第42話:予想外のお客さま

 淡々と歩いていくルアネの背中を追い、シオンは歩いていく。

 ああ、ここはとてもあたたかな家だな、と思いながら歩調を合わせてくれるルアネに感謝をしながらゆっくりと進んでいく。


「……ここは、落ち着いているのね」

「えぇ、わたくしと旦那様とで、穏やかな場所を作ってきたつもりですから」

「そう、とても素敵だわ」


 二人の間の会話は、とても穏やかだ。

 シオンが王弟……当時、王太子の弟として王宮に住んでいた頃、向けるれるのは実の母親からの敵意と、王太子妃たる現王妃からの敵意。

 そして、王太子を推すものたちからの殺意やありとあらゆる敵意の数々。普通であれば、耐えられなかっただろう。さらに、母と義姉からは戦場へ行けと仕向けられることで、『お前はもう死んでしまえ』と言外に告げられたようなもの。

 それならば、と成果を淡々と上げ続け、更には兄に対しても『王位なぞくれてやる、自分は王たる資格は持ちえていないからもうこの王家に関わることはしない』と、絶縁宣言を突きつけ、公爵位を賜り、外れに領地をもらって静かに生活をしていた。

 キラキラとしたものが好きだったから、という単純な理由ではあるが、魔物を討伐した時にぼとりと落ちてきた核を見て、『集めよう』と何となく思い、売ってみたところかなりの高額で買い取ってもらえたから懐も潤った。ついでに領地まで潤ってしまったものだから、魔獣狩りが苦ではなくなった。


「……皮肉だこと」


 ぽつりと呟かれた内容に、ルアネは静かに答える。


「殿下は、与えられた領地をとても素敵に発展させていらっしゃいますよ。そして、領民は幸せそうに、豊かに暮らしているではありませんか」

「だといいけど」

「後は嫁ですかしら」

「あのねぇ」

「殿下、わたくしから提案がございますわ」


 歩きながら、ルアネはまた穏やかな口調で続けていく。


「我が娘を、どう思いました?」

「どう、って」

「現在のクソ王太子に側妃として召し上げられ、仕事を押し付けられて飼い殺されるくらいならば、いっそ王太后の思惑に乗りつつ、貴方がこちらへと婿入りすれば良いのでは?」

「……ん?」


 ルアネの言った意味が一瞬理解出来ず、シオンは歩くことも止めた。

 そんなシオンを振り返って、ルアネは微笑みを浮かべた状態で見つめ返してくる。


「あなたとフローリア、二人が揃ってしまえば狐ババ……失礼いたしました、王太后さまとて敵ではないのではございません?」

「今狐ババアって言おうとした?」

「あら、狸の方がよろしくて?」

「どっちでもいいけど、めんどくさいババアだ、って言いたい気持ちは理解したわ」

「うふふ」


 にこやかだが、かなり強い毒を孕んだ言葉にシオンは思わず苦笑いを浮かべた。

 だが、嫌なものではないし、恐らくシェリアスルーツ侯爵家の面々もこういった教育を受けているのが分かり、フローリアのあの性格にも納得してしまったのである。

 メンタル的にも、肉体的にも、フローリアは強い。だから、きっとシオンだって彼女の隣にいることが安心出来る一番の方法なのだろう、とルアネは推測した。シオンも無意識のうちに同じことを考えていたから、『馬鹿げたこと』などとは言わなかったのだ。


「問題はアルウィンでしょ」

「そこはまぁ、どうにでもなりますわ」

「あと本人の意思」

「口説き落としてくださいませ」

「無茶苦茶言うわねアンタ」

「でなければ、やっていけませんもの」


 ほほ、と優雅に笑ってからルアネは中庭への出入り口をどうぞ、と開ける。

 風が吹き、色とりどりの花が咲いている中、自然とそこにある四阿にてのんびりとお茶を楽しんでいるフローリアがいた。


「良かったわね、あの子が婚約破棄されて」

「本人が一番喜んでおりますもの」

「あらまぁ」

「涙を流して喜び、双子の妹のレイラと抱き合って飛び跳ねていたのを見た時は、旦那様が『馬鹿王太子ざまぁみやがれー!!』って叫びましたわね」

「口悪っ!!」


 思わず笑いが零れたシオンの声に、まったりとケーキを食べていたフローリアの動きが止まる。

 そして、きょろきょろと辺りを見渡し、シオンと並んでいるルアネを見て、ぱちくりと目を丸くした。


「……お母様、と……公爵閣下……?」


 どうして二人が、と思う前に先程の、来客があったという報告を思い出す。

 ということは、その来客がシオンで、母と一緒にどうしてここに、と色々な思いがぐるぐると回っていく。


「フローリア、お客様ですよ」

「え、えぇと……」

「ごめんなさいね、フローリア嬢」


 そして、また『あれ?』と思う。

 フローリアがライラックであることは、シオンは知っているはずだ。

 でもこの人は魔獣狩りのときから、フローリアのことを『ライラック』ではなく、『フローリア』と呼んでくれている。


「いいえ、あの……でも、いきなり、どうしてでしょう……?」

「アナタのお母様に聞いてみて?」


 苦笑いを浮かべているシオンの言うまま、ルアネに視線をやれば対照的に満面の笑顔の母がいた。

 何となくこういうときの母は、タチが悪いとこれまでの経験上で理解しているのだが、どうしてシオンをここまで連れてきたのだろうか、とフローリアは首を傾げた。


「お母様」


 ルアネに呼びかけると、『お茶は人数が多い方が楽しいからね』とだけ帰ってくる。

 はて、と更に首を傾げていれば、そのままシオンとルアネが揃ってやってきて、そのまま同じテーブルへと座った。


「とりあえず、お茶ね」

「アタシはハーブティーがいいんだけど」

「閣下、すっきりした後味の新作がございますが」

「それがいいわね!」


 フローリアは知らなかったが、どうやらシオンは侍女長とも面識があるようだ。

 あれよあれよともう一人分ティーセットが追加され、そのままシオンは優雅にお茶を飲み始めた。


「えぇと、閣下……?」

「ん?」

「本日は、どうしてこちらへ……?」

「んー……」


 シオンの反応を見て、聞いてはいけなかったのだほうか、とフローリアは少しだけ不安になる。

 だが、そうではないようで、苦い顔をしてシオンは言いたくなさそうに言葉を発した。


「ここに、クソ……じゃない、王太后からの連絡って来た?」

「王太后様の……いいえ……」


 王太后からの手紙や連絡は来ていない。

 だが、シオンの話からするに恐らくは何らかの接触が、今後あるのではということは容易に推測された。

 王太子妃候補でいたとき、あの王太后がいかに曲者なのかはしっかり覚えている。興味が無い人の記憶をすっ飛ばすことは得意なのだが、厄介な人は話が別だ。

 あの人だけは覚えておかないと、と心に決めているのでシオンにつられるようにして、フローリアは苦笑いを浮かべた。


「王太后様から、何かあるのでしょうか……」

「えぇ、アナタに関係があることよ」

「わたくしに?」

「そう」


 重く頷いたシオンは、とてつもなく大きな溜め息をついて、意を決して話を続ける。


「王太后がね、アタシとフローリアの婚約を推し進める可能性があって」

「え?」


 フローリアの胸が、とくん、と鳴る。

 はて、何らかの動悸なのか。もしかしたら病にでもかかったのか、とフローリアは胸あたりを押さえた。


「……こん、やく」


 シオンの言った内容をとても小さな声で繰り返せば、何となくフローリアの胸は温かくなる。


「そう、婚約。ゴメンなさいね、フローリアからしたらオッサンなのに」

「……え?」


 オッサンとは、とフローリアはシオンをじっと見る。

 何歳なのか、詳細な年齢は把握していないけれど見た目からするに結構若いのではないだろうか。

 別にそんなこと思わなくていいのに、と思ってから『あれ?』と止まる。


「(わたくし……どうして)」


 今まで感じたことのない想い、温かさにほんの少しだけフローリアは困惑する。

 娘が困惑しているのを見て、ルアネがテーブルの下で拳を握り、とても小さな声で『よっしゃ!』と呟いたのは、近くにいた侍女長だけに聞こえていた。

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