第9話 フルーツ牛乳

「ひまりちゃん、僕がクラス委員になったから立候補しただろ」


 貰ったプリントやらなんやらをカバンに詰めながら、僕は隣に座るひまりちゃんにちょっとだけ苦言をていした。


「えへへ、そうだよー」

 しかしひまりちゃんはにへらーと、締まりのない笑いを返してくる。


「そういう不純な動機はよくないんだぞ?」

「だってアキトくんと一緒にやりたかったんだもーん。それに私、雑用とか結構得意だし。クラス委員とか向いてると思うんだよね」


「まぁ、ひまりちゃんは何でも器用にこなすもんな。向いているとは思うよ」

「でしょでしょ?」


 実際うちの食堂のお手伝い1つとっても、ひまりちゃんはハンパなく手際がいい。

 どれだけ手際がいいかというと、やることなすこと完璧すぎて、父さんから料理の一部を任せてもらえるほどだ。


 まだ高校生になったばかりなのに、ひまりちゃんは何をやらせてもすごかった。


「じゃあ先生のお話を聞きに行こっ♪」

「だな」


 ひまりちゃんと連れだって鈴木先生の元へ向かうと、そのまま職員室に連れていかれる。


 すぐ終わるって言ったのにガチな感じじゃん、とか内心ちょっと思ったんだけど、お話は10分もかからずに早々と終了した。

 教室にはまだ他の生徒も残っていたし、ただ静かに話したかっただけのようだ。


 しかも、


「2人とも立候補するなんて偉いわね。ほら、最近の子ってどちらかというと個人主義が強いから、クラス委員みたいな面倒な役割を決めるのは結構苦労するのよね。だから期待してるわよ。頑張ってね」


 とエールを送られた上に、ジュース代まで奢ってくれた。

 もちろん、ありがたく頂戴した。



 帰り道。


「鈴木先生、すごくいい先生っぽかったね。よかったー。美人だし、ジュースも驕ってもらえたし」


 貰ったジュース代で早速、校内自販機で買った紙パックのフルーツ牛乳をストローでチューチューしながら、ひまりちゃんがにへらーと幸せそうに笑う。


 うちの食堂の冷蔵庫にも置いてあるこのフルーツ牛乳が、ひまりちゃんは昔から大好物で、今でもこうやって事あるごとに愛飲している。


「教材とかも基本的には先生が自分で運ぶみたいだしな。あんまり仕事もなさそうで結構ラッキーかも」


 僕もパックの100%オレンジジュースをストローでチューチューする。

 うん、薄っすらと感じる酸味が美味しい。


「あ、それって実はめちゃくちゃ大変だったりするフラグ的な?」


「おいおいひまりちゃん。言霊ことだまって言うだろ? 本当になったらしんどいだけだから、そういうことを言うのはやめような」


「はーい♪ ねぇねぇアキトくん、ジュース交換しようよ? 私もオレンジジュース飲みたいなー」


 言ったそばからひまりちゃんは僕の持っていたオレンジジュースをヒョイっと手に取ると、ストローに口を付けてチューチューし始めた。


「ひまりちゃん。はしたないから、せめて返事を聞いてからにしような」


「だってアキトくんは絶対ノーって言わないしー。だから答えを待たなくても問題ないしー……ん~~! 甘ったるいフルーツ牛乳もいいけど、オレンジジュースも爽やかな酸味があって美味しいよねー♪」


「まったくもう、ひまりちゃんは」


 信頼の裏返しとも言えるひまりちゃんの態度に、思わず苦笑してしまう僕の手元に、ひまりちゃんはお返しとばかりに自分のフルーツ牛乳を手渡してくる。


「はい、アキトくんもどうぞ。美味しいよー」

「サンキュー……うん、美味しい。昔からまったく変わらない味だ」


「そうそう、それがいいとこなんだよね~。これを飲むたびに昔を思い出せちゃうから」

「――そっか」


 ひまりちゃんはきっと、昔の調子乗ってた頃の僕を思い出すのだろう。

 あの頃の僕は、ひまりちゃんの心の中で神格化されているっぽいから。


 そしてこれはいわゆる間接キスなのだが、それについては今さら騒ぐようなものでもない。

 ひまりちゃんは甘えたがりなので、事あるごとに「それ、一口欲しいな~」とおねだりしてくるのだ。


 僕たちは兄妹で。

 だから間接キスなんてそれこそ星の数ほどしてきた仲だった。


 そんな感じで、のどを潤しつつひまりちゃんと話しながら、高校からの帰り道をのんびりと歩いていると、僕たちは駅前に一人のクラスメイトがいるのを発見した。


 もちろんここは高校最寄りの駅なので、クラスメイトがいても不思議でもなんでもないんだけど、僕が言いたいのはそうではなくて――

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