第60話:責任の所在をはき違えるな

 王太后宮であった爆発事件は、王宮全体にあっという間に広がった。

 その日、シェリアスルーツ家が王太后に呼ばれていたこと、合わせて王弟シオンも同席していたことや、里帰りとしてルイーズも直前までその場にいたことから、国王夫妻から改めて招集された。


「何考えてんのよ兄上は」

「お母様大事な国王陛下ですからねぇ。いい加減お母様最優先よりも、きちんと物事の順位をつけていただきたいものだ」


 今回の呼び出しに関してはアルウィンも同席している。

 魔獣討伐から帰宅したところに、『王太后が魔法を暴発させた』とレイラから報告されひとしきり爆笑していたら、王宮への呼び出し。

 別にこっちは何一つ悪くないのでは、と思ったが、とりあえず何をどう言ってくるのかを確認したかった、ということもあり、皆揃って参加している。


「……何故、母上に魔法を使わせたのだ!」


 そして国王からの第一声が、これであるから全員『もうダメだ』と心の声が一致してもおかしくない。

 こちらが使わせたのではなく、向こうが使った。なお、言わなくとも王太后がルイーズを閉じ込めるために使ったことが発端だというのに、一体この国王は何をほざいているのか、と全員思った。


「……兄上、それは本気で言っているのか? 母上に、こちらが魔法を使わせた、と?」

「そもそも、姉上が帰国するなどと言わなければこのような事態にはなっていないはずだからな。間接的にお前たちが使わせたようなものではないか」


 駄目だこりゃ、と呟いたのは誰だったのだろうか。呆れてものも言えない状態で、静かな時間が少しだけ流れた。

 だが、静けさは長くは続かなかった。謁見室の外から『いけません!』『無茶だけは、どうか!』など、諸々の声が聞こえてくる。


「何だ、騒々しい!」


 怒りのままに叫んだジェラールは、外の騒ぎが一体なんなんだと従者に問いかける。

 問われた従者が答えようとしたら、ちょうど声の主が勢いよく扉を蹴破って入室してきた。


「あね、うえ」


 思わずぽかんとしたジェラールだが、ずんずんと進んできたルイーズが真正面にたち、慌てて立ち上がろうとした瞬間に思いきり、ルイーズに頬を打たれた。

 ばちん!と物凄い音が響き、呆然とした様子でジェラールは己の頬を押さえている。叩かれたままに視線の方向はそちらを向き、どうして、とか何で、とか小さく聞こえてきたがルイーズの叱責に思わずビクリと体をすくませた。


「そもそもの諸悪の根源はお母様でしょう!? それをよくもシェリアスルーツ家の皆様とシオンのせいにできますわね! 婚約破棄を持ちかけたのは誰! 巻き込まれたのは誰! 答えなさい、ジェラール!」

「それ……は」

「お前がそれほどまでに愚かであるなら、わたくしの国で彼らを引き受けます。侯爵位はあげられないけれど、待遇はしかと保障した上で、国として彼らを保護すべく動くわ。私利私欲? 好きなように言いなさい、わたくしはわたくしの大切な人を守るためならなんだってしてやる」

「あ、姉上こそ権力をフル活用しているではありませんか!」

「お前の母親がしたこともそうでしょう? 自分の母親は良くてわたくしがダメな理由を言いなさいよ、ほら!」

「あ……」


 めちゃくちゃな言葉ではあったが、ルイーズが全面的に味方をしてくれる、つまり、ルイーズの嫁ぎ先の国……もとい、国王は少なからず彼女からこういった話を聞いた上で、ルイーズをこの国へと送り出しているに違いない。

 そういう国王だ、更に契約結婚であったにもかかわらずルイーズをしかと愛している。


 とはいえ、迷惑をかける訳にはいかないし……と思っていると、シオンがフローリアの隣からジェラールの前へと歩いていった。

 何となく、フローリアは嫌な予感がして一歩だけ、前へと出る。


「兄上、そもそも……永久に王位継承権を放棄して、あなたに関わらないように必死にこちらは努力していたんだ。それを、母上は台無しにした。そして、他ならぬあなたも……色々と台無しにしてくれていることに、何故気付かない」

「何だと!?」

「俺がいなかったら回らない政務があるからと、どうしてわざわざ表舞台に引きずりあげようとしてくるんだ。勘弁してくれませんか……与えられた端の領地で、俺はあなたたちに関わらず生きていただけなのに」

「それ、は。その」


 今更兄弟として仲良くしたくなった、とか。

 継承権がないのだから、せめて王宮には顔を出しに来てほしいから、とか。


 身勝手すぎる理由を言えないまま、ジェラールも己の立場や権力をフル活用して、シオンを振り回し続けていたのだ。

 やっていることは母親と一緒だが、善意だらけな分、タチが悪い。


「俺に、フローリアを押し付けたのは母上だ。お前の息子の尻拭をしろと、あれは笑いながらわざわざ俺の屋敷にまで押しかけてきたのだからな!」


 悲鳴のような訴えに、ジェラールもルイーズも、ぎょっとする。

 知らず、シオンの呼吸は浅くなり、息苦しさがじわじわと支配していくが、それでもなお、言い募ろうとしたら背後からとん、と軽い衝撃がやってきた。


 温かくて、シオンにとってちょうどいいくらいの体格。


 背後から回された手は、きゅう、とシオンの体を必死に抱きしめている。


「シオン様」

「フロー……リア?」

「そのおかげで、わたくしは今、幸せなのです」


 背中から聞こえる、フローリアの穏やかな声にシオンの呼吸は次第に落ち着いていく。


「だから、どうか。……一緒に、未来を見て歩んで参りましょう? もう、良いではありませんか」


 すっかり落ち着いたらしいシオンから一旦手を離し、するりと正面に回り込んだフローリアは、可愛らしい笑顔でとんでもない爆弾を投下した。


「捨てた人のことは、捨てた人のことでもう、良いでしょう? 良いですか、シオン様が今選んだのではなくわたくしがシオン様に選ばせました。わたくし、ミハエル様曰くとっても性格の悪い……えーと……レイラ、なんだっけ?」

「悪役令嬢、でしょう」

「そうそう、それ! その、悪役令嬢なのですから」


 ミハエルは婚約破棄の後で暴言まみれの手紙を送り付けていたのだが、その中にあった単語。

『お前はとんでもない悪役だ! そうだ、悪役令嬢だ!』と書かれていたのを思い出してのほほんとした、いつも通りの口調でフローリアは言い放ったのだ。


「だから、シオン様は悪くないのです。わたくしが悪役なのだから、わたくしがぜーんぶ、シオン様を独り占めしてしまうだけのお話なのですわ」


 朗らかに言ってくれたフローリアを、シオンはぎゅうっと抱き締める。

 二人の様子に何も言えないまま、ジェラールは呆然と口を開けたままになってしまったのだが、またルイーズに思いきり引っぱたかれた。


「ここに王妃がいないということは、呼び出しはお前の独断とみなします。呼び出すなら、大臣諸共全ての役人を揃え、王太后も呼び、ミハエルのバカも何もかも、全て呼び尽くしなさい! その場で、わたくしたちを責め立てれば良いでしょう! 隠れてコソコソと……みっともないにも程がある!」


 一括され、力無くジェラールは頷くことしか出来ず、アルウィンやルアネは『何だ、言葉が通じそうになかったから臨戦態勢で来たのに』とボヤいていたが、レイラは聞かなかったことにして、帰るように促した。


「シオン様、わたくしたちも帰りましょう」

「……あぁ」

「まぁ、いつもの口調ではありませんの? わたくし、いつものシオン様が好きですわ」


 そう言われ、シオンは呆気にと取られてしまったが、すぐに笑いだした。


「あっははは!! もう……」


 困ったような笑顔で、フローリアの耳元に口を近付けてこっそり囁く。


「アンタくらいよ、こんなアタシを何もかも受け入れてくれるお姫様は」

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