第12話 さあ、真冬の誕生パーティだ
さて、白ダニ殿下の誕生パーティの当日となりました。
わたしは魔術師っぽいイメージの赤い色の細身のドレスを着て、その上から黒色のケープを羽織り、更には赤と黒のとんがり帽までかぶってみた。
黄色い髪は、リボンで括って帽子で見えないように隠す。
やっぱり色の印象って強いと思うから。少しでも外見からイーディス的要素を減らしたい。あともう一つ、別の理由もあるけどね。
黒っぽいアイラインを入れて、目の形をくっきり大きく見せる。この世界にアイライナーとかはなかったから、油脂とロウと木炭を混ぜて作ったんだけど、まあ、今回しか使わないから、ちょっと変だけど、気にしない。
口紅は真っ赤。
チークも入れて、美少女のイーディスの顔を、わざと少しアンバランスにする。
悪役令嬢的キツめメイクとか、魔術師風……というか、ハロウィンの魔女みたいだけど。
まあ、いいの。
イーディスの顔だけど、どことなく違和感を感じるっていうふうに、わたしの顔に化粧を施した。ちょっとだけ変装? まあ、そんな感じ。
で、苦労して作った新聞紙製の空気砲には、銀糸で刺しゅうを施してあるビロードの布をかける。新聞紙ではなんか魔道具っぽくないから、ちょっと高級感を出してみたの。で、それを胸に抱くようにして持つ。そうして、アドウェール様と一緒にパーティ会場に向かった。
☆★☆
南の離宮で行われるダニエル第二王子の誕生パーティは、それなりに盛況のようだ。
冬という季節柄、招待されても欠席する貴族も多いらしい。自分の領地に戻っていたら、第二王子の誕生日とはいえ王都まで来るのも無理ってものよね。それでも、百人を超える程度には集まっているみたい。
来ているのは、第二王子の派閥の皆さんに、国王陛下と王妃様。ブランドン殿下。それからわざわざ隣国からやって来たと思しき一団……だとアドウェール様が教えてくれた。
んー、オレンジ髪のグウィリム王太子の顔はわかるけど、あとは誰が誰だかさっぱりわからない。
恰幅の良いおっさん、ええと、中年男性……髪量が、ふさふさ、普通、少な目の、三人。オレンジ髪の王太子の側に立っている。
もしかして、このうちの誰かがイーディスのお父さんかな~。わかんないな。
ま、寒い中、せっかくえっちらおっちら隣国までやって来てくれたけど、ここでサヨウナラよ。
せっかく白ダニ殿下が整えてくれた舞台。縁切りのために活用させていただきましょう。
アドウェール様とわたしは、ブランドン殿下の方へと進む。
さあ、始まりだ。
「おお、アドウェール。遅かったな」
「すみません、ブランドン兄上。エミリの支度に少々手間取りまして」
わたしは謝罪とばかりに頭を下げる。
「せっかくの第二王子殿下の誕生日ですから、余興などと思いましたが、準備が大変でした」
言いつつ、ちらりと白ダニ殿下のほうに視線を流す。
「余興?」
「ええ。わたしの生まれ育った故郷、日本の魔術です。この国や近隣諸国には魔術はないとのことでしたので、第二王子殿下への誕生日のプレゼントとして披露させていただければ面白いかなと」
ブランドン殿下に申し上げているというフリをして、その実、誕生パーティの会場に響くように、声を少し張り上げて、言う。
ざわざわと、周囲がざわめいていく。
「ニッポンの、魔術? なんだそれは」
ブランドン殿下が驚いたように声を張り上げるけど、仕込みです。
会場中の注目を、一気に引き寄せたわ。さすがブランドン殿下。
「ブランドン兄上。エミリ・イチノセの魔術は本当に素晴らしいのです。オレの従者のロイなどは、エミリ・イチノセの魔術を受けて、大興奮でしたよ!」
アドウェール様は、ちょっとセリフが硬いかしらね。で、でも、ちゃんとわたしをエミリだけじゃなく、フルネームで呼んでくれたから、オッケーです。わたしはイーディスではなくエミリだと、会場の皆様に印象つけられればそれでよし。
周囲の皆さまが「エミリ・イチノセ?」「ああ、あの計算具の」「魔術とはいったい……」などと、口々にボソボソ言ってくれている。
よしよし。
「故郷の日本で、でしたら、大きな魔術も展開できるのですが。ここフィングルトン王国では必要な魔導元素が少なくて。ですが、先日からこちらの魔道具に、わたしの魔道の力を込めておきました。第二王子王子殿下へのお祝い、十分に披露することができるでしょう」
魔導元素なんて、それっぽい単語も言ってみる。それが何とか問われても、困るけどね。テキトウに言っているだけだから。
「おお、それは楽しみだな。ダニエルっ!」
ブランドン殿下が白ダニ殿下を大声で呼んだ。
「……なんでしょうか、ブランドン兄上」
「我らが弟アドウェールの婚約者にして、ニッポンの魔導士エミリ・イチノセ嬢が、お前の誕生祝いとして魔導を披露してくれるとのことだ。良かったな、我がフィングルトン王国、いや、近隣諸国を見渡しても、実在の魔導師などおらん。素晴らしい誕生パーティになるだろう」
ブランドン殿下の上気したっぽい演技の声。
白ダニ殿下が返事をする前に、ずいっと、オレンジ髪のグウィリム王太子殿下が進み出てきた。
「お待ちいただきたい。その女は魔導師などではない」
ぐるりと周囲を睥睨してからわたしを睨む。
ふっふっふ。
予想通り出てきたわね、オレンジ髪。
「魔導など、子どもが読む物語の中ならともかく、現実にあるものか! そいつは我がラングトリー国の恥さらしにして、嘘つきな詐欺師だ」
はあ? 誰が詐欺師だ。いや、これからアンタに対して嘘はつくけどね!
わたしはオレンジ髪の王太子を睨む。
「まずその者の名はエミリ・イチノセなどではない。本当の名をイーディス・エミリィ・トラウトン。我が国から国外追放になったあと、このフィングルトン王国で詐欺を働いた悪女だっ! ダニエル・A・フィングルトン第二王子殿下よりの知らせを受けて、我々は、その罪人を回収しにきたのだ。詐欺師イーディス・エミリィ・トラウトン! ブランドン第一王子やアドウェール第三王子は騙せても、この俺やダニエル第二王子は騙せない。他国に迷惑をかけるわけにはいかんからな。国外追放は取りやめて、我が国の牢屋に入れてやる」
ふーん、そうきたか。お味方してくれている白ダニ殿下の株を上げつつ、自分の国へわたしを連れていき、更には牢屋にわたしを入れ、その後酷使する。
そういう筋書きを描いているのか。
「そうだぞ、イーディス。さあ、父が迎えに来てやった。これ以上罪を重ねるな。大人しく国に帰れ」
あー、恰幅の良いおっさんのうち、髪の毛の量が少ないのがイーディスのお父さんだったのか。
ふーん。
パーティの招待客たちがざわざわしだす。
招待客たちは、わたしが魔導士エミリなのか、それとも悪女にして詐欺師のイーディスなのか、判断が付かないのだろう。
わたしは馬鹿にしたように、言う。
「ねえ、あなた、誰? わたしのお父さんはあなたみたいに恰幅は良くないの。それにそっちの人も、初対面なんだから、名前くらい言ったら? もう一回聞くわ。あんたたち、誰? 初対面の人間を、いきなり詐欺師呼ばわりするって、すっごく失礼なんだけど? 常識ってもんがないの?」
「な、なんだと」
「なんだとじゃあないわよ。人違いしてるっていうのに。偉そうにべらべらと」
「人違いだと? その顔、間違えなくおまえはイーディスだろう」
「ちーがーいーまーすぅ。別人でーす! ああ、わたしから自己紹介した方が良いの? はじめまして、どっかのひと。イーディスなんとかっていう人に、何でか知らないけど、まちがわれているみたいなんだけど。わたしはエミリ・イチノセ。生まれも育ちも日本よ。生粋の日本人。イーディスなんとかって人とは別人よ」
グウィリム王太子たちに、言っただけで通じるとは思ってはいない。
だから、わたしは新聞紙製の空気砲をそっと構えた。
「魔導が嘘だと思うなら、いいわよ。その身でわたしの魔導を味わうがいい!」
言うや否や、わたしはイーディスのお父さんらしきおっさんめがけて空気砲を放つ。
「我が魔道、受けてみよ!」
間があくこと1、2、3秒。
周囲の皆さんが「なんだ?」と思った瞬間、薄毛のおっさんが「うわあああああ」と叫び、自分の顔の周りを手で払い出した。まるで顔に張り付いた何かを剥がすような手振り。気持ち悪そうに後ずさる。あらあら、ロイよりリアクションが派手ですこと。
「き、貴様っ! い、今、なにをした。か、顔に何かが触れたっ! なんなんだ、いったい何なんだ今のは」
魔導なんて、本当はない。
だけど、科学も知らない中世ヨーロッパ程度の文化レベルの知識しかない人の顔に、いきなり空気の塊なんて浴びせたら、そりゃあ驚くよねえと思いつつ、わたしは首を傾げる。
「あら、失敗してしてしまいましたわ。あなたのその髪、毟り取ってやるつもりだったのに。魔道の手で触れただけになってしまったわ」
残念とばかりにわたしは肩をすくめた。
「やっぱりこの国じゃあ魔道の元素が少ないのねえ。ねえ、もう一回試していいかしら?」
わたしは口角を上げて、ニヤリと笑う。イーディスはしないであろう表情。それを意識して作る。
イーディスのお父さんは、両腕で頭を隠す。
「や、やめろ」
「だって、嘘つき呼ばわりされるのは心外だもの。だから、もう一回やらせて? 今度は失敗しないわ。その髪、二度と生えてこないように、毛根から根こそぎ抜き取ってあげる。もっと魔導力を込めれば、あなたの髪の毛、半分くらいは毟れると思うんだけど。それとも、即効性はないけれど、十年くらい時間をかけて、だんだんと髪の毛が薄くなる『呪い』のほうがいい? 『呪い』のほうが簡単なんだけど」
わたしが何もしなくても、将来的に頭のてっぺんが、つるつるのピカピカになりそうな頭をしているけど。
まあ、だんだんと薄くなっていく毛を見て、わたしに『呪い』を掛けられたとでも思うがいい。
イーディスのお父さんは「ひいぃ」と声を上げて、この場から逃げ出した。
はっ、ざまーみろ!
イーディスが婚約破棄を告げられて、国外追放なんてされたというのに。守ってもくれない父親なんて、いらないわよっ!
「……流石に薄毛男性の髪を毟るのは、どうかと思うのだが」
アドウェール様は気の毒そうな顔で、イーディスのお父さんが逃げていった扉のほうを、遠い目になりながら眺めていた。
「えー、でも、そのくらいやったほうが、わかりやすいかなって。この会場にいる全員に魔導を体験して貰うには、わたしの魔導の力、足りないんですよ。感じるだけの見えない魔力じゃあなくて、この会場の皆さんにもはっきり見てわかることをしたほうがいいでしょう?」
「だからといって、髪が元々薄い者の、その残りわずかなものを更に毟るのは、誕生日には相応しくないと思うが」
ブランドン殿下が痛々しいと言わんばかりに目を伏せた。
「皆に見せるためと、それからダニエルへの誕生日プレゼントとして用意しておいたものがあるだろう」
アドウェール様も疲れたように肩を落としつつ言った。
「ああ、そういえば、そうでした。いきなり人違いされた上に、詐欺師扱いされたから、ムカついて頭から抜けてたわ。第二王子殿下への贈り物、準備しますから、ちょっと待っていてくださいね。そこのオレンジ髪も待っていなさいよ。わたしの魔導、あなたにも見えるようにしてやるから」
ロウソクが白ダニ殿下の年の数だけささっているケーキを乗せたワゴン。それを恭しく押しているサラと、サラの後についてきたロイが、今、イーディスのお父さんが逃げていった扉から、入ってきた。
ロイが歌う。
「はぴば〜すで~つーゆー、はぴば〜すで~つーゆー、はぴばーすで~ディア第二王子殿下〜、はぴばーすで~つーゆうううって、これ、なんの呪文ですかあ? 第二王子殿下への呪い?」
「いや、呪文でも呪いでもないわよ。わたしの故郷での誕生祝いの曲だって教えたでしょ?」
「いやあ、呪術の文言にしか思えませんって」
「そうかなあ? ま、いいや。さて、サラ。ロウソクに火をつけて」
サラは頷いて、順々にロウソクに火をつけていく。
「さてお集まりの皆様。ケーキにロウソクが灯りました。ケーキには近寄らず、そのまま皆様の位置から、ふうーっと息を吐いてみてください。ロウソクの火は消えるでしょうか?」
わたしはちょっと時間をおいてから、続けた。
「近寄らずに火を消すのは、もちろん無理ですね。わたしもここから、この位置から息を吐いて火など消すことはできません」
試しにケーキに向かって息をふうーっと吐いてみる。
ロウソクの火は揺らぎもしない。
「では、この魔導具を使ってみたらどうでしょう?」
わたしは新聞紙製の空気砲を両手で持ち、念を込めるように、「はーああああ」などと言いながら、わたしの息を空気砲に向けて吐いてみた。
「さあ、わたしはこの場から動きません。ですが、わたしの魔道の腕が、ロウソクの炎を消して見せましょうっ! さあ、皆様、ロウソクの火にご注目っ!」
言うと同時に、わたしは空気砲をポンと叩く。
すると……、半分ほどのロウソクの火が消えた。
おおおおお……っ! と、歓声が上がる。
「うーん、やっぱり、魔導の力が足りませんね。では、もう一度」
また、空気砲をポンと叩いた。
「はい、二度目にして、ようやく消えました。第二王子殿下、見えましたか?」
「あ、ああ……」
白ダニ殿下が目をものすごく見開いて、ロウソクを凝視している。
オレンジ髪は、あんぐりと口を開けたまま、固まった。
「お誕生日プレセントとしてどうでしたか? めったにない体験ができたのではないかと思いますが」
「あ、ああ……。魔導は、本当にあるのだな……」
「では、残り少ない魔力ではありますが、先ほど逃げた男性のように、直接魔導を感じてみますか? ああ、もちろん、毛を毟ったりはしませんよ。さすがにもう、そこまでの力は残っていないですし」
「害はないと……?」
「ええ、もちろん、魔導に触れるだけ、です。だって、今日は殿下の誕生日ですもの」
にっこり笑って、わたしは、白ダニ殿下の顔に向かって、空気砲を放った。
「お、おお……っ!」
白ダニ殿下は驚いたけれど、キラッキラして目でわたしを見てきた。
「こ、これはなんだ……っ! なにも見えないのに、ぶわっとしたなにかが、俺の顔に当たったぞ……。すごい、面白いっ! これが魔導の力かっ!」
わー……。子どもと同じような反応。そうよねえ、空気の塊なんかが当たったら、痛くも痒くもないし、面白いよね。あー、ブランドン殿下が言っていた通り、この人、いろいろ影響されやすいんだな……。もう、ブランドン殿下の下で、調教されればいいのに。
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