賢き魔女の遺産と辺境の戦士

イコ

第1話

 魔王が復活した……。


 神殿の伝承に、魔王が復活する時、魔界との扉が開いて地上には存在しない強力な魔物が溢れ出すと言われている。


 魔物たちが溢れ出した世界はに広がる地獄絵図は想像ができないほどだという。


 魔界と繋がる魔窟から這い出た魔物は世界を破滅させるため、世界の終わりを告げるのだと……。


 伝承は、魔王が復活したことで真実となって人々を襲った。


 地上に住む人々は、魔窟から這い出る魔物を排除するために動き出して、多くの犠牲を世界へもたらした。


 弱い者がいくら集まっても、餌になるだけでなんの意味もない。


 七カ国の王たちは、777人の強者を用意して、魔窟から溢れる魔物を堰き止める役目を与えて向かわせた。


 彼らはそれぞれの国や地域で、魔窟から溢れた魔物を倒した者たちであり、力を示した者たちであった。


 彼らは自らの尊厳と誇りをかけて、強さを証明するために、魔窟から這い出る魔物たちを堰き止める役目を命懸けで果たした。


 身命を賭して、魔窟から這い出る魔物を辺境に抑し留め、魔王の討伐は残された者たちに託された。


 聖剣に選ばれた勇者が選別されて、魔王討伐に向かっていく。


 しかし……。


 一人目の勇者は、魔王軍に全く歯が立たなくて四天王に殺された。

 二人目の勇者は、四天王の一人と相打ちした。

 三人目の勇者は、残された四天王を全て倒したところで命を落とした。


 そして、今代の勇者は初の女性が聖剣に選ばれた。


 だが、魔窟から這い出る魔物たちを堰き止める人間は、777名から、たった2人にまで数を減らしていた。


 追加要員が派遣されたこともあるが、追加された者たちは力及ばず、すぐに死んでしまうか、逃げ出していくばかりだった。

 

 魔窟の前で戦い続ける二人はレベルを超越した限界突破を手に入れて、無限のレベルアップによって飛躍的な戦闘力を手に入れて戦い続けていた。


 唯一、三年前にやってきた六人の乙女たちが、二人と数ヶ月の間、共に戦って生還した。


 六人の一人である聖女は、777名がどれだけ凄い戦いをしているのか物語として、世界に伝えた。


 吟遊詩人は聖女の物語を歌にして語り聞かせた。


 大勢の英雄たちが死を迎え……。

 

 人類の戦いは佳境へ入ろうとしていた。


 四代目の勇者は魔王の喉元へ剣を突き立てるために魔王城へ向かうことができた。

 

 だが、魔窟から這い出る魑魅魍魎を堰き止める二人の内、一人が倒れたことで、人類が滅ぶのか、運命は、たった一人の戦士に託された……。



 ♢



《sideヒイロ》


 砂塵が過ぎ去り、久しぶりに青空が広がっている。


 ボロボロの服はいつ着替えたかな? 装備品の寂れたブロンズソードも手入れをしたのはいつだったかな? こうやって抱きかかえて何日もマトモに寝ていない。


 疲れているのに、思考が続いて、ゆっくりと眠ることもできない。


 運び屋が持ってきてくれた最新のアイテムは快適だ。

 首に巻いて目を閉じると体力を回復させてくれる。

 マントを纏って、荒野の風を凌ぎながら目を閉じる。


 膝を立て、座ったまま寝るのは当たり前になった。

 マントに包まってブロンズの剣を抱きしめて眠る日々。


「ヒイロ」


 幻覚だと分かっている。


 だけど、名前を呼ばれて目を開ければ、砂埃が舞い散る中でも美しい容姿と、くすんだ金髪の魔法使いが立っていた。


「マリア姉さん、一陣は片付けたよ」


 他の者たちが倒れていく中で、長い間共に戦ってきたマリア姉さん。

 もう本当の姉であり、恋人であり、家族だった。


「休ませてはくれないみたいよ。次が来たわ」


 マリア姉さんの手には杖が握られており、魔法使いが着るローブはボロボロになっていた。

 

 世界最強の魔術師と呼ばれた叡智魔女は一年前に死んだ。


 きっと、綺麗な衣装を着れば絶世の美女だったろうな。

 一度ぐらい、そんな姿を見てみたいと思っていた。


 これまで彼女の生気に満ち溢れた瞳にどれだけ救われてきたのかわからない。


「うん。わかったよ」


 立ち上がれば首に巻き付くマントが強い風が吹いて翻る。

 砂埃の向こうに無数の影が浮かび上がった。


「あなたの装備もそろそろ限界ね。勇者が魔王を倒してくれるのを願うばかりだわ」

「そうだね」


 戦いは勇者が魔王を討伐するまで続けられる。


 どれだけの犠牲を出そうと、どれだけの名もなき戦士が誰にも知られずに死のうと、全滅するのか、魔王が死ぬまで変わらない。


「運び屋のモンバさんが、勇者様一行が魔王城へ向かったと言ってたわね」


 せっかくマリア姉さんの美しい顔を見ているのに、ムサイおっさんの顔を思い出したくはない。確かにここまで辿りつくだけでも実力者だと思うがそれだけだ。


「勇者が挑むのは四年ぶりだね、今度で四度目」


 これまで三人の勇者が魔王討伐に失敗している。


 勇者とは聖剣に選ばれた人間を意味する。

 

 邪神の加護を受ける魔王を倒すためには、女神様が作り出した聖剣に選ばれなければならない。魔王にトドメを刺すことができるのが聖剣だけだからだ。

 

 聖剣が選んだ一人だけが、勇者として称号を得て、魔王討伐の旅に出る。


「ねぇ、ヒイロ。今回の勇者様は女性だそうよ」

「そうだね。マリア姉さん、なんだか嬉しそうだね」


 彼女が微笑んでいるように思えた。


「ええ、きっとここに来たあの子が勇者になったと思うから」


 あの子という言葉に、俺は六人の乙女たちを思い出す。

 三年前にやってきた、まだ戦える女性たち。


 だが、彼らがこの場を離れてからマリア姉さんの力は次第に弱くなっていった……。


「同じ女性が魔王を倒してくれるって思うと嬉しいじゃない。あの子、頑張ったのね」


 マリア姉さんの想いは、俺には理解できない。


 辛い時は、マリア姉さんが抱きしてくれた。


 これまで生きてこれたのは、マリア姉さんや他の仲間たちがいたからだ。

 

 十年、俺が辺境に来て戦ってきた年数だ。


 俺は長く戦うことができた。


 もう、魔物を殺すだけの存在として、心は死んでいる。

 仲間の死で泣いてなどいられなくて、誰かを気遣うほどの余裕もない。

 ただ、砂煙が上がる景色にブロンズソードを携える。


「本当に来たね。仕事の時間だ」


 いつ終わるともしれない戦いを続けた。


 不意にマリア姉さんが死んだ時のことを思い出す。


 叡智の魔女マリアが、その命を散らしてしまう。


「マリア姉さん。すまない。俺は戦う以外のことを知らないんだ。もう随分と前に心も失ってしまったようだ。涙も出ない」

「いいの、よ。あなた、は、そう言う、人。だけど、ね。もしも、あなたが生きて辺境を出られるなら、旅をして、あの子、に会ってあげて」

「旅? あの子?」

「そう、よ。そして、必ず会って……私、の。故郷に、訪れてほしい、の」


 彼女はきっと俺の心の支えだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 あとがき


 どうも作者のイコです。


 ドラゴン中編用の作品です。


 旅と相棒と奇跡をテーマに書いていきます。


 中編なので、文字数は少なくなると思いますが、どうぞお付き合いいただければ幸いです。1日1話投稿で、5万文字ほどで終わろうと思っています。


 長編の《聖属性ヒーラーは、女騎士団の助っ人回復術師をやっています。》


 共々、どうぞよろしくお願いします。

 どちらも応援をお待ちしております。


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