◯第五話 百合営業を続けてガチになる子っているよね

 フードで耳を隠して街を歩く。

 危険人物だらけのアルシエに戻るのは考えものだけど、二つ理由があった。

 一つは、十五レベルになったら解禁される転職イベント。

 そのうち、隠し職業のシノビはこの街じゃないと受けられない。

 ホムラちゃんにはシノビになってほしい。

 シノビは回避盾になれる。攻撃を一手に引き受けてパーティを守る役目だ。

 騎士系みたいに硬さで守るのではなく回避で守る壁がシノビ。

『この世界じゃ、騎士系のタンクは無理なんだよね』

 というのもタンクは装備に超一級品を揃えないとボス級の火力を受けきれない。

 しかし超一級装備の素材はドロップ率が低くて自力で素材全部を集めるのは不可能。

 市場に流れたのを買い取ることが前提だけど、ゲーム時代に素材が市場に出回っていたのは数万人のプレイヤーが熱心に狩りをしており、不要なものを売っていたからだ。

 でも、女神が声をかけたのは三百人。その程度の人数だと市場が成立せずに、必要素材を買うことはできない。

『装備を妥協したタンクはカスだよね』

 その点回避盾ならある程度の装備妥協は許される。その代わり、必中系の範囲攻撃には無力だし、騎士系ビルドと比べて魔法防御がカスという弱点もあるがスキル次第で補える弱点。総合的には回避盾だと思う。

「ねえねえ、ホムラちゃん」

「なに、アヤノ?」

 がんばったご褒美ということでお菓子を買ってあげた。小麦に油と砂糖を練り込んで焼いたアメリカ人好みの浅ましい食い物。声優のときは太るのが怖くて食べられなかった。

「こう、短い剣を持って、しゅんしゅんって見えないぐらい速くて、しゅぱって斬りつける職業ってかっこよくない?」

「なにそれ、かっこいい」

「そもそも職業って知ってる?」

「お仕事のほうじゃなくて強くなるやつ? 知ってる。一族の中だと狩人が憧れ」

 一族とよく言うが、一族の名前を聞いても思い出せないらしい。

 やはり怪しすぎる。意図的に忘れさせられているとしか思えない。

「……へえ、狩人の転職イベントを受けられるってことは、ベラムかマルタあたりかな。こほんっ、それで、速くてかっこいいシノビになりたくない?」

「なりたいっ、職業ほしい。でも、ホムラはレベルが低いから」

「今日だけで三つ上がって十三だよね? ホムラちゃんの一族だとレベル一つ上げるのに一年かかるらしいけど、私に任せたら明日には十五にしてあげる。そしたら転職できるよ」

「アヤノ、すごいっ」

 またもやきらきら憧れ視線。そして揺れるもふもふ尻尾が尊い。

 ホムラちゃんが可愛すぎて辛い。

 はぁはぁ、お姉ちゃん、ダメな道に踏み込んじゃいそうだよ。

 街で使わない素材を換金した。

 現地人の店ではなく、女神がやってる神様の店。ここでは魔物を倒して得られるお金を使えるし、アイテムを買ってもらえる。

 人間ではなく人形が店員で不思議な光景だ。現地人も利用していてびっくりした。

 ウリウリは【豚肉(下)】の他にも毛皮とか骨とか牙も落とす。毛皮は序盤装備で使えるのでいくつか取っておいて後は売り払うとけっこうなお金になった。

「まだまだ足りないなー」

「ん? お金はたくさんある。なんでも買えそう」

「変身の首飾りを買いたいけどすっごく高くてね。これがあると人間のフリができるんだ」

「そんなのあるの?」

「今後絶対必要だし、この街にしか売ってないからね」

 それがこの街に留まる理由の二つ目。

 種族システムは概ね好評だけど、そのせいで性能にこだわると好きな職業と種族の組み合わせができないという問題に直面する。

 例えば、ケモ耳魔法使いとか見た目最強だし。妖精侍とか私的にはけっこうあり。

 でも、獣人はかしこさにマイナス補正がかかる。ケモ耳魔法使いは弱すぎるのだ。

 そんなプレイヤーの不満を解消するために、見た目だけ種族を変える首飾りが作られた。

「人間に化けたら安全。でも、ちょっといや。尻尾には自信がある。ホムラは尻尾美人。一族の中でも一番」

 ふりふりっともふもふキツネ尻尾を見せつけて揺らしてくる。

 それ、お姉ちゃんを誘っているのかな?

「可愛いよ、ホムラちゃん、超絶可愛いよっ」

 お姉ちゃんは可愛い子ギツネちゃんを食べちゃう狼さんになっちゃいそうだよ。

「わかってくれてうれしい」

「可愛いけど、危ないから尻尾しまおうね? さらわれちゃうよ」

「残念」

 私なんていきなり、ヒャッハーって叫ばれながらクビに縄かけられたし。

 油断はよくない。

「安心して、見た目が変わるのは首飾りつけてる間だけだから」

「それならほしい。アヤノもかわいい。人間になるのもったいない」

「もう、ホムラちゃんったら」

 愛おしすぎて抱きしめて、なでなで。そしてもふもふ尻尾をにぎにぎ。女の子同士ならいいよねっ!

「んっ、あっ、やめて、アヤノ、なんかやらしい」

「はぁはぁ、可愛いよ、ホムラちゃん可愛いよぅ」

「そろそろ怒る」

「ごめんね、つい」

 即離れる。

 私は猫に構いすぎて嫌われるタイプだ。

「それより、ホムラはお腹空いた、ごはん作って。今日は美味しいごはんを作ってくれる約束」

「うん、そうだね。お姉ちゃんが美味しいごはんたくさん作っちゃうから」

「ん? お姉ちゃん? ホムラのほうがたぶん、年上」

 ホムラちゃんより私のほうがちょっと身長が高いし。

 感覚的に私が十五、六歳でホムラちゃんは十三、四ぐらいに見えるけど。

 胸は若干ホムラちゃんのほうが大きいけど。そこも含めて、可愛い。

「実はこう見えて、だいたい二十歳なの」

「ホムラより年上⁉」

「エルフって若作りだから」

 前世を合わせたら、それぐらい。

 まあ、こっちがほぼゼロだけどね! あとだいたい二十ってのがミソ。嘘は言ってない。上か下かはご想像にお任せするよ。

「すごい、エルフって不思議」

 興味津々なご様子だ。

 エルフの仲間たちごめん、プレイヤー仕様をエルフの体質にしちゃった。

 まあ、いいや。あいつら絶対許さないし。

 なんなら邪眼移植してもらって、浮遊島を見つけ出して復讐するかも。別にA級妖怪じゃないし、氷泪石も持ってないけどね。

 お料理、お料理、楽しいお料理。

 宿に戻って料理をしていた。

「不思議、人間の街ってそんなのあるの?」

「女神の力だよ。携帯お料理セットは便利だね」

 女神の店には不思議な道具がたくさん並んでいる。

 この携帯お料理セットはゲームのときだと、指定食材と油だとか調味料をセットしてポチッと押せばお料理ができるアイテム。

 お料理ごとに回復とかバフとかあって、素材と合わせて持ち歩くのが常識だった。

 さっき、試しに指定食材で自動調理ボタンをポチったら料理ができた。見た目はいいのに味がなく、紙粘土みたいな食感だった。

「アヤノ、その水どこから出てるんだろ?」

「わかんないよ」

 自動調理はだめだったけど調理器具として使えるみたいなので、これを使って普通に調理してみる。

 見た目は二口ガスコンロに鍋とフライパンが乗っていて、タンクが繋がってない蛇口があり、でかいまな板には包丁が刺さっており、シンクもある。

 ガスが繋がっていないのに火はつくし、水道と繋がってない蛇口から水は流れ続けて、シンクに流したものは消滅する。

 一通りの料理ができそうな感じ。

 ドロップアイテムの【豚肉(下)】を薄く切ってさっと両面焼く。味付けは塩オンリー。

「いい匂いがする。美味しそう」

「ホムラちゃん、つまみ食いする?」

「するっ!」

 そう言うので、塩だけ振ってふうふうしてから、大きく開けた口に入れてあげる。

「美味しい!」

 私も食べてみる。ちゃんと味がする。

 さっき自動で作ったとんかつは紙粘土味だったのに。素材のほうはちゃんと味がする。

【豚肉(下)】は低級ドロップ品なせいか、日本人基準だとあまり美味しくない。特売品のカナダ産豚肉よりちょい下ぐらいな感じかな?

 でも、これなら料理で十分に美味しくできる!

 ホムラちゃんのお腹がぎゅるぎゅる可愛く鳴っているので、ちゃちゃっと作れるものにしないとね。

 女神の店で自動調理に使う調味料はだいたい売っていたので味付けには困らない。

 調味料の味見もしてみると、全部ちゃんと商品名通りの味がした。……でも、激安スーパーのプライベートブランドぐらいの味だ。SBレベルがほしい。

「コンロが二口なのはありがたいなー。一口じゃろくなの作れないし」

 豚肉をちょっと薄めのとんかつぐらいに切って隠し包丁をいれる。【豚肉(下)】はかなり固めで、筋張ったロース肉って感じでしっかり筋を切っておかないと噛み切りにくい。

 小麦粉をまぶして焼き、別のコンロでフライパンに油を引いて玉ねぎと人参と謎キノコを炒めて、隠し味に醤油を垂らしてからケチャップを投入。仕上げに風味付けのお酒を少々。

 醤油がある異世界ってなんだろうなって思いつつ、豚肉の中まで火が通ったぎりぎりの瞬間を見切って、ステーキ風に焼いた豚肉をまな板に。

 一口サイズに豚肉をカットしてから皿に盛り付け、その上にケチャップ醤油で炒めた野菜たちをたっぷり乗せる。

「はい、特製ポークチャップ完成。付け合せはパン。お腹いっぱい食べてね」

「いい匂い! 美味しそう! 森の精霊に感謝を」

 ホムラちゃんはフォークを逆手に持って、肉に突き刺す。

 そして、思いっきり頬張った。

 もぐもぐ夢中で食べてくれてる。気持ちいい食べっぷりだ。

 それをぼうっと見続ける。

 可愛すぎる。

 美味しそうに食べてもらえると嬉しいな。

 ずっと自分のためにしか料理してなかった。

 料理が好きだから、研究も工夫もしてきた。美味しいものを食べるのは幸せだけど、楽しくはなかったんだって気づく。

 だって、こんなふうに胸がいっぱいになって、ポカポカして、もうごちそうさまって感じ、今まで知らなかったし!

「美味しかった。あっ、アヤノ。ごめん。アヤノの分まで食べちゃった」

「別にいいよ。お肉はまだまだあるし」

 今日は一日中、ウリウリを倒していた。

 手元には四キロの【豚肉(下)】がある。二人だと一月ぐらい持ちそう。

「まだ食べたい? それなら私の分といっしょにおかわり分も作るよ」

「食べたいっ!」

 口にケチャップをべったりつけて、食い気味に言ってきた。

「うん、作ってあげる。その前に、お口を綺麗にしてあげる」

 その口についたケチャップを舐めとってあげたいけど、嫌われたくないので普通に拭く。

「ありがと、アヤノ。それとね、いろんなの消したり、出したり、どうしてる? ずっと不思議だった」

「不思議って、道具袋だけど?」

「道具袋?」

 首をかしげて不思議そう。

 ……そういえば、プレイヤーは当たり前にもっている能力だが、ゲーム時代ですらNPCが使っているのを見たことがない。

 これはプレイヤー特有の能力なのかな?

 ちょっと大事な情報かも。プレイヤーかどうかを見破れる。

「エルフの特技なんだ」

「エルフすごいっ」

 またもやエルフのせいにしてしまった。

 これから、怪しいのは全部エルフのせいにしちゃおう。

 それから、ホムラちゃんがお腹いっぱいになるまで肉を焼き続けた。

 けっこう食べるようだ。

 私はかしこいので、今後食事を作る量を覚えておく。

 ふむふむ、キツネ耳美少女はパンとお肉を三百グラム。野菜ほどほどでお腹いっぱいか。

 けっこう食べるね。転生前にそんなに食べてたらステージ衣装破いちゃってたかも。

 食事が終わる。

 デザートに屋台で買った怪しげなフルーツを食べているけど、これが絶妙に不味い。妙にすっぱくあんまり甘くない。

「それ、美味しい?」

「ふつー」

 さすがにこれはホムラちゃんにとっても微妙なようだ。

「それで、ホムラちゃん。どうだった? 私に家長の資格はあるかな?」

 もともと料理を披露したのは、ホムラちゃんに旅のお手伝いをしてもらうため。

 ホムラちゃんの一族だと家族に美味しいものを食べさせるのが家長の義務だった。

「アヤノのごはん、美味しい。それに強くて、優しい。ホムラはアヤノのお嫁さんになる」

 そう言って、抱きついてチューしてきた。

 ちょっ⁉ まっ⁉ なにこれ⁉ 夢ですかっ!

「ホムラちゃん、どういう⁉」

「うんっ? ホムラはアヤノとずっと一緒にいる。アヤノが家長でごはん食べさせてもらう。だから、ホムラは嫁」

 心底、当たり前だろ。なに言ってるんだこいつ? みたいな目を向けられている。

 はわわわあわ、想定外だよ。

 すごい、ホムラちゃんの一族、先進的すぎる。

「アヤノはホムラが嫁なのは嫌?」

「大歓迎だよ。ホムラちゃんは私の嫁っ!」

 私はホムラちゃんに抱きついて、ぎゅっとしてくんかくんか。

「アヤノ、苦しい」

「可愛いよ、ホムラちゃん、可愛いよっ」

 断っておくが私は百合じゃない。

 そりゃ百合営業してたけど事務所からのオーダーだし、ブームが変わったらボッチ営業に方針変更させられた。その程度だ。

 だけど、ホムラちゃんが可愛すぎて本物になりそうだ。

「ホムラちゃん、一生大事にするよ」

「んっ、わかった。でも、重いからどいて」

 拝啓、竹ノ塚のお父様、お母様。突然ですがアヤノにお嫁さんができました。

 たぶん、一生会わせてあげられませんがアヤノは幸せです。

 正直、この世界はまじでくそだなって思いかけてたの。

 でも、そんなのが全部チャラになるぐらい幸せを感じてる。

 だって、ホムラちゃんが可愛いからっ!

 そもそもホムラちゃんって私の理想の女の子だし。

 うん、浮遊島から捨てられたこととか、街でいきなり拉致られて売り飛ばされそうになったことも許せそうだよ。

 ありがとう女神様、この世界に連れてきてくれて。

 しょうがないから、言われた通りこの世界を救ってあげるよ。

 私とホムラちゃんの愛の力で!

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