第39話 繋いだボール

 そして運命の――ってほどでもないんだけど、最終戦となる5組との試合が始まった。


 運動部が2人いる5組は、うちのクラスよりまぁまぁ強い。


 だけど僕らは女神に捧げる1勝を目指して、一丸となって5組に立ち向かった。


 なにより現時点では3戦全敗で最下位だけど、この試合に勝てばなんと3位タイで終えることができるのだ。


 現在の順位は上から、


・2組:4勝0敗

・3組:3勝1敗

・4組:1勝3敗


 と、この3クラスは4試合を全て終えていて、ここから勝ち負けの数は変動しない。


 よって最終戦の、


・5組:1勝2敗

・1組:0勝3敗(僕たち)


 の試合で、僕たち1組が勝てば、1組・4組・5組の3クラスが、仲良く1勝3敗で並ぶというわけなのだ。


 みんなもそれが分かっているから、だから僕たちは勝利を目指して懸命にボールを運ぶ。


 取って取られて、取られて取って。

 試合は序盤から激しい打ち合いの様相を見せていた。


 まずは前半戦を3点ビハインドで終え、ハーフタイムを挟んで後半戦へと入る。


 ボールが僕に回ってくる。

 するとディフェンスが2枚、スススと寄ってきた。


 これは──ダブルマークだ!


 この試合も結構、点を決めていたからか、どうやら僕はかなり警戒されているようだ。


 そして僕の素人バスケテクでは、とても2人をかわしてシュートを打つことはできない。


 しかし僕には愛すべきバスケ馬鹿こと高瀬の教えがあった。


『ダブルマークは特に素人同士だと強力だけど、その分、味方が1人フリーになるから、寄られる前にさっさとそいつにパスを出してしまえば、こっちのもんさ』


『言うのは簡単だけどさぁ……』


『簡単だぞ。2-1=1。つまり必ず1人余る。小学生でも解ける簡単な算数だ』


『た、たしかに? そんなに自信満々に言われると、できる気がしてきたような? いや、どうだろう?? 騙されているような……』


『神崎兄は、何でもいちいち難しく考えすぎなんだよ。こう、ガーっと行って、ダーッとやっちまえば、案外うまくいくもんだぜ! だはは!』


 ――以上、回想終わり。


 僕は高瀬の教えに従い、近寄ってきた2人の間の足元を抜くようにして、囲まれてしまう前にワンバウンドでパスを出す。

 パスは思いの外、綺麗に通り、フリーでパスを受けたバイト戦士の松山が、丁寧なレイアップシュートでネットを揺らした。


「神崎兄、ナイスパス!」

「松山もナイシュー!」


「これで1点差! 次で逆転だ!」

「だね!」


 僕たちは全力でボールを繋ぎ、ひたすらにゴールを目指し続けた。


 そうして試合は一進一退のまま進んでいき、ついに残り時間が20秒を切った。

 残念ながら、まだ1点差で僕たちが追う展開だ。


 しかもボールは相手ボール。

 残り時間を浪費するために、相手はゆっくりと時間を使いながら攻めてくる――フリをして攻めてこない。


 僕たちは少しでも早くボールを奪って、オフェンスに入りたい状況だけど、それで点を取られてしまっては元も子もない。


 ジリジリと時間だけが過ぎていく中で、最近ネット小説でなんかの賞を取ったらしいメガネ君こと日向が、勝負に出た。

 今日は一日運動するからか、珍しくコンタクトを付けてきた日向は、


「うぉりゃー!」


 飛び付くように右手を伸ばして、おそらく一点読みで、時間稼ぎの横パスをカットする!


 もし今のがパスフェイントだったら大ピンチだったが、日向は見事にギャンブルに勝ってみせた!


 日向の手に当たって乱れたボールは、バウンバウンと跳ねながらコート外に出そうになったが──今度は数学研究会の石崎がジャンプ一番!


「だあああああっ!」


 空中でコート外に出ながら、しかし足をギュッと身体に引き付けて、足が床に着く前にボールに手を掛け、そのままコートの中へと投げ込んだ!


 ドデン、と痛そうな音とともに背中から床に落ちた石崎。

 怪我をしてなければいいんだけど、それよりも今はボールだ!


 投げるのが先か、床に落ちるのが先かで、若干タイミングが怪しかったが、レフリーはインプレーを指し示す。

 ボールはまだ生きている!


 石崎の決死のダイブで、コート内に返ってきたボールを、今度は将棋部の三杉が160センチに満たない小さな身体をいっぱいに使って、相手と競り合いながら懸命に確保する。


 ボールを持った三杉はすぐさま、背の低さを存分に生かした低く小刻みなドリブルで、香車のようにサイドライン際をスススっと前に進んでから、冷静沈着に神の一手のごとき狙いすましたノールックパスを出した。


「ほい、そこ空いたっと。ま、俺にとっては簡単な詰将棋だね」


 フリースローライン辺りの空きスペースに走り込んでいた僕の手元に、みんなが気合いで繋いでくれたボールがドンピシャで回ってくる!


 この位置はひまりちゃんとの秘密特訓で、散々練習した位置だ。

 慌ててディフェンスがブロックに寄って来るけど、もう僕がシュートを打つ方が早い――!

 

 さあ、行くぞ。

 これが勝負を決める最後の一投だ――!

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