第8話 

 ギメル戦から早数日、俺は一人で飯を食っていた。


 ここにきてから色々と食べてきたけどやはりステーキが一番美味い。

 何枚も追加注文して食べていると、向かいに一人座る。控室で出会った男だ。


「また会いましたね。食事ですか」

「ああ、……ギメルを倒したそうだな」

 

 なんだ、その話か。

 ギメルを倒した当日は大勢に囲まれ色々聞かれたけど、ここは何というか情報の更新が速いようで、翌日には見向きもされなくなっていた。


「ギリギリでしたけど、何とか。あなたの忠告のおかげです」

「殺す覚悟か、あんなものはお前の緊張をほぐすためのデタラメだ」

「どうしてそんなことを」

「ただの気まぐれだ。それよりもお前に聞きたいことがある」

「なんです?」

 

 そう聞き返すとまっすぐと俺の目を見て問う。


「ギメルの奴の最期はどうだった」


 どうって、最後まで殺意に支配されたような血走った目をしていた。

 しかし。


「とどめの瞬間は微笑んでいた気がします」


 今思い返すと、そんな気がした。

 男は「そうか」とだけ言って去っていった。その目は少し寂しそうであり、それでいて満足気に見えた。


 彼とギメルは一体どういう関係なんだろうか。


 それにしても。


「名前聞きそびれた」




ーーー





 さらに数日。朝起きると、

 

 うおっ!誰かおる。


 見知らぬ女性が部屋の隅に立っていた。服装から察するにここの職員だろう。


 なんでこんな朝早くから?


 寝起きに食らった衝撃で困惑していると、女性職員が口を開く。


「おはようございます。前任の者に代わり今日からトーマ様の担当になりましたマリーと申します。よろしくお願いします」

「よ、よろしく‥‥‥」


 あまりに急なものだから思考が回らない。

 

「それと、トーマ様の次の対戦相手が決定しました」

「ッ!!」


 ついに来たか。


「相手の名前はフーゴといい、使用する武器は剣と思われます」

「うん?思われるってどういうことです?」

「はい。このフーゴなのですが、トーマ様と同じく次の試合が二回目でして、あまり情報が多くなく、一回戦目に剣を使用してたためおそらく今回も同じではということです」

 

 俺と同じルーキーが相手か。いや、しかしここには様々な経歴を持った人間が集まってくる。もしかして超武闘派な奴かもしれないから油断はできない。


 「一回戦では歴戦の戦士相手に真っ向から挑み力でねじ伏せて勝利しており、並外れたタフネスとパワーが売りの選手です。以上が現在分かっている情報です」

 「なるほど‥‥‥。わかりました、ありがとうございます」


 並外れたタフネスとパワー……。ゴルドーみたいな感じか。

 今回も槍を主軸に‥‥‥。と考えていると一つ気になっていることを思い出したので疑問をぶつける。

 

「そういえば、試合中に魔術を使うのはどうなんでしょう」

「問題ありません」


 おおっ、言い切った。


「現に身体強化の魔術を使っている選手も数多くいます。先日トーマ様が倒されたギメルだって魔術を使用していましたよ」

 

 そういえばそうだった。

 ギメルが何らかの魔術を使っていたのは聞かされていたが、俺の火魔術のように目に見えるものではなかったからいまいち魔術って感じがしなかったのだ。


「そもそもですが、剣闘士と呼ばれだしたのはここ百年ぐらいで、それ以前はそのような言葉はありませんでした。昔は純粋な魔術師もたくさん出場していたようですよ。それも今ではその数も年々減るばかりでして」


「へぇ、そうだったんですか」


 純粋な魔術師が減り、剣士の割合が増えたため大会出場者のことを剣闘士と呼ぶようになったというわけか。


 ほかの質問がないことを伝えると、それでは。と言って案内職員は部屋を出る。


 そして一人になると‥‥‥。


「はい、作戦ターイム」


 一人部屋の中でパチパチと拍手する。


ーーー

 


 数時間後


 苦悩の末、たどり着いた結論は。


 『距離をとって槍で叩く』だ。

 ん?前と同じじゃないかって? その通りだ。よく気が付いたね。


 だって仕方ないじゃない。力も無ければ、頑丈でもない、素早く動けるということもない、魔術を連発できるわけでもない。どれをとっても一つとして突出している要素がない。


 ならどうするか。槍で安全地帯から攻撃するしかない。

 足、腕、頭の順に潰せば安全に攻略できる。


 しかし、この作戦には大きな穴があり、それは相手が長物を使用する場合、こちらの優位性が一気に損なわれるということだ。


 そもそもこの作戦は俺が相手から距離をとって槍で『叩く』というもの。斬ったり、突いたりするのではなく、叩くのだ。

 槍を長く持ち、その先端で相手を攻撃することで遠心力が加わりダメージを与える。非力な俺が安全な間合いから攻撃できる数少ない手段なのだが、これを力の強い相手がすると一撃で致命傷になりかねない。ていうか即死だ。


 かといって剣で槍が不利な間合い、つまり近接戦をするとすると相手の土俵に上がることになる。しかも、俺が剣で相手が槍の場合、近づくことすら困難になるだろう。


 結局は前回と同じ作戦がベストだという結論に至った。


 一人作戦会議も終わり、ふと窓を見ると太陽は真上にあった。


 ぐぅぅ、と腹の音が鳴る。

 俺は部屋を出て酒場に向かった。


 選手同士の喧嘩もなくワイワイ騒がしいだけで平和だ。


 壁際で下を向いて飯を食っている


「また会ったな」


 何度も聞いた声で顔を上げる。向かいの席に座る男に話しかける。


「また会いましたね。何度も顔を合わせているのに自己紹介がまだでしたね。僕はトーマといいます。あなたは?」

「クロウだ」

「それでクロウさん、今日はどうしたんですか?」

「お前、そろそろ試合が近いんじゃないか」

 

 今朝初めて聞かされたことをなんで知ってるんだ。


「そうですけど…どこでそれを?」

「ここの長くいると大体わかるんだ。周期というものが。それで相手は?」

 

 なぜそんなこと聞いてくるんだ?アドバイスでもしてくれるのだろうか。

 一応答えてみるか。


「フーゴという奴です。そいつも僕と同じで次が二回目だそうですが…。」

「そいつなら知っている」

「本当ですか!ぜひ教えてください」


 身を乗り出して言うとクロウは自分の空いたジョッキを眺める。


 ははーん。もしやこの人‥‥‥。


「なんでも注文してください。今日は自分がだしますから」


 その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ニッとした表情で次々注文していく。


 情報量に釣り合わない量を頼むへの文句をグッと堪える。

 足りるかなぁと不安を抱きながら酒盛りをする。

 

 

 

 

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