第62話:自分のケツは自分で拭え

「……陛下、どうなさるおつもりなのですか……!」


 悲痛な声で問いかけるのは、国の宰相。


「王太后さまは、先王さまがご逝去なさった際に国を導いてくださったという功績がございます。ですが、それとこれとはまた別問題なのですよ!?」

「……」

「陛下!」


 悲鳴じみた声をあげ、宰相はそれはそれはもう必死だ。

 一国の王妃の一時的な拉致に加え、傷害容疑。ならびに身内に対しての窃盗罪まである。

 ここまでやらかしておいて、『ごめんなさい』という単なる謝罪で済むわけがない。


「……謝罪、を」

「そんなものはして当たり前でしょう!? 何を寝ぼけたことを仰っているのですか!! 正気ですか!?」


 畳み掛けられるような問いに、ジュディスは立ち上がり宰相をきっと睨みつける。


「そのように言わずともよろしいではないですか!」

「王妃様、ことの次第をお分かりいただけておりますか?」

「無論です!」

「では、何故己の国民を戦争の危機にさらそうとしているのですか?」

「何ですって!?」


 宰相からの冷たい問いかけに、ジュディスは愕然となる。

 別に、ちょっとした親子の行き違いの結果として……閉じ込めたことは良くないかもしれないが、そんなに言わなくても……と思っていたことが、そもそも甘いのだ。


「ルイーズ様は、ルクレール王国の王妃であらせられます。そのような方を、親子といえど幽閉したなど」

「幽閉ではなく、単に意見の行き違いがあって!」

「立場をお考えくださいませ!!」


 その声は、ビリビリと場を震わせた。

 アルウィンの代理ということで権限を与えられたセルジュは、我慢ができずに怒鳴りつけてしまった。処分されようと、そもそも間違えた対応を取ってしまったのはこちらなのだ。


「騎士団の副団長風情が、このわたくしに意見をすると申すか!」

「団長より参加権限を付与されております」

「お黙りなさい!」

「いいえ、黙りません!!」

「なっ……!」


 セルジュは真っ直ぐにジュディスを見据え、はっきりと言い放った。


「身内であろうが、ルイーズ様は他国の王家の御方です! 身内だからという甘いお考えは早々にお捨て下さい!」

「く、っ……」


 ド正論で口撃されてしまえば、ジュディスは何も言えなくなってしまう。

 それに、どう足掻いてもルイーズは王家の人間。

 そのような人に対しての幽閉、傷害疑惑などなど……。諸々が積み重なり、結果的に最悪なことをやらかしているのだが、どうにもジュディスも短絡的な考えを有しているせいか聞かない。


「王妃様、恐れ多くも申し上げますが」


 そこに、ひと際冷静な声が割って入った。


「……何ですか、ラケル卿」


 シオンの一番信頼している、ラケルである。

 お前もわざわざ参加させてやっているだけなのに、何を言う気だ、とジュディスはひくりと頬をひきつらせた。


「国王ご夫妻がそのように頑なであらせられ、尚且つ、反省も何もない、というのがルイーズ様もシオン様もご理解されておられるから、この場に呼んでも来ていただけないのではありませんか?」

「は!?」

「貴様、無礼にも程があるぞ!」


 国王夫妻は一気に顔を真っ赤にするが、ラケルは冷静なまま言葉を続ける。


「そのお二方の滞在の護衛のため、アルウィン様はシェリアスルーツ家を離れられないのではございませんでしょうか。他に理由は考えられますでしょうか」


 淡々と問われ、周りの役人たちはひそひそと囁き合う。

 そうだ、身内だからこそ一番理解していて、彼らを避けたいから、関わり合いになりたくないからシオン様もルイーズ様もここに来ないのでは、と。

 二人も来るように手紙を出したが、揃ってたった一言『何をされるか分からないから行かない』と拒否したのだ。


「……っ」

「ですので、今後に関しましてはかのお二方のお力を一切借りることなく諸々の処理などをしていくほかない、と思われます」


 ぺこりと頭を下げ、ラケルはすいっ、と後ろへと下がっていく。

 もう言うべきことは言ったので、貴方たちに何かしらの声かけはしませんよ、と言っているかのようで、国王夫妻は顔を見合せた。


 何かあったらシオンを呼びつけ、困った時にはルイーズにも実は頼っていた。


 身内なのだからどうにかしてくれるだろう、身内なんだから助けてくれるだろう、と甘い考えでここまで突っ走ってきて、どうにかこうにかやれてきていたのだが、もうそれも助けてくれ、と手を伸ばした先に振り払われたのだからどうしようもない。

 助けてほしいけれど、無理なのだ。


 散々助けたのに、彼ら以外の一番の味方だったはずの王太后が、彼らに対して行った諸々のやらかしの結果、今度こそ完全に距離を取られてしまった。


「……そうだな」


 ようやく理解しはじめたジェラールは、力無く頷いた。


「陛下!?何を!!」

「……頼る、というには烏滸がましい。使いすぎたんだよ、我々は」


 身内なんだから、という魔法の言葉は、もう何も効力をなさない。

 これまで最大の効力を発揮していた魔法の言葉は、何をしたところで、使うだけ無駄にしかならない。ただ、相手に拒否されて終わるだけ。


 ならば、自分たちでどうにかするしかないだろう。


 もっと早くにその結論に達していなければならなかったのだが、ここまでの事態を王太后が引き起こしてようやく、ジェラールは理解をした。


「母上から、一切の権力を引き剥がす。……宰相よ、手を貸してくれるか」

「はい」

「それから……姉上とシオンには、謝罪の手紙を送ることにする。上辺だけ、と罵られても……それでも」

「無駄なことは書かないでくださいね、陛下」


 ぴしゃりと宰相に言われ、暗い顔でジェラールは頷いた。

 ミハエルのことも、王太子妃のことも、今回の騒動に関しても、自分がどうにかしなければいけないんだと、気付かされてしまった。

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