第15話 告白


 わたしはベルナールお兄様に転生前からこれまでのことを、どんどん話していった。

 まず、この世界で元々生きていたレベッカは、王太子殿下とのお見合いのときに殿下から暴行を受けて、本当は死んでしまったこと。

 その死んだレベッカの体に、憑依とか転生とかは本当はわからないけれど、別の世界で生きていて、そして転生の女神様のうっかりミスで死んでしまったわたしの魂が入ったこと。

 その転生の女神様に、ここは『悪役令嬢』レベッカが、婚約者である王太子に婚約破棄されて、王太子は物語のヒロインであるエーヴ嬢との真実の愛をつかむ世界だと教えられたこと。

 わたしが紙芝居で作ったのは、わたしが元々生きていた世界でよく知られている話で、それをこの世界に合わせてアレンジしただけなんてことまでも。

 これまでのすべてを、隠すことなくわたしは話した。

 ベルナールお兄様は、口を挟むことなく、わたしの言葉を真摯に聞いてくれていた。

「……だから、わたしは本当はレベッカではないんです。レベッカはご令嬢だし、し高位貴族の淑女だから、わたし、がんばって、淑女になろうとしてきたけれど。元々の別の世界で生きていたわたしは、戦隊ヒーローが大好きで、ご令嬢なんかではなく、パンチやキックや、ヒーローごっこ、それに曲に合わせてヒーローダンスなんかを踊ってしまう、どっちかというと、小さい男の子のような中身というか趣味というか、性格をしているんです」

「そう……か」

 長い話を終えると、ベルナールお兄様は、なぜだか「腑に落ちた」みたいな表情になった。

 そうして、わたしの頭をそっと撫でてくれた。

 労わるような、すごく優しい手だった。

「死んだ上に別人になったとは……。レベッカは、大変だったのだな……。ああ、そうだ。別の世界で生きていたというのなら、その世界の名前があるのだろう? 君を、今まで通りにレベッカと呼んでも良いのだろうか……」

「名前は……、別に。というか、もうわたし、一度死んで生まれ変わったつもりで、今はもう、わたしがレベッカにならなきゃって感じで。それよりお兄様……わたしの話を、信じてくださるのですか?」

「もちろんだとも。というよりも、納得した」

「納得……?」

「ああ。これまで、特に疑問を持つようなことではない、些細な不自然さを、いくつか感じていたからな……」

 もしかして、不自然さを感じていたからこそ、ベルナールお兄様は、この世界の強制力をあまり感じなかった……?

 うーん、わからないけど、そういうこともあるのかもしれない。

 単にわたしがいろいろしてきたことの結果、影響力を逃れたのかもしれないけど。

 その辺は、仮説は立てられても、本当のところはわからないのだろうな。

 女神様に聞いたら教えてくれるかもしれないけど……。

 そこまでして聞きたいようなことでもない。

 だって、もう、わたし、レベッカとして生きているんだから、原因を追求したってなにも変わることはないでしょうし。

「そもそも、私とレベッカは従兄妹同士だとはいえ、以前はそれほど頻繁に顔を合わせていたわけではなかったのだが……」

 ああ、そうなんだ。

 わたしがレベッカになる以前の記憶がないから、そのあたりはわたしにはわからないのだけれどね。

「以前のレベッカは、傲慢とまでは言わないが……少々、いや、だいぶ……我がままに過ぎていた」

「え、そうなんですか?」

「私のこともな、従兄とはいえ、三男など、何の役にも立たないし、そのうち家を出されて、文官なり商人なり他家に婿に行かされるなりするのだから、見下されている……とまではいわないが、仲良くしていても益はないと思われていた……と思う。今のレベッカとはまるで異なるだろう?」

 なんだと⁉ ちょっと待て、死んだレベッカ。あなた、そういう女だったの……? お兄様が役に立たないだと⁉

 ふざけんな、レベッカ。ちょっと、いや、だいぶイラっとしたわよわたしっ!

 お兄様は素晴らしい男性よっ! 

 相手を見る目を養えっ!

 あー……、乙女ゲームの悪役令嬢だから、性格に難ありって感じに設定されていたのかなー。

「だから、私がこの家の嫡男になると言われて、やってきたとき……。以前のレベッカからなにをどう言われるかと、内心戦々恐々としていた。たかが三男でしかない男が、侯爵家を継げることになるとは実に運がいい……程度は嫌味っぽく言われる覚悟はいていたよ。まあ、レベッカはそのうち王太子妃として嫁ぐだろうから、それまでそれなりに当り障りのない付き合いをしていればいいか……と、わたしのほうも、最初は思っていたのだが」

 え、そうだったんですか、お兄様……。

「やってきてみれば、レベッカには以前の記憶がないというし。そのために、性格も多少変わったのかと思っていたのだが。ああ、正直に言えば、私がこの家を継ぐから利用価値があるというか、懇意にしていたほうが良い……という考えのもと、兄妹仲を深めてきたのかとも疑った。だが、違った。今のレベッカは、本当に心から、私を兄として慕ってくれているのだろう」

 わたしは何度も頷いた。

 はい、大好きですお兄様。

 以前のレベッカは知らないけど。わたしは本気でベルナールお兄様が大好きだ。

「兄として、妹として過ごした時間はまだ長くはない。だが、私はレベッカの兄として過ごしてきたこの期間がとても楽しかった」

「わたしもです」

「ずっとこのまま、レベッカと、父上と母上と、この屋敷で過ごしたいと願うほどにね」

「わたしも……です、お兄様。ずっとずっとこのしあわせが続けばいいなって、毎日毎日願っていました……」

「だからレベッカ。私にとっては以前のレベッカではなく、今のレベッカが……とても大事なんだ。マイレイディ。私にとっては、今のレベッカが、ダンスを申し込みたくなるような、そんな淑女で……最上の貴婦人だ」

「お兄様っ!」

 思わずわたしはベルナールお兄様の胸に飛び込んだ。お兄様の背に、手をまわしてぎゅっとしがみつく。

「大好きですっ! 大好きですベルナールお兄様っ!」

 ベルナールお兄様の言葉は、わたしの厭世的な考えや虚脱状態を、一気に吹き飛ばしてくれた。

 ああ……好き。

 やっぱり好き。

 ブラック様と似ていて違うベルナールお兄様。

 ブラック様がわたしにとっての「推し」だとしたら、ベルナールお兄様に対する気持ちはやっぱり「恋」だ。

 マイレイディ。その言葉が嬉しい。

 最上の貴婦人。わたしのこれまでの淑女であろうとした努力をベルナールお兄様は認めてくださっているのだ。

 わたしが、レベッカでいることを、許してくれているのだ。

 嬉しくて、ベルナールお兄様にぎゅうぎゅうと抱きついてしまったわたし。

 さっきまでの怒りも厭世観も、もうどこにもない。

 やっぱりわたし、幼稚園児並みに、単純なのかしら~なんて思ってしまうけど。

 ううん、わたしのネガティブを吹き飛ばすくらい、ベルナールお兄様は素敵なのだ。

 ……ああ、そうだな。本当のところはわからないけど、わたしとベルナールお兄様の兄妹愛が、物語の強制力を吹き飛ばすほど、強いもので、だから、ベルナールお兄様が強制力の影響をあまり受けていなかったとか、まったく受けていなかっただとかなら、嬉しいな。

 わたしの背に触れているお兄様の掌の暖かさ。

 ほわーっとして、守られているみたいで……。この熱が、きっと、物語の強制力なんて、結界みたいに跳ね返してくれたり……とかとか。

 いや、さすがに、そこまでいけば、妄想かもしれないけど。

 だけど。

 愛が、物語の強制力に、勝つ……とかだったら、いいなって。

 あはははははは。

 わたしも、だいぶ乙女チック思考がナチュラルにできるようになりましたうふふ。男子幼稚園児脳も、お花畑乙女に進化だぞ!

 なーんて、気恥ずかしいというか、嬉しくなっちゃって。そのまま顔を上げて「えへへ」と笑ったら。

 ……ふおおおおおっ! 顔が、近いっ!

 ちょっとでも動いたら、ベルナールお兄様の眼鏡に触れてしまう。

 いや、既に、鼻先に……。

 ふ、おおおおおおお!

 待って、わたし、さっきまで大泣きしていたから、瞼が腫れて……うわあああっ!

 至近距離は、普通のときとか、お化粧してきれいなときとかにお願いします!

 あああ、お化粧っ! 薄くとはいえ、わたし、お化粧していたんだっ!

 なのに泣いて。け、化粧、崩れて、すごい顔になって……いる、かも、しれない……。

 さああああああああっと血の気が引いていくのが分かった。

 そおっと、わたしはお兄様から離れようとして……。

「レベッカ?」

 がっしりと、背中をお兄様の掌で、止められた。

「あ、あああああああのおおおおおお兄様、わたし、今、顔が、腫れて、化粧も落ちて、ひどい……」

 見ないでええええええっと、離れようとしたのに。なぜだかお兄様の手は、わたしの頬に添えられていた。ふ、ふおっ⁉

「冷やしておけばよかったな。目が腫れてきている」

 と言いつつ、ベルナールお兄様は、わたしの右の眼もとにキスを落として。

「ひゃあっ!」

「こちらも」

 と言いつつ、今度は左の眼もとに。

「うひゃあっ!」

 すみませんすみませんしゅくじょのさけびではないですがもうどうしていいのやらわからない。

 ベルナールお兄様の……、く、くちびるが……わたしの……目元に……ふ、触れて……。

 青くなったわたしの顔が、どんどんどんどんピンク色になってきて……。というか、世界がピンクがかって見えるわ……。

「涙の痕も……」

 今度は右の頬に、そして左の頬に、キ、キスを……。

 なにこれここは天国? わたしまた死んだの? 昇天する……わけにはいかないっ!

「お、お兄様……っ!」

 これは兄妹愛の範囲なの?それとも……。

 混乱して、お兄様の胸をぐいぐい押したら「嫌かい?」と聞かれてしまった。

「嫌なわけありませんっ!」

 即答した。

 目元やほっぺとはいえ、キ、キスされて、嫌なわけがない。

 ただ、ちょっと、いま、わたしの顔が……腫れてるし、あの、その、もっときれいな顔のときに、お願いします……。

 しどろもどろに、そんなことを付け加えたら。

 ベルナールお兄様は笑った。

「レベッカはいつでも綺麗だよ。私の愛する素晴らしい淑女だ」

 ふ、おおおおおおおおおおおおおおっ!

 あ、愛いいいいいいいいいいいいいっ!

 そ、その愛は、あの、その、えっと、兄として、妹に対する家族愛……デスヨネ?

 そ、それにしては距離感がおかしいというか……、ええと? 手にキスは……乙女ゲームの世界だから、普通に挨拶だよね? ダンスの申し込みとか、王妃様に対する敬愛とか、そんな場面で普通にするし。

 キスも、西洋とかのあいさつでは普通だよね? アメリカとかイギリスの人とかって、唇にでだって、挨拶として触れるみたいだし。日本ではそういうのあまり見たことないけど。

 ええと……、あの、その……。

 どきばくどくばくと、わたしの血管の中を血が流れる音さえ聞こえてきそうなほど恥ずかしいというかなんというか、期待というか、ええとその……な、感情が沸き上がってくる。

 ちらりと、上目遣いでベルナールお兄様を探るようにみる。

 あの、ええと、ベルナールお兄様。キスも、愛するというお言葉も……あの、その、妹に対する言葉ではなく、女性として、わたしに言ってくれているのかなあ……、なんて。

 あああああ、ごめんなさいすみませんっ! わたし調子に乗ったっ⁉

 やっぱり家族愛……。

 ぐるぐるじたばたと、お兄様の腕の中で混乱状態で騒いでしまったら、ベルナールお兄様の微笑みがますます深くなった。

「レベッカ。……愛しているよ」

「それは兄として……」

「それもある。が、それだけではない……と言ったら、レベッカは困るかい?」

 至近距離でじっと見つめられて。ああ、群青色の瞳に、吸い込まれて行きそう……。

「困り……ません。お兄様は、わたしから、妹としてではなく、その、じょ、女性として、その、お慕い、しています……とか言ったら……」

 困りますか……と尋ねる前に、わたしはお兄様に抱きしめられた。

 あ……、お兄様の心臓の音が聞こえる。わたしと同じくらいの速さでドキドキしている。

「嬉しいよ。とても幸せだ」

「お兄様……っ!」

 頭のてっぺんから足の先、指の先にまでも、幸福感がみなぎってくるような感じ。安心と、幸せと……嬉しさと、こそばゆいような、何とも言えない感覚に蕩けてしまいそう。

 わたし、ここにいて良いんだ。

 わたしが、ここにいて良いの。ベルナールお兄様の腕の中に。

 そんなふうに、自分の全部が肯定されるようで、自然に頬が緩んでしまう。

 ああ……わたし、もう、何にも怖くない。

 断罪? 

 運命の強制力? 

 なんでもどんとこいっ!

 全部跳ねのけて、ベルナールお兄様との幸せな未来をこの手に勝ち取れるっ!

 目と目が合わさる。

 顔が近寄って行って……唇に、触れるかな……と思った瞬間、ベルナールお兄様がぴたりと動きを止めた。

「……すまない。思わず触れそうになった。気持ちを、抑えきれなくなりそうだな……」

 少しだけ、わたしから離れて。

 手で、ご自分の口を押えられて。

 それでもって……、ベルナールお兄様、耳まで赤い。

 え、と?

 触れそうになったのは、わたしの唇で。

 抑えきれない気持ちというのは、わたしに触れたい……ということ……よね?

 え、と?

 止める必要あるのかな?

 わたしもお兄様が好きで、お兄様もわたしのことが好きだと……今、気持ちを、確かめ合ったよね……?

「……続きは、レベッカと王太子殿下との婚約がなくなった後だな……」

 ぼそりとつぶやかれた声。

 あ、あああああっ! そうよ、お兄様は紳士なのよっ!

 婚約者がいる女性に、仮に思いを寄せていたとしても、実力行使に出るような人ではないっ!

 く……っ! 

 わたしなど、王太子殿下のことなんて、完璧に、脳内から排除していたというのに。あいつめ……、この場にいないのに、わたしとお兄様の邪魔をしやがって。

 やっぱり、王太子殿下はわたしの敵っ!

「向こうから婚約破棄を申し出られるのなんて、待っていられないわ。一刻も早く、大々的に、王太子殿下なんかとは縁を切ってやるっ!」

 正義は必ず勝つのよっ! 

 首を洗って待っていろ、ローラン・デル・ラモルリエール‼

 わたしは、ふんがーっ!と、気合で叫びをあげた。





 


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