第53話:そりゃまあ怒りますよね、っていうお話で

「ふざけておりますの?」


 開口一番そう言って、ルイーズ・エミ・ルクレールは手紙をぐしゃりと握りつぶした。


「ルイーズ、落ち着いて」

「そうですわ、お母様。美しいお顔が台無しですわ」

「陛下、シュゼット、お黙りなさい」


 娘である、ルクレール王国王太女、シュゼット・ルシャ・ルクレール。

 そして最愛の夫、ルクレール王国国王、エリオット・ルシエ・ルクレール。

 今日は家族で仲良くお茶会を……とゆったりした珍しい休日を過ごしていたというのに、祖国からのとんでもない報告に、一気にルイーズの機嫌は急降下した。

 なお、次女と長男は外国に留学しているため不在であるが、もし同席していたら『母上怖い』だの、『母上が悪魔のお顔だわ!』と騒いでいただろう。


「よりにもよってシェリアスルーツ家に害為すだなんて、あのババア……!」

「ルイーズ、口調」

「しかもわたくしの大好きなルアネの最愛の娘のフローリアに……!」

「お母様、フローリアが可愛いのは分かりますが、少し抑えてくださいませ」


 ルアネのことが大好きでたまらないルイーズの暴走は今に始まったことではないのだが、今回の件に関しては話を聞く限り、どう考えても、どう贔屓目にみてもミハエルが馬鹿、という結論しか出てこない。

 母親であるルアネが怒るのも無理のない話だし、何より、『顔が好みの他の令嬢ができたのでお前いらん!(要約)』と言われて、怒らない親がどこにいるというのか。いるなら見てみたい。


「ジェラールは何をしておりますの! 己の母を律することもできないだなんて、あの愚王!」

「確か、君のお母上を制御できたり意見することができたのって、君くらいじゃ……」

「…………」

「そうですわよ。確か、お母様のお母様……えっと、ヴィルヘルミーナ様、でしたかしら。相当な曲者だとお見受けいたしましたわ」

「シュゼット、それはそうですけれども。母に意見すらできず、はいはいと従うだけの無能な馬鹿、救いようがあると思うの!?」

「思いませんけれど」


 へっくし!と、離れた国でジェラールがくしゃみをしていたのだが、一旦それは置いておく。


「シオン……が、あのババア苦手というのは仕方ないですわ。だって、殺されかけましたものね」

「……ああ、シオンおじさま」

「シュゼット、あなた本当にシオンが苦手ね」

「口調が……どうしても」

「慣れれば楽しいではないの」

「そう、なんですけど」


 そのシオンがフローリアと婚約した話までは、どうやら手紙の配達の関係上、まだ届いていないようだ。

 なお、この件に関してルアネが実は、もりもりと手紙を書きまくっていたおかげで、ルイーズには話が筒抜け状態。

 ちなみに、『弟さん不甲斐ないんですがどうにかなりませんか』という内容で、護衛騎士をやっていたこともあり、とんでもなく仲良しだったが故に、くだけた口調で手紙を送っていた。

 それを読んだルイーズがどういうことか、という返信を送り、実はこうなっておりまして、とルアネとの怒涛のやり取りが開始された、というわけである。


「フローリアがお馬鹿さんと婚約解消できたのなら何よりですわ。だって、どう考えても釣り合っていませんでしたもの!」

「ミハエルくん、頭だけは良いんだけどね」

「人として最悪ですわ、あの男」


 幼い頃、ミハエルに会った早々、初対面にもかかわらず『お前はブスだな、どこの令嬢だ』と言われたことのあるシュゼットはミハエルが大嫌いで仕方ない。

 それを少し離れたところで聞いていたヴィルヘルミーナは慌ててミハエルのところに駆け寄り、謝らせようとしたのだが、ほんの少しだけ遅く、激怒したルイーズに頭を鷲掴みされ『そういうお前は頭の中に粘土でも詰まっているから人付き合いが下手くそなようね』と、憤怒の形相で言われ、粗相をしたことがある。

 これは、あのヴィルヘルミーナが慌ててルイーズに謝罪をすることでどうにかおさまった、のだが。


「そのミハエルがまた馬鹿やらかした、と」


 うふふ、と凶悪な笑顔で笑うルイーズ。


 ――そう、彼女こそがヴィルヘルミーナが唯一、反論もできない(したら怒涛の反論返しをしてくる)相手なのである。


 別に反論はしても良いと思う。

 だが、反論したら最後、ルイーズは怒涛の勢いで孫馬鹿であり息子馬鹿なヴィルヘルミーナに対してとてつもなく言い返してくる上に、きちんと結果まで残してしまうのだ。


 そもそも、ルイーズの反論はきちんと筋が通っている。

 単に息子が可愛いから、孫か可愛いからと権力ばかりふるいまくるヴィルヘルミーナやジュディスとは、根本が異なっているのだ。


「よろしいわ、今度こそあの馬鹿打ちのめして、立ち直れないようにプライドをずったずたにしてやらねばなりませんわね……!」

「お母様、王妃なのですからほどほどになさいませ。どうやるおつもりですの?」

「ちょっと里帰りを」

「駄目だよルイーズ、里帰りついでに祖国を滅ぼしかねないから、君」


 とてつもなく冷静なエリオットとシュゼットの両方から制止を食らい、ルイーズは不満そうにしている。

 だが、フローリアを蔑ろにして権力をフル活用し、やりたい放題のミハエルにはお灸を据えたい。母を止められないジェラールにも一言もの申したいし、シオンも『ババアはもうババアなんだから気にするな!』と喝を入れたい。


 あと、シェリアスルーツ家の面々に会いたい。


 これが本音ではあるが、自分を命がけで守ってくれた恩人のルアネの家族に対して、何かできることがあればしてあげたいのだ。


「……さて、どうしたものかしら」


 うーん、とルイーズが悩んでいると、何やら慌てた様子で宰相が駆け込んできた。

 ここ家族としての空間なんですが、と訝しげな眼差しを三人が向ければ、背筋を正して報告してくる。


「申し訳ございません! ですが、ラゼオーズ王国ヴェッツェル公爵閣下がご婚約されたとの知らせが先ほど到着いたしましたので」

「シオンが!?」

「嘘!」


 座っていた椅子から、慌てて立ち上がるルイーズとシュゼット。

 あのシオンが、と二人とも呆然としているが、エリオットは冷静に宰相に問いかけた。


「そうか、ヴェッツェル公爵がね。でも、一体どのご令嬢と?」

「はい、シェリアスルーツ侯爵令嬢、フローリア・レネ・シェリアスルーツ様にございます」

「…………え?」


 まさか、と親子三人顔を見合わせている。

 宰相は知らせの書かれた紙を差し出した。そしてそのすぐ後、王妃付きでシェリアスルーツ家との手紙をいつも届けてくれる侍女が、ちょうどのタイミングでシェリアスルーツ家からの手紙を届けにやってきた。


「王妃様、こちらもよろしくお願いいたします。何やら封筒に急ぎ、と書かれておりまして……」

「貸しなさい!」


 慌てて受け取り、中身を確認すれば、ルアネから『うちのフローリア、シオン様と婚約いたしました。あと、王太后さまから訳の分からないお呼び出しを食らいましたけれど、何か良い方法はございませんか?』と書かれているではないか。


「これだわ」


 にま、とルイーズは笑う。


「すぐに準備を。そしてラゼオーズ王国に伝えなさい」


 意図を察したシュゼットとエリオットは、苦笑いを浮かべた。


「わたくし、ルイーズが里帰りをする、とね」

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