第63話 うどん

 それから少しの間。


 キリキリとした痛みを連打し、速やかなるエネルギー補給を要求するお腹をなんとかなだめすかしながら、ベッドで横になっていると、コンコンとドアがノックされて、2人が戻ってきた。


「アキトくん、できたよー」

 ひまりちゃんが相変わらずのノータイムでドアを開けると、


「お待たせしました」


 うどんの入った丼が載ったお盆を、両手で慎重に持った雪希が、ゆっくりと入ってきた。


 雪希が勉強机の上にお盆ごと置いてくれたので、俺はベッドから起き出して椅子に座る。


 丼からは白い湯気が立ち上ぼっており、かぐわしい出汁の匂いが鼻腔をくすぐってやまない。


 柔らかそうなお餅が乗っているから力うどんだった。


 ぐ~~~~!!

 ご馳走を前に、ペコペコのお腹がひと際大きく鳴る。


「おおー! これはすごく美味しそうだ!」

 僕の目もお腹も、もう完全にうどんに釘付けだった。


「2人で丹精込めて作ったからねー」

「消化にいいように、うどんは柔らかめに茹でてますよ」


「いろいろと気を使ってくれてありがとう」


「そんなの気にしないでいいってー」

「当然のことをしたまでですから」


「お餅が載っているから力うどんだね。すごく久しぶりに食べるかも。いつ以来だろ?」


 マジで記憶にないくらい前だと思う。


「うちはお店の食材の余り物で作ったものが多いから、うどん自体あんまり食べないもんねー。お父さんがついで作ってくれるから、ご飯を作る手間も省けるし」


「お二人のお弁当もついでなんですよね? すごく合理的ですけど、少し食事が偏ってしまいそうです」


「ま、その辺はお店を経営している家族あるあるなのかな? 夏場とか結構な頻度で晩ご飯が、冷やし中華プラス何かだし」


「ちなみにわたしはいつもエピチャーハンを作ってもらってます。夏とか冬とか関係なく」

「ふふっ、ひまりさんは本当にエビチャーハンが好きなんですね」


「わたしはエビチャーハンの伝道師だから」

「それだけ食べていれば、伝道師を名乗るのにも納得です」


 相も変わらずのひまりちゃんの言葉に、雪希がおかしそうに笑った。


「ちょっと話が逸れちゃったけど、アキトくんの食欲がかなり戻ってるみたいだったから、消化に良くて腹持ちのいいものってことで、お餅も入れたの」


「他にも色々入れたので、栄養はそれなりにあると思います」


 うどんにはお餅の他にも、きざみネギ、とろろ昆布、梅干し、かまぼこ、油揚げ、ゆで卵が綺麗に添えられていた。


 さてと。

 もういい加減、我慢ができないよ。


「じゃあ早速、いただきます」


 僕はお箸を取ると、2人が作ってくれたうどんを食べ始めた。


 僕の反応が気になるからだろう、ひまりちゃんと雪希がジッと見つめてくるが、今はぜんぜん気にはならない。


 すきっ腹に、ズズッズズッとうどんを次々にかきこんでいく。

 柔らかめに茹でられた麺はコシはないものの、とても食べやすくて、噛まなくていいので過労で弱った身体にはうってつけだ。


「お餅がとけちゃうから早めに食べてね」

「了解」


 お餅も柔らかくて、飲み込むように食べることができた。


 油揚げの優しい甘さが、空腹に染み入ってくる。

 かまぼこの素朴な味でほっこりし、梅干しの酸っぱさに顔がキュー(>_<)となった。

 汁気でとけたとろろ昆布も最高に美味しかった。


 もう箸が止まらない――!


 ズルズル、ズズッ。

 ズルズル、ズズズッ。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ」


 お出汁もしっかり飲んで、食後のお茶もいただいて、2人の作ってくれた力うどんを、僕は大満足で完食したのだった。


「けっこうな量だったけど、完食だね♪ いぇい♪」

「お粗末さまでした」


「おかげで一気に体調が良くなった気がするよ」


 温かい食べ物を食べたことで空腹が収まるとともに、身体が熱を持ち始め、活力がどんどんと戻ってきたのを感じていた。


「はいはい。そんなこと言って、まだまだ回復途上なんだから、薬を飲んでしっかりと寝ないとだよアキトくん」


「そうですよ、病み上がりが一番ぶり返しやすいんですから」


「うん、わかってる。火曜日の校外学習までに万全な体調に戻せるように、今はしっかりと身体を休めることに専念するから、安心して」


「ならばよし!」

 ひまりちゃんが可愛らしくウインクしながらグー! とサムズアップした。


「それでは私たちは部屋に戻って、遠足のしおりの最後の仕上げに取り掛かりましょう」


「だね。じゃあアキトくん。おやすみなさい」

「おやすみなさい暁斗くん」


「おやすみ、ひまりちゃん、雪希」


 2人が部屋からいなくなり、静かになった部屋で僕は再びベッドに戻って、目を閉じた。


「さあ、これ以上なくしっかりと寝て、体調を完全に戻してみせる!」


 それが僕が今できる唯一にして最良の「自己満足」だ――!

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