮古島まで出かけると200km以上だから、往復すると12時間以上だ。

 そうか、遠出したい時は、飛んでいくか船にエサを積んで出かけるしかないのか……。



【あとがき】

 白ゴジとの共同生活がスタートした。

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